保存修復|う蝕の無い抜去した下顎中切歯6本から厚さ2.5mmの縦の薄片を作り、リン酸緩衝生理食塩水に浸した「水和」と、24℃・湿度55%で72時間置いた「乾燥」の状態で、切縁から歯の長軸方向に5〜60Nの圧縮荷重をかけ、モアレ干渉法で外側・内側の象牙質のひずみを測った実験室研究(Kishen・Asundi 2005・Journal of Biomedical Materials Research Part A)
根管治療をした歯は割れやすい。その理由として「歯の水分が減るから」と「歯質が失われるから」が挙げられてきました。では、象牙質の中の水は、力を受けたときの変形の仕方にどう関わるのか。Kishen らは2005年、抜去した下顎中切歯6本の薄片に5〜60Nの圧縮荷重をかけ、水を含ませた状態と72時間乾かした状態で、象牙質のひずみ(変形の割合)を光で測りました。水を含んだ象牙質は、歯の長軸方向のひずみが荷重とともになだらかに増え、著者らはこれを粘りのある材料に近い振る舞いとしました。同じ方向で、乾かした象牙質は硬くなる振る舞いを示し、著者らはもろい材料に近いとしています。象牙質細管に沿った方向では、乾かすと外側と内側の差が目立ちました。ただし6本の薄片を使った実験室研究で、破折や強さは測っていません。
①象牙質の中の水は、力を受けたときの変形にどう関わる?
「根管治療をした歯は割れやすい」。その理由として、昔から歯の水分が減るからという説明と、歯質が失われるからという説明が挙げられてきました。では、象牙質の中の水そのものは、力を受けたときの変形の仕方にどう関わっているのでしょうか。
これを、抜去歯の薄片に荷重をかけ、象牙質の表面のわずかな変形を光で測って調べたのが、シンガポール国立大学の Kishen らが2005年に Journal of Biomedical Materials Research に出した論文です。
・う蝕の無い抜去した下顎中切歯6本の薄片に、切縁から歯の長軸方向に5〜60Nの圧縮荷重をかけ、水を含ませた状態(水和)と、24℃・湿度55%で72時間置いた状態(乾燥)のひずみ(変形の割合)を測った
・歯の長軸方向(象牙質細管に垂直な方向)では、水和した象牙質のひずみは荷重とともになだらかに増え、著者らは粘りのある材料に近い振る舞いとした。乾燥した象牙質は硬くなる振る舞いを示し、著者らはもろい材料に近いとしている
・側方(細管に平行な方向)では、水和した象牙質のひずみは荷重を増やしても目立って増えなかった。乾燥させると、外側の象牙質のひずみが荷重に比例して増え、外側と内側の差が目立った
・破折や強さは測っておらず、統計の検定方法も書かれていない。6本の薄片を使った実験室研究
②なぜこの研究が必要だったか
著者らは序論で、根管治療をした歯が割れやすいことは臨床的に知られていて、その理由は歴史的に「水分の減少」と「修復処置に伴う歯質の喪失」に求められてきた、と書いています。歯質の喪失は大事な要因だが、それだけでは時間とともに割れやすくなることを十分に説明できない、というのが著者らの問題意識です。
もう一つ、著者らは「硬さ(stiffness=変形しにくさ)」と「粘り強さ(toughness=壊れずにエネルギーを吸収できる力)」は別の性質だと強調しています。根管治療歯と生活歯で強さや弾性率に大きな違いは無いとする研究もありましたが、もろさは強さや弾性率の違いとして現れるとは限りません。
そこで著者らは、強さを測るのではなく、象牙質がどう変形するか(ひずみの出方)を、象牙質細管の中の水(自由水)がある状態と抜けた状態で比べました。
③何をどう調べたか
・歯:抜去したばかりの、う蝕の無い下顎中切歯6本。リン酸緩衝生理食塩水に保管し、光を透かして亀裂のある歯は除いた
・試料:近心・遠心を削り、唇舌方向の厚さ2.5mmの縦の薄片を作った(歯の中心を通る面。著者らは、象牙質の大部分と、細管や根管の中の水を残せる形だとしている)
・水和:表面に格子を写したあと、リン酸緩衝生理食塩水に2週間浸して水を戻し、水を含んだ状態で試験した
・乾燥:24℃・湿度55%で72時間置いた。著者らは文献をもとに、この方法で抜けるのは水の3%未満(主に細管の中の水)で、基質には10%を超える水が残り、根管治療歯の状態に近いと説明している(この研究で水分量を測った記載は無い)
・荷重:切縁から歯の長軸方向に5〜60Nの圧縮荷重(前歯の咬む力の生理的な範囲として選んだ)。1つの試料の試験は15分以内に終え、どの試料も1回だけ試験した
・測り方:モアレ干渉法(表面に写した細かい格子〈1mmあたり1200本〉とレーザーの干渉縞から、面の中のわずかな変位を読む方法)。外側と内側の象牙質に引いた測定線で、歯の長軸方向(細管に垂直)と側方(細管に平行)の垂直ひずみ・せん断ひずみを計算した
なお、6本の歯を水和と乾燥にどう割り振ったのか、同じ試料を両方の状態で試験したのか、図のグラフが何本の試料の値なのかは、本文に書かれていません。
④結果1:歯の長軸方向では、水和はなだらか、乾燥は硬くなる形
水和した象牙質では、歯の長軸方向(細管に垂直)の垂直ひずみ・せん断ひずみが、荷重とともになだらかに増えました。荷重が小さいうちは外側と内側でほぼ同じで、荷重が大きくなると外側のひずみが内側より大きくなりました(一方で、応力に対するひずみの増え方は内側の方が大きかったとも書かれています)。
乾燥した象牙質について、原著の結果の文は「荷重とともに急に増えた」「荷重とともに目立っては増えなかった」と2通りに書いていて、そのままでは読み取りにくい書き方です。著者らはこれを象牙質が硬くなった(stiffening)印で、もろい材料に特有の振る舞いとしています。考察では、最大の応力で生じたひずみは、乾燥した象牙質の方が水和した象牙質より小さかったとまとめています。乾燥でも、外側のひずみは内側より大きくなりました。
⑤結果2:細管に沿った方向では、乾燥で外側と内側の差が目立った
側方(細管に平行な方向)では、水和した象牙質のひずみは外側・内側とも安定していて、荷重を増やしても目立っては増えませんでした。
乾燥した象牙質では、内側は荷重を増やしても目立っては増えませんでしたが、外側のひずみは内側より大きく、荷重に比例して(直線的に)増えました。原著は、乾燥させると外側と内側の差がはっきりした、と書いています。
表2の値は、原著の本文の表記のまま載せています。原著は単位を「microstrain」と書いていますが、値の大きさから見ると単位の書き方に食い違いがある可能性があり、この記事では値の比較にとどめます。また、平均が何本の試料・何点の値から出たのかも書かれていません。
⑥著者らの結論と考察
著者らは、自由水は、細管に垂直な方向と平行な方向の両方で、応力とひずみの関係に影響したと結論しています。細管に垂直な方向(歯の長軸方向)では、水があると粘りのある材料に近い応答になり、水を失うと象牙質が硬くなって、もろい材料に近い応答になった、という整理です(この応答の根拠になった測定は長軸方向のもので、側方では水和した象牙質のひずみは荷重を増やしても目立って増えていません)。
考察には、この研究での観察と、その仕組みについての著者らの仮説が含まれています。仕組み(なぜそうなるか)は、この研究で直接確かめたものではありません。
・仮説:水が可塑剤(材料を柔らかく変形しやすくするもの)のように働き、コラーゲン線維どうしのすべりを許しているのかもしれない
・仮説:圧縮で細管が押されると中の水が細管に沿って押し出され、そのときの水の粘り(粘性)が変形の出方に影響しているのかもしれない(水を満たした多孔質の固体に似た振る舞い)
・観察:水和した象牙質では、側方のひずみが外側から内側へより均一に伝わっていた。仮説:これは細管の中の水の動きによるのかもしれない
・著者らの所見:乾燥によって外側の象牙質に圧縮の残留ひずみが生じ、荷重でさらに増えた
・仮説:乾燥でコラーゲン線維のすき間が失われ、線維どうしの結合が増えて硬くなるのかもしれない
また著者らは、別の研究(Jameson ら)で、乾燥させた象牙質は曲げ・引っ張りで壊れるときの応力には有意差が無かった一方、壊れるまでのひずみと破壊のエネルギーは水和した象牙質より有意に小さかったことを引用しています。これは引用された別の研究の結果で、この論文で測ったものではありません。
⑦明日の臨床へ
この研究から持ち帰れるのは、次のような読み方です(筆者の読み)。
・根管治療歯の割れやすさを「乾燥」だけで説明する根拠にはならない:この研究は破折も強さも測っておらず、根管治療歯の水分量も測っていない。歯質の喪失という要因を置き換えるものでもない
・抜去歯を使った研究を読むときは、保管と乾燥の条件を確かめたい:水を含んでいるか乾いているかで、象牙質の変形の仕方が変わり得る
なお、乾燥は室温で72時間置いた条件です。接着操作のときの数秒のエアブローとは条件がまったく違うので、この論文から乾燥のさせ方について臨床の指示を引き出すことはできません。
(2)水和と乾燥に6本をどう割り振ったか、グラフが何本の試料の値かが書かれておらず、統計の検定方法も記載がありません(抄録には「有意な」とあります)。
(3)測ったのは5〜60Nの範囲のひずみで、破折・強さ・粘り強さそのものは測っていません。「粘りのある/もろい材料に近い」は、ひずみの出方から著者らが読んだものです。
(4)乾燥は24℃・湿度55%で72時間の条件で、根管治療歯の状態に近いというのは著者らの想定です。
(5)研究資金・利益相反の記載はありません。
「水を含んだ象牙質と乾いた象牙質では、力を受けたときの変形の仕方が違う」ことを、表面のひずみの分布として見せた、象牙質の力学を考えるうえで面白い基礎研究です。破折のしやすさとのつながりは、続く研究と合わせて読みたいところです。
今日のひとこと
抜去した下顎中切歯6本の薄片に5〜60Nの圧縮荷重をかけると、歯の長軸方向(細管に垂直な方向)では、水を含んだ象牙質のひずみが荷重とともになだらかに増え、72時間乾かした象牙質は硬くなる振る舞いを示しました。著者らは前者を粘りのある材料、後者をもろい材料に近い振る舞いとし、水が象牙質の変形を助けている可能性を考えています。ただし破折や強さは測っておらず、6本の薄片の実験室研究です。「象牙質の水分は、力を受けたときの変形の仕方に関わり得る」という基礎の知見として受け取り、根管治療歯の割れやすさを水分だけで説明する根拠にはしないのが、この論文に合った読み方です。


