保存修復|抜去した健全なヒト第三大臼歯70本で、歯冠象牙質の MMP-2・MMP-9 と阻害因子 TIMP-1・TIMP-2 の分布を免疫染色で見て、深層・中層・表層の3層(各約1〜1.5mm)に分けた象牙質の量を ELISA で測り(各層 n=6)、ザイモグラフィーでゼラチンを分解する帯を比べた実験室研究(Niu・Zhang・Tay・Chen ら 2011・Journal of Dentistry)
樹脂含浸層の劣化に関わるとされる象牙質の MMP は、象牙質のどこに、どれくらいあるのか。Niu らは2011年、抜去した健全な第三大臼歯の歯冠象牙質を深さごとに調べました。ELISA で測った量の平均は4つとも深層で最も多く、MMP-2 は深層5.33 ng/mg で中層・表層より有意に多く、MMP-9 は深層3.27・中層1.48・表層0.23 ng/mg と順に有意に少なくなりました。阻害因子の TIMP-1・TIMP-2 も深層で多く、活性化させてからゼラチンを分解した帯も深層で最も強く見えました。ただし健全な歯の象牙質で酵素の量と場所を調べた実験室研究で、各層 n=6 です。接着の強さや劣化は測っていません。
①深い窩洞の象牙質と浅い象牙質で、MMP の量は違う?
接着した樹脂含浸層が年月とともに劣化する話になると、象牙質の中にもともと埋まっている分解酵素――MMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)――の名前がよく出てきます。では、その MMP は象牙質のどこに、どれくらいあるのでしょうか。歯髄に近い深いところと、エナメル質に近い浅いところで、量は違うのでしょうか。
これを、抜去した健全な第三大臼歯の歯冠象牙質を深さごとに分けて調べたのが、中国・第四軍医大学の Niu・Zhang らと米国の Tay が2011年に Journal of Dentistry に出した論文です。
・抜去した健全な第三大臼歯70本を使い、歯冠象牙質の MMP-2・MMP-9 と、その働きを抑える TIMP-1・TIMP-2 の分布と量を深さごとに調べた実験室研究(量は深層・中層・表層の3層に分けて ELISA で測定、各層 n=6)
・量の平均は、4つとも深層で最も多かった。MMP-2 は深層5.33 ng/mg で、中層3.38・表層3.18より有意に多く、中層と表層の間には有意差を検出しなかった
・MMP-9 と TIMP-1 は、深層・中層・表層の順に有意に少なかった(MMP-9 は3.27→1.48→0.23 ng/mg)。TIMP-2 は深層2.07・中層0.4 ng/mg で、表層では検出できなかった
・活性化させてからゼラチンを分解した帯(ザイモグラフィー)も、深層で最も強く、表層で最も弱かった
②なぜこの研究が必要だったか
MMP は、コラーゲンなどの細胞外の基質を分解する、亜鉛を必要とする酵素の仲間です。不活性な形(pro-MMP)で分泌され、細胞の外で活性化されます。その働きは TIMP(MMP の組織阻害因子)とのやりとりで調節されています。
著者らは序論で、MMP のうちコラーゲンを分解できるゼラチナーゼ(MMP-2 と MMP-9)とその阻害因子が、歯の形成と石灰化、う蝕の進行、象牙質の樹脂含浸層の劣化に関わる点で特に関心を集めている、と書いています。
引用された先行研究では、ラットの切歯で MMP-2 と MMP-9 がエナメル象牙境の近くに集まり、そこで TIMP-1 と TIMP-2 が最も少なかったと報告されていました。ヒトの象牙質では、MMP-2 が象牙質の全層に見られ、前象牙質の近くとエナメル象牙境に多いとされていました。ただ、ヒトの象牙質でこの4つの分布と深さごとの量は十分には分かっていなかった、として、著者らは「深層・中層・表層で4つの分布に差は無い」「3つの層から得た象牙質のゼラチンを分解する力に差は無い」という2つの帰無仮説を立てて調べました。
③何をどう調べたか
・歯:インフォームドコンセントを得て集めた、健全なヒト第三大臼歯70本(第四軍医大学の倫理委員会の承認あり)
・免疫染色(20本):ホルマリンで固定し、10% EDTA で5週間脱灰して切片にし、4つのタンパクの場所を免疫組織化学で染めた。MMP-2 と TIMP-2、MMP-9 と TIMP-1 の組み合わせで、蛍光の二重染色も行った
・タンパクの抽出(50本):歯根を外して歯冠を頬舌方向に薄切りにし、エナメル質と歯髄を除いた象牙質の薄片を、ほぼ同じ幅(約1〜1.5mm)の深層・中層・表層の3つに分けた。液体窒素で凍らせて粉にし、EDTA で脱灰してからタンパクを抽出した
・ELISA:4つのタンパクの量を測り、総タンパク1mgあたりの ng で表した(原著の表1の注は各層 n=6。何を1つと数えたかは書かれていない)
・ザイモグラフィー:抽出したタンパクをゼラチン入りのゲルで電気泳動し、APMA で不活性な形を活性化してから、ゼラチンが分解された帯の強さを見た
・統計:ELISA の値をタンパクごとに一元配置分散分析し、多重比較は Student–Newman–Keuls 検定(有意水準0.05)。染色とザイモグラフィーは目で見た比較で、検定は行われていない
④結果1:ELISA で測った量は、4つとも深層で最も多かった
4つのタンパクとも、層の間の量の差は有意でした(p<0.01)。多重比較の結果は次のとおりです。
・MMP-2:深層5.33(標準偏差1.53)、中層3.38(1.10)、表層3.18(1.23)ng/mg。深層が中層・表層より有意に多く、中層と表層の間には有意差を検出しなかった
・MMP-9:深層3.27(0.86)、中層1.48(0.41)、表層0.23(0.08)ng/mg。どの2層の間にも有意差があった
・TIMP-1:深層6.51(2.15)、中層3.8(1.04)、表層0.50(0.14)ng/mg。どの2層の間にも有意差があった。平均はどの層でも MMP-9 より多かった(TIMP-1 と MMP-9 の間の検定は無い)
・TIMP-2:深層2.07(0.74)、中層0.4(0.13)ng/mg で、深層が中層より有意に多かった。表層では検出できなかった
⑤結果2:染色とザイモグラフィーで見た、深さごとの違い
免疫染色では、MMP-2 は象牙質の全層で陽性で、象牙芽細胞・前象牙質・エナメル象牙境で強く染まりました。MMP-9 は象牙芽細胞と前象牙質で強く、中層で弱くなり、表層ではほとんど見えませんでした。TIMP-1 は MMP-9 と似た分布でより強く、エナメル象牙境はかすかに陽性でした。TIMP-2 は象牙芽細胞と前象牙質で弱く染まるだけでした。陰性対照はどれも染まっていません。
深層では、MMP-2 と TIMP-2 は主に象牙芽細胞で、MMP-9 と TIMP-1 は象牙芽細胞と深層の象牙質で、二重染色が重なって見えました。中層では、MMP-9 は主に管間の基質に、TIMP-1 は主に象牙細管の内腔に染まり、場所が違っていました。
ザイモグラフィーでは、72 kDa の pro-MMP-2 の強い帯と、92 kDa・130 kDa の pro-MMP-9 の帯が見られました。分解の帯は深層で最も強く、表層で最も弱く、表層では 92 kDa の MMP-9 の帯が見られませんでした。抽出したタンパクの中では、MMP-2 の分解の帯のほうが MMP-9 より強く見えました。
なお、染色ではエナメル象牙境の線に沿って MMP-2 が強く出ましたが、ELISA では表層(エナメル象牙境側の3分の1をまとめて粉にしたもの)の MMP-2 の量は中層と有意差を検出しませんでした。染色は細い線状の場所を見ており、ELISA は層全体の平均を測っている、という違いとして読めます(筆者の読み)。
⑥著者らの考察
著者らは、4つのタンパクの量と分布、そして脱灰した象牙質のゼラチンを分解する力は象牙質の深さによって違い、2つの帰無仮説はどちらも否定されたとしています。そのうえで、象牙質が露出する深さによって、コラーゲンが分解される力に違いがあると考えられると結論しています。
考察では次のように述べています。いずれも著者らの推測で、この研究で直接確かめたものではありません。
・MMP-2 がエナメル象牙境に多いことや、エナメル象牙境の近くで TIMP-1 が少ないことが、う蝕がエナメル象牙境に沿って横に広がる理由の1つかもしれない
・深層の MMP-2 と MMP-9 は象牙細管の内腔に、中層では基質に多く見られたことから、象牙芽細胞が分泌し、基質に広がってコラーゲンに結合し、石灰化の過程で閉じ込められたのではないか
・TIMP-1 が MMP-9 よりずっと多く、中層で染まる場所も違ったことから、TIMP-1 には MMP を抑える以外の役割もあるかもしれない
・象牙質の TIMP-2 の量は、象牙芽細胞が分泌した pro-MMP-2 の多くを活性化するには少なすぎるのかもしれない
・深さによってゼラチンを分解する力が違うことは、深さによって、う蝕の進み方や樹脂含浸層の劣化の速さが違うことを示しているのかもしれない
研究の限界として著者らは、免疫染色の方法そのものに、標準化されていない・倍率が低い・EDTA の脱灰の影響を受ける、といった弱点があり、細部の情報は限られる、と書いています。
⑦明日の臨床へ
この研究から持ち帰れるのは、次のような読み方です(筆者の読み)。
・阻害因子の TIMP-1・TIMP-2 も深層で多かった:酵素の量だけで「深いほど分解が進む」とは言い切れない
・接着の研究を読むときは、どの深さの象牙質を使ったかも見る:同じ「象牙質」でも、深さによって酵素とその阻害因子の量が違う
ただし、この研究は健全な歯の象牙質で酵素とその阻害因子の量と場所を調べたもので、接着の強さや樹脂含浸層の劣化、う蝕の進み方は測っていません。「深い窩洞では接着が早く劣化する」「この処置が効く」とまでは言えないので、深さによって象牙質の中身が違うことを示す基礎データとして持ち帰りたい一本です。
(2)ELISA は各層 n=6 で、50本の歯の象牙質を層ごとに粉にしたものから測っていますが、n=6 が何を1つと数えた数なのかは書かれていません。
(3)測ったのは酵素とその阻害因子の量と場所、活性化させたあとの分解の帯です。歯の中で実際に働いている酵素の量や、分解の速さは測っていません。ザイモグラフィーと染色は目で見た比較で、検定はありません。
(4)中国の Natural Science Foundation of China の助成を受けており、利益相反の記載はありません。
「象牙質の MMP は、深層に多い」という分布の地図として面白い結果です。深さごとの接着の耐久性を調べた研究と合わせて読みたいところです。
今日のひとこと
抜去した健全な第三大臼歯の歯冠象牙質を調べると、MMP-2・MMP-9 の量の平均は深層で最も多く、MMP-9 は深層・中層・表層の順に有意に少なくなり、活性化させたときのゼラチンを分解する帯も深層で最も強かった一方、阻害因子の TIMP-1・TIMP-2 も深層に多くありました。接着の強さや劣化を測った研究ではないので、「深層の象牙質で MMP が多いという分布の地図。接着の研究を読むときは、どの深さの象牙質かも見る」という程度に受け取るのが、この論文に合った読み方です。


