エンド|前歯のアクセス窩洞は「感覚」で掘っていないか。舌側窩の中点からCEJの高さの歯の中央までの距離を、上下の中切歯・側切歯・犬歯それぞれ100本ずつ、X線写真上で測った抜去歯の計測研究(Lee 2007・Journal of Endodontics)
前歯のアクセスは、いつ髄腔に届いたかを手の感覚で判断することが多い手技です。著者らは、上下の中切歯・側切歯・犬歯を各100本(計600本)、1mm方眼の上でデジタルX線撮影し、舌側面の中点(切縁〜舌側CEJの中点)から、CEJの高さの歯の中央(唇舌側CEJの中点)までの距離=アクセスの深さ(計測C)を測りました。結果は下顎中切歯4.4mm〜下顎犬歯5.9mm、前歯全体の平均5.2mm。歯種の間には統計学的な差がありましたが(上顎犬歯と上顎中切歯だけは同等)、各歯種の中のばらつき(変動係数)は6.9〜10.1%=標準偏差が平均の約1割と小さく、同じ歯種ならほぼ同じ深さで届くことが示されました。さらに、正しい位置から唇側面に抜けるまでの“安全域”(計測D)は前歯で7.3〜8.7mmと、大臼歯・小臼歯の髄室天蓋→根分岐部の距離(4.6〜4.9mm・同じ著者らの既報データ)より長く取れていました。
①前歯のアクセス、どこまで掘れば髄腔?
前歯の根管治療で、舌側窩からバーを入れる。「そろそろ抜ける感触があるはず」——そう思いながら掘り進めた経験は、多くの先生にあると思います。感触がはっきりしない歯では、どこまで掘ったか不安になります。
著者らも冒頭でこう書いています。前歯のアクセスは定性的な手技で、いつ髄腔に届いたかは歯科医師の感覚に任されている。そして、前歯の髄腔の位置を測った論文は文献に見当たらない、と。
結論を先に言います。舌側面の中点からCEJの高さの歯の中央までは、下顎中切歯4.4mm〜下顎犬歯5.9mm、前歯全体の平均5.2mm。同じ歯種の中のばらつきは標準偏差が平均のおよそ1割(変動係数6.9〜10.1%)でした。
②なぜ前歯には「物差し」がなかったのか
同じ著者グループは以前、大臼歯と小臼歯で、咬頭頂から髄室天蓋までの距離が歯種ごとに非常に安定している(ばらつきは約10%)ことを報告していました。臼歯なら「咬頭頂から何mmで天蓋」という物差しが使えます。
一方の前歯は、根管の数や太さを調べた研究はあっても、髄腔の位置を解剖学的な目印から測った研究がなかった。著者らは、1933年のMuellerが「歯ごとの差が大きすぎて典型は語れない」と結論したことが、計測そのものを何十年も遅らせたのではないかと述べています。
③今回の一手:600本の前歯を、1mm方眼の上で撮る
各歯を1mm方眼の上でデジタルX線撮影し、画像上で次の距離を測りました。
・A=切縁(犬歯は尖頭)〜舌側CEJ
・B=唇側CEJ〜舌側CEJ(CEJの高さでの歯の厚み)
・C=Aの中点(舌側面の中点)→Bの中点(CEJの高さの歯の中央)=アクセスの深さ
・D=Bの中点→唇側面=正しいアクセスから穿孔までの「安全域」
・E=C+D
ポイントは、前歯の「ねらう場所」をどう定義したかです。臼歯では髄室天蓋がほぼCEJの高さにありますが、前歯では天蓋がCEJより切縁寄りにあり、髄腔は根管が少し膨らんだ程度で、臼歯ほどはっきりした部屋ではありません。そこで著者らは、臨床で実際にねらう「CEJの高さの歯の中央」までの距離をアクセスの深さとしました。
④結果①:前歯は平均およそ5mm(歯種により4.4〜5.9mm)
アクセスの深さは短い順に、下顎中切歯4.4mm(SD 0.4)・下顎側切歯4.8mm(0.5)・上顎側切歯5.0mm(0.4)・上顎中切歯5.4mm(0.4)・上顎犬歯5.5mm(0.5)・下顎犬歯5.9mm(0.5)。前歯全体の平均は5.2mmでした。
歯種の間には統計学的な差があり(p<0.001)、同等とされたのは上顎犬歯と上顎中切歯の組み合わせだけ。仮説の「歯種を超えて似ている」は、統計の上では否定されたことになります。
そして同じ歯種の中のばらつき(変動係数)は6.9〜10.1%。つまり標準偏差が平均の約1割ということで、たとえば下顎犬歯なら5.9±0.5mmです。
⑤結果②:臼歯の感覚で掘ると、深すぎる
比較のため、著者らは同じグループが以前に測った臼歯部のデータを並べました。咬頭頂から髄室天蓋までは上顎小臼歯(2根性)6.9mm・上顎大臼歯6.2mm・下顎大臼歯6.4mm、臼歯部の平均は6.5mm。前歯の5.2mmとは1.3mmの差があり、どの前歯も臼歯部のどの群とも統計学的に同等ではありませんでした。
著者らはここから、臼歯の深さのつもりで前歯を掘っても穿孔はしないが、CEJより下の唇側の歯質を余計に削り取ってしまうと述べています。前歯のアクセスが「浅めで届く」ことを知っておく意味は、ここにあります。
⑥結果③:前歯の“安全域”は臼歯より長い
正しい位置まで掘った後、さらに唇側面へ抜けてしまうまでの距離は、前歯で7.3〜8.7mm(平均7.95mm)。臼歯部の髄室天蓋から根分岐部までの4.6〜4.9mm(平均4.7mm)より長く、前歯の方が穿孔までの余裕は大きいという結果でした。前歯ではアクセスの深さCが全体(E)の約40%、臼歯部では約60%にあたります。
いちばん差が小さいのが上顎側切歯(1.3mm)である点は、覚えておいてよい数字です。
⑦明日の臨床へ
・臼歯の感覚(6〜7mm)を前歯に持ち込まない。穿孔はしなくても、唇側の歯質を余計に失う。
・上顎側切歯は入り口の位置に注意。入り口がCEJ寄りにずれたときの余裕(歯の厚みBとアクセスの深さCの差)が、前歯の中でいちばん小さかった(1.3mm)。
・著者らが強調するのは、同じ歯種の中では距離が安定していること(標準偏差が平均の約1割)。「感触が来ない」ときに、今どのあたりまで掘ったかを数字で確かめる手がかりになる。
なお、この数字は舌側窩の中点から掘り始めた場合のものです。著者らも、入り口をCEJ寄りに取るほど穿孔の危険は大きくなると書いています。数字を使う前提は、入り口の位置を正しく取ることです。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
前歯のアクセスの深さ(舌側面の中点→CEJの高さの歯の中央)は、下顎中切歯4.4mm・下顎側切歯4.8mm・上顎側切歯5.0mm・上顎中切歯5.4mm・上顎犬歯5.5mm・下顎犬歯5.9mm、前歯全体の平均5.2mm。同じ歯種の中のばらつきは標準偏差が平均の約1割(例:下顎犬歯5.9±0.5mm)でした。大臼歯・小臼歯の咬頭頂→髄室天蓋(6.2〜6.9mm・同じ著者らの既報データ)よりも浅く、著者らは臼歯の感覚で前歯を掘ると、穿孔はしなくても、CEJより下の唇側の歯質を余計に削ると述べています。一方、正しい位置から唇側面に抜けるまでの距離は7.3〜8.7mmと余裕がありました。「前歯は平均およそ5mm(歯種により4.4〜5.9mm)」という物差しを頭に持っておく——この論文の持ち帰りはそこです。ただしX線写真上で測った抜去歯の計測で、年齢は不明、臨床でこの物差しを使った成績を見た研究ではありません。


