真度に差は出なかったが、精密度は 35μm 対 8μm だった(Müller 2016・Quintessence International)
口腔内スキャナーは、どこから当ててどう戻るかを術者が決めています。メーカーの推奨手順はありますが、実際には自己流になりがちです。上顎フルアーチを3つのルートで5回ずつスキャンし、工業用リファレンススキャナーと重ね合わせて比べた研究があります。
①スキャナーは同じでも、回し方は人それぞれ
口腔内スキャナーで単冠を撮るぶんには、あまり悩みません。センサーが捉える面積が、必要な範囲に対して大きいからです。問題はフルアーチ。写真を継ぎ足していく(スティッチング)性質上、誤差は端から端へ積み上がっていきます。
ロングスパンの補綴、とくにスクリュー固定のインプラント上部構造ではセメントが誤差を吸収してくれません。文献上、最終補綴物の適合の許容値は100μm未満とされています。スキャンの誤差は、その予算のうちの一部を先に使ってしまう工程です。
メーカーは推奨のスキャン手順を示しています。ただ現場では、術者ごとの慣れとくせで回し方が固まっていく。その違いは、どれだけ結果を変えるのでしょうか。
②3つのルートで、同じ模型を5回ずつ撮る
ベルン大学とチューリッヒ大学のグループが、コバルトクロム合金製の上顎有歯顎模型を1つ用意し、TRIOS Pod(3Shape・カラー・粉末不要)で3つのルートを各5回、計15スキャン記録しました。
1スキャンあたりの撮影枚数は350〜400枚、所要時間は2.5〜3分で、ルートによらずおおむね一定でした。
③真度は横並び。差が出たのは精密度だった
ここが読みどころです。「平均としてどれだけ正しいか(真度)」では3ルートに差がつかなかったのに、「同じ手順を繰り返したときにどれだけ同じ結果になるか(精密度)」では4倍以上の開きが出ました。
しかもルートAのSDは51.1μm——平均値(35.0μm)より大きい。悪い方向へ一様にずれるのではなく、回によって当たり外れが大きいということです。
原著は先行研究(Ender・Mehl)に合わせた別の算出法も併記しています。こちらでも真度は A 57±18/B 44±17/C 63±27μmで有意差なし、精密度は A 119±35/B 20±8/C 22±9μmで有意差あり(P<.05)。算出法を変えても構図は変わりませんでした。
④なぜ「頬側から」は不安定になるのか
原著は、この差の理由を考察でこう述べています。「ルートBはすべての機種で有利かもしれない。最初のスキャンで歯列弓全体の多次元的な骨格を作り上げるため、歯列弓全長のような長い距離を線的にデータ取得するときに誤差が積み上がっていくリスクを取り除けるからである」。
つまり「先に骨格を作ってから肉付けする」か「端から線的に積み上げる」かの違いです。Bは咬合面・口蓋側から始めて常に2面を含めながら進み、Cは1歯ごとに3面を撮ります。一方ルートAは、まず頬側面だけを歯列全体にわたって通すため、骨格ができあがるのは戻りの工程になります。
興味深いのはルートCの位置づけです。Cは精密度ではBと遜色ありません(8.5 vs 7.9μm)。ただし真度は26.8±14.7μmと数値上は最も大きく、個々のスキャンでは11〜45μmと幅が広い。一方向に進んで戻らないため、誤差が累積したときに引き戻す機会がない、という読み方ができます(有意差は出ていないので、あくまで傾向です)。
もうひとつ、原著が自ら注意を促している点があります。ベストフィットで重ね合わせる解析法そのものが、「片側からもう片側へ向かって徐々にずれていく」型の誤差を過小評価しうる——歪んだデータでも全体として最もよく合う位置に載せてしまうからです。フルアーチで問題になるのはまさにこの型の誤差なので、ここは覚えておきたいところです。
⑤明日の臨床へ
第一に、スキャンのルートを医院で1つに決めて、それを守る。この研究の主要な結論は「Bが正しくてAが間違っている」ではなく、ルートによって再現性が大きく変わるということです。原著は「推奨ルートBは最も高い真度と精密度を示すため、推奨されうる」と結んでいます。
第二に、咬合面・口蓋側から始める。少なくともこのスキャナーでは、頬側面を先に通すルートだけが不安定でした。メーカー推奨に従うことに、実測の裏づけがついた形です。
第三に、「撮り直したら結果が変わる」を軽く見ない。真度が同じでも精密度が悪ければ、その日の1回がどちら側にどれだけ外れているかは分からないことになります。ルートAでは回ごとのばらつきが35μm前後——真度の値(17.9μm)ではなく、この不確かさのほうが再現性の話です。なお原著が「最終補綴物で100μmを超えないために可能なかぎり高くあるべき」と述べているのは真度のほうで、精密度の値をそのまま誤差の予算として差し引ける性質のものではありません。
第四に、ロングスパンほど、この差が効く。単冠やクアドラント内の短いスパンなら誤差の累積は小さく、原著もそこは低リスクだと述べています。ルートを意識する価値が最も高いのは、フルアーチとスクリュー固定の上部構造です。
規模はかなり小さい試験です。模型は1つ、術者は1名、各ルート5回——スキャナーもTRIOS Podの1機種に限られ、他機種や他の術者で同じ順位になる保証はありません。そして模型スキャンなので、唾液も、ミラーや金属修復物の反射も、患者の動きもありません。原著自身、これらが臨床では制限因子として議論されてきたと認めています。加えて、ベストフィット法が累積誤差を過小評価しうるという注意も原著が自ら書いているとおりです。ですから絶対値(17μmや8μm)を臨床の数字としてそのまま持ち出すのは行きすぎでしょう。それでも、同じ人が同じ模型を同じ日に撮って、ルートを変えただけで再現性が4倍以上ひらいたという事実は明快です。手技を揃えるだけで得られる改善なので、試す側のコストがほぼゼロなのも良いところだと思います。
今日のひとこと
スキャンのルートは、平均的な正確さ(真度)よりも「毎回同じ結果が出るか(精密度)」に効いていた。頬側から始めるルートは、真度こそ他と変わらないのに、精密度が35.0±51.1μmと大きくばらついた。メーカー推奨の「咬合面・口蓋側から始めて頬側で戻る」は7.9±5.6μm。順番を決めて守ることが、そのまま再現性になる。


