1問1答 論文 保存修復

咬合採得のとき、チェアは何度倒していますか

1問1答 論文 保存修復

フルフラットで記録すると、下顎位は平均1.41mmずれていた(Coelho 2015・The Journal of Prosthetic Dentistry)

下顎位は、咬合や関節だけでなく頭位や体位にも左右されます。ではチェアの倒し方は、咬合採得の記録そのものを動かすのでしょうか。10人の被験者で、90度・120度・180度の3姿勢を比べた小さな試験があります。

論文
Influence of dental chair backrest inclination on the registration of the mandibular position
著者
Coelho MF, Cavalcanti BN, Neves ACC, Jóias RP, Rode SM(サンパウロ州立大学ほか・ブラジル)
掲載
The Journal of Prosthetic Dentistry 2015;114(5):693–695
種類
in vivo(健常者10名・被験者内比較・前歯部ジグ上の接触点を写真重ね合わせで計測)
PMID
26344187

咬合採得のとき、椅子はどこまで倒していますか

バイマニュアルマニピュレーションで中心位を採るとき、あるいはバイトを採るとき。チェアを何度に起こしているか、カルテのどこにも書いていない——たいていの医院がそうだと思います。術者の身長や、その日の腰の具合で、なんとなく決まっている。

ところが下顎位は、咬合や顎関節だけで決まるものではありません。頭位・体位・睡眠の質・筋のトーヌス・固有受容感覚——下顎の姿勢位に影響する因子として、以前から挙げられてきたものです。頭の傾きが変われば、下顎にかかる重力の向きも変わります。

では、チェアの背もたれの角度は、記録そのものを動かすのでしょうか。

90度・120度・180度で、同じ人の下顎位を採り比べる

ブラジルのグループが、健常な若年者10名(18〜30歳・第二大臼歯まで揃い、歯の動揺と顎関節症を除外)で、同じ人に3つの姿勢で下顎位を記録させ、そのずれを測りました

方法: 上顎前歯部に常温重合レジンのジグ(アンテリアジグ)を装着し、咬合平面と平行な平らなプラットフォームを作る。下顎中切歯の切縁にコンポジットレジンを2mm径で盛り、接触が1点になるようにする。90度(背もたれが最も立った位置=咬合平面が水平面と平行)・120度・180度(フルフラット)の3姿勢で咬合紙の色を変えて記録し(各3回)、規格化した写真を重ね合わせて90→120度90→180度の記録点の距離を計測した。

ジグを使ったのは、咬合面の干渉と顎関節の影響を取り除き、重力の下で働く筋だけが下顎位を決める状態にするためです。前方や側方へ滑るのも、ジグの形態で抑えています。つまりこの研究が見ているのは、「咬頭嵌合位」ではなく「筋と重力が決める下顎位」です。

フルフラットで、1.41mmずれた

0 0.6 1.2 1.8 記録点のずれ(mm) 0.67 1.41 90度 → 120度 90度 → 180度 単位はmm。90度=背もたれが最も立った位置(咬合平面が水平面と平行)を基準にした差。SDは順に0.20と0.15。P値は 90→120度が.0633(有意差なし)、90→180度が.048(有意差あり)。上顎前歯部のジグ上に記録した接触点を写真の重ね合わせで計測している
90度の記録点を基準にした、記録点のずれ(10名の平均)。180度でのみ統計的な有意差が出た

結果はシンプルです。

記録点のずれ(平均±SD): 90度 → 120度=0.67±0.20mm(P=.0633・有意差なし)/90度 → 180度=1.41±0.15mm(P=.048・有意差あり)。個々の値は90→120度で0.4〜1.0mm、90→180度で1.2〜1.6mmの範囲に収まっていた。

抄録では、この移動を「下顎が後方へ位置づけられた(repositioned posteriorly)」と表現しています。倒すほど下顎は後ろへ下がり、その量は180度で1.41mmに達した、という読み方です。

ばらつきは小さく(SD 0.15〜0.20mm)、10名全員が0.4〜1.0mm・1.2〜1.6mmの狭い範囲に収まっています。ただし表1が報告しているのは符号のない距離だけで、被験者ごとの向きは示されていません。「後方へ」という方向は抄録の記述に依っています。

なぜ、倒すと下がるのか

ジグを使って咬合の干渉を消した状態では、下顎の位置を決めているのは咀嚼筋のトーヌスと重力です。椅子を起こしているとき、重力は下顎を下方(=開口方向)へ引きます。逆に背もたれを倒していくと、頭の向きが変わり、重力のベクトルは下顎を後方へ引く向きに寄っていく——これが後方移動として現れた、という筋道になります。

原著が120度を中間条件に選んだのにも理由があります。バイマニュアルマニピュレーションでは、背もたれを約120度に倒し、患者の頭部をオトガイが上を向く45度に保つことが推奨されている(Dawsonの記載)。つまり120度は、教科書が勧めてきた姿勢そのものです。

その120度では、平均0.67mmの差はあったものの、統計的な有意差は出ませんでした。一方で180度は有意。原著の結論も「180度の位置は避けるべき」という言い方をしています。

明日の臨床へ——揃えるだけなら、今日からできる

第一に、咬合採得の姿勢を医院で1つに決める。この研究が示したのは「180度が絶対に悪い」ではなく、「角度が変われば記録が変わりうる」ことです。ならば、術者が変わっても・日が変わっても同じ角度で採る、という運用に価値が出ます。推奨されてきた120度に揃えるのが順当でしょう。

第二に、採得の角度を記録に残す。バイトを採り直したとき、前回と今回で椅子の角度が違えば、比べているものが違うことになります。「120度で採得」と一行あるだけで、後から見返せます。

第三に、フルフラットでの採得は避ける。上顎の作業がしやすいのでつい倒しがちですが、下顎位の記録に関しては、この研究が最も大きなずれを示した条件です。

第四に、1.41mmという数字を過大にも過小にも読まない。切歯部で1.41mmのずれは、顆頭ではもっと小さい量に対応します。一方で、咬合の再構成を伴う補綴では無視できる量ともいえません。「その差が問題になる症例かどうか」を術者が判断するための材料として持っておくのが、この論文の使い方だと思います。

つまり: チェアの背もたれの角度は、下顎位の記録を動かす。90度から180度へ倒すと平均1.41mm(P=.048)、120度までなら0.67mm(P=.0633・有意差なし)。原著の結論は「180度は避ける」であり、120度は許容されている。
ここだけ、冷静に補助線
まず規模です。被験者は健常な若年者10名で、顎関節症も歯の動揺も除外されています。実際に咬合採得が必要になる患者——欠損があり、筋の状態も一様でない層——にそのまま当てはめられる設計ではありません。測っているのもジグ上の記録点の平面的な距離であって、顆頭位を三次元で追ったものではない点は押さえておきたいところです。「後方へ」という方向の記述も、重ね合わせた写真から読み取った所見です。さらに統計の記述に噛み合わない点があります。表1の10名分の差から標準偏差を計算すると0.200と0.152で、表2の0.20・0.15と一致します——つまりこれは「差のSD」です。それを使って対応のあるt検定を計算すると t≈10.6(90→120度)と t≈29.3(90→180度)になり、どちらもP<.001に相当します。本文が示すP値(.0633と.048)とは合いません。それでも、10名全員で、倒すほど大きなずれが出たという一致は無視できません。「採得の姿勢を揃える」という提案自体はコストゼロで、この研究の弱さに賭ける必要のない対策です。

今日のひとこと

咬合採得の記録は、チェアの角度という「記録していない条件」に動かされている可能性がある。この研究では180度(フルフラット)で下顎位が平均1.41mmずれ、120度では0.67mmで統計的な有意差は出なかった。どの角度で採ったかを揃える——それだけなら、明日からコストゼロでできる。

Coelho MF, Cavalcanti BN, Claro Neves AC, Jóias RP, Rode SM. Influence of dental chair backrest inclination on the registration of the mandibular position. J Prosthet Dent. 2015;114(5):693–695. doi:10.1016/j.prosdent.2015.05.013 PMID: 26344187
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。