エンド|ポーランドの大学病院で根管治療を受けた36人36歯を、ラバーダムあり17歯とロールワッテのみ19歯に分け、根管形成の前後に根管から採った試料の培養液の濁り(OD600)を比べた臨床研究(Bieżanek 2015・Pomeranian Journal of Life Sciences)
ラバーダムは唾液の細菌から根管を守るとされますが、その効果を調べた研究は少ない、と2015年当時の著者らは述べています。Bieżanek らは、歯髄が不可逆性の炎症か壊死に至った36人36歯で、ラバーダムを張った17歯とロールワッテだけで防湿した19歯を比べました。根管から採った試料を24時間培養した濁り(OD600)の平均は、根管形成の前が0.840と0.855、手用器具での形成と2%次亜塩素酸ナトリウムの洗浄の後が0.108と0.101で、両群とも有意に下がりました。下がり幅(0.732と0.753)の2群の比較では、有意差は検出されませんでした(p値の記載なし)。ただし小規模で群の決め方も書かれておらず、「差を検出しなかった」ことは「同じ」の証明ではありません。見たのは根管形成の前と後の細菌の濁りだけで、治癒や誤飲・誤嚥の防止は調べていません。
①ラバーダムなしでも、根管の消毒効果は同じ?
根管治療ではラバーダムを張る。そう習っていても、張りにくい歯や忙しい外来で「ロールワッテの簡易防湿でも、根管の中の細菌は同じように減らせるのでは」と迷う場面はあるはずです。
ポーランドのルブリン医科大学の Bieżanek らは、この問いを実際の患者さんの根管治療で確かめようとしました。ラバーダムを張った群と、ロールワッテだけで防湿した群で、根管形成の前後に根管から細菌を採り、培養液の濁りで比べた小さな臨床研究です。
・歯髄が不可逆性の炎症か壊死に至った36人36歯の根管治療で、ラバーダムあり17歯とロールワッテのみ19歯を比べた臨床研究(群の決め方は原典に書かれていない)
・根管から採った試料を24時間培養し、培養液の濁り(OD600)で細菌の量を見た
・濁りの平均は、根管形成の前が0.840と0.855、手用器具での形成と2%次亜塩素酸ナトリウムの洗浄の後が0.108と0.101。両群とも有意に下がった
・下がり幅(0.732と0.753)の2群の比較では有意差を検出しなかった(p値の記載なし)
・注意:差を検出しなかったことは「同じ」の証明ではない。根管形成の前と後の細菌の濁りだけを見た小規模な研究で、治癒や誤飲・誤嚥の防止は調べていない
②なぜ「ラバーダムは細菌から根管を守る」と言われてきたのか
根管治療がうまくいかない主な原因は、根管の中に残る、あるいは後から入り込む細菌の感染です。そのため根管の消毒を高める方法が探されてきました。
ラバーダムは140年以上前から知られ、1970年代には根管治療に欠かせないと主張されてきました(著者らが引用した文献)。器具の誤飲・誤嚥を防ぐ、唇・頬・舌をよけて視野を広げる、洗浄液から軟組織を守る、そして唾液の細菌が治療中の歯に入るのを防ぐ、という役割が挙げられます。
ところが著者らは、2015年の論文の時点で、ラバーダムについての論文は主に器具の誤飲・誤嚥の防止を扱っており、唾液の細菌から根管を守る効果を調べた研究は少ないと述べています。ラバーダムが広く使われているとは言えない、とも書いています。そこで、使った場合と使わなかった場合の根管の消毒効果を比べたのが今回の研究です。
③今回の研究:36歯で、根管形成の前後に細菌を採った
- 対象:ルブリン医科大学の保存・歯内療法科に根管治療で来院した36人の36歯。歯髄が不可逆性の炎症か壊死に至った歯
- 比べたもの:ラバーダム(OptiDam)を張った17歯と、ロールワッテだけで防湿した19歯(ロールワッテは治療中に定期的に取り替えた)。どちらも防湿の前に歯冠を過酸化水素水で洗った。どの患者さんをどちらの群にしたかの決め方は、原典に書かれていない
- 1回目の採取:滅菌したバーで髄室を開け、#10の手用Kリーマーで根管の通りを確かめたあと(薬液は使わない)、滅菌ペーパーポイントを根管に60秒入れて培地に移した
- 根管形成:手用器具のステップバック法。RC-Prepを使い、2%次亜塩素酸ナトリウムで十分に洗浄。最後に生理食塩液で洗い流してから、2回目の採取(同じくペーパーポイント60秒)。その後、根管を乾燥させ、ガッタパーチャとAH Plusの側方加圧で根管充填した
- 測り方:試料を37℃で24時間培養し、分光光度計で濁り(OD600=600nmの光での吸光度)を測った。値が高いほど培養液の細菌が多く、間接的に根管の細菌が多いことを表す
- 解析:前と後の比較はWilcoxon検定、前後の差(下がり幅)の2群の比較はMann–Whitney U検定
なお、この論文の本文はポーランド語で、英語の抄録が付いています。この記事は、ポーランド語の本文と表を筆者が読んで照合しました。英語の抄録では簡易防湿の材料を cotton rolls と書いています。
④結果:両群とも大きく下がり、下がり幅の差は検出されなかった
根管形成の前の濁りの平均は、ラバーダムあり群0.840、ロールワッテのみ群0.855。根管形成・洗浄の後は0.108と0.101でした。どちらの群でも、前と後の差は統計的に有意でした(P<0.05)。
前後の差(下がり幅)の平均は0.732と0.753で、Mann–Whitney U検定で2群を比べると、有意差は検出されませんでした。原典にはこの検定のp値も、差の信頼区間も書かれていません。
表の各歯の値を見ると、形成前の濁りは0.028から3まで、歯によって大きく違っていました(表1・表2から筆者が読み取り)。データが正規分布でなかったことは著者らも検定で確かめていますが、表の要約の値は平均だけで中央値や標準偏差は載っていないため、平均の数字だけで2群の近さを判断するのは控えめにしたいところです。
⑤結果の読み方:「差を検出しなかった」と「同じ」は別
著者らは「ラバーダムの使用の有無は根管の消毒効果に影響しなかった」と結論し、考察では、ロールワッテだけで防湿しても、丁寧に行えばラバーダムと同じように唾液の細菌から根管を守れると書いています。
ただし、この研究で示されたのは、36歯という少ない数で、下がり幅の差を検出しなかったということです。同じであることを確かめるには、必要な歯の数の見積もりや、どこまでの差なら同じとみなすかの幅を前もって決める必要がありますが、原典にはそのどちらも書かれていません。群の決め方も書かれておらず、無作為に割り付けた試験かどうかは分かりません。
もう1つは、何を測ったかです。濁りは培養液全体の細菌の量の目安で、菌の種類や、細菌が残っていたかどうかを直接数えたものではありません。採取は「髄室を開けた直後」と「形成・洗浄の後」の2回だけで、その後の根管充填や修復の間の汚染、そして根尖病変が治ったかどうかは調べていません。
⑥明日の臨床へ
この研究から言えるのは、「ロールワッテで防湿した19歯でも、ラバーダムを張った17歯でも、手用器具での形成と次亜塩素酸ナトリウムの洗浄の後に、培養液の濁りは大きく下がった。下がり幅の差は検出されなかった」ということです。
ここから筆者の読みです。どちらの防湿でも形成・洗浄の前後で濁りが大きく下がったことは、根管の中の細菌を減らす工程として形成と洗浄が大切であることを思い出させてくれます(形成・洗浄をしない群は無いので、この研究で確かめたことではありません)。どんな防湿でも、洗浄を丁寧に行う意味は変わりません。
一方で、この結果を「ラバーダムは省いてよい」の根拠にするには小さすぎます。ラバーダムの大きな役割である器具の誤飲・誤嚥の防止や、治療の終わりまでの汚染、長い目で見た治癒は、この研究では調べていません。ラバーダムを基本にしつつ、どうしても張れない場面では、防湿を丁寧に保ち、形成と洗浄をいっそう確実に行う。そう読むのが、この研究の数字を誇張しない使い方です(ここまで筆者の読み)。
⑦ここだけ補助線
・小規模:36人36歯(17歯と19歯)。必要な歯の数の見積もりは書かれていない
・群の決め方が不明:無作為に割り付けたかどうかは原典に書かれていない
・「有意差を検出せず」≠「同じ」:下がり幅の比較のp値・信頼区間の記載は無く、同等であることを確かめる設計でもない
・測ったのは培養液の濁り:OD600は細菌の量の目安で、菌の数や種類、細菌が残っていたかどうかを直接見たものではない。表の要約の値は平均だけ(中央値・標準偏差の記載なし)で、各歯の値は大きくばらついていた
・見た範囲は形成の前と後だけ:採取は形成の前と後の2回。根管充填や修復の間の汚染、治癒、器具の誤飲・誤嚥の防止は調べていない
・ポーランド語の論文:本文はポーランド語(英語の抄録あり)。この記事は原文を筆者が読んで照合した
ラバーダムの価値を否定する結果ではなく、どんな防湿でも形成と洗浄を丁寧に行う大切さを思い出させてくれる小さな1本として読むと、日々の根管治療の見直しに役立ちます。
今日のひとこと
36人36歯の小さな臨床研究では、ロールワッテのみの防湿でもラバーダムを張っても、根管形成と次亜塩素酸ナトリウムの洗浄の後に培養液の濁りは大きく下がり、下がり幅の差は検出されませんでした。ただし数が少なく、同じであることを確かめた研究ではありません。見たのは根管形成の前と後の細菌の濁りだけで、治癒や誤飲・誤嚥の防止は調べていないので、ラバーダムを省く根拠にはなりません。どんな防湿でも、形成と洗浄を丁寧に行う大切さを思い出させてくれる1本です。


