保存修復|フッ化水素酸(HF)エッチング後の「後洗浄」の有無と方法を変えて、二ケイ酸リチウムとレジンセメントの微小せん断接着強さ・表面を比べた実験室研究(Agarwal ほか 2020・The Journal of Indian Prosthodontic Society)
e.maxなどの二ケイ酸リチウムを接着するとき、HFでエッチングして水洗、乾燥してシランへ。その間に「リン酸で洗う」「超音波にかける」ひと手間を入れるかどうかは、先生によって分かれます。インド・マニパル歯科大学のグループは、二ケイ酸リチウムの円板を使い、HF後に①水洗のみ ②37%リン酸で30秒こする ③リン酸のあと超音波洗浄5分、の3群でレジンセメントの接着強さを測りました。温度サイクル3,500回の後、平均は42.11・49.52・58.88MPaで、後洗浄をした群ほど高く、3群の差はすべて有意でした。ただし円板に小さなセメント柱を立てて押し切る実験室の試験で、臨床の脱離や長期成績は調べていません。
①HFで処理したあと、水で流すだけで接着に進んでいない?
二ケイ酸リチウムのインレーやクラウンを接着する日。内面にHF(フッ化水素酸)を塗って、水洗、乾燥、シラン。多くの先生がこの流れだと思います。その途中に「リン酸でこする」「超音波洗浄器にかける」を挟むかどうかは、講習会や先生によって言うことが分かれます。
この論文は、その「後洗浄」を実験室で比べました。HF後に水洗だけの群より、37%リン酸で30秒こすった群のほうが接着強さは高く、リン酸のあと超音波で5分洗った群がさらに高かった。3群の差はすべて有意でした。ただし、平らなセラミック円板を使った実験室の結果です。
②なぜ「HFのあと」をわざわざ洗うのか
HFは、二ケイ酸リチウムのガラスの部分を選んで溶かし、表面に細かい凹凸(ハニカム状の構造)をつくります。ここにシランとレジンが入り込むことで、接着が成り立ちます。
一方で著者らは先行研究を引き、HFエッチングで水に溶けにくいケイフッ化物の塩ができて表面に沈着し、レジンの入り込みを邪魔しうる、と整理しています。これを取り除く方法として、歯ブラシでこする、よく水洗する、蒸留水やアルコールで超音波洗浄する、リン酸をマイクロブラシでこすりつける、などが提案されてきました。ただ、これらが日常の接着手順に必要かどうかは、文献の見解がそろっていない、というのが著者らの問題意識です。
③今回の実験:後洗浄の3パターン
表面処理(全群共通の出発点):9.6% HF(Ultradent Porcelain Etch)をマイクロブラシで20秒→水洗30秒。
・HF群(対照):後洗浄なし
・HFP群:37%リン酸をマイクロブラシで30秒やさしくこする→水洗30秒
・HFPU群:37%リン酸で30秒こする→超音波洗浄5分
接着:シラン60秒→ユニバーサルアドヒーシブ(Single Bond Universal)2回塗布・光照射10秒→直径0.9mm・高さ4mmのチューブにレジンセメント(RelyX Ultimate)を詰めて光照射40秒。1枚の円板に4本、計60本(各群20本)。
老化と試験:5℃と55℃の温度サイクル3,500回の後、刃を界面に当ててせん断荷重をかけ、剥がれた強さ(MPa)を測定。破壊の様式は40倍の顕微鏡で分類。
表面の観察:各群2枚で、SEM(電子顕微鏡)、EDX(元素分析)、AFM(表面粗さ)。
④結果:後洗浄をした群ほど、接着強さが高かった
平均は、HF群 42.11MPa、HFP群 49.52MPa、HFPU群 58.88MPaでした。多重比較では、3群のどの組み合わせにも有意差があります(P<0.001)。表1の平均から計算すると、HFP群は対照より約18%、HFPU群は対照より約40%高い値です(本文の数値から筆者が計算)。
・試験の前に剥がれた本数:HF群5本、HFP群1本、HFPU群2本
・破壊の様式:3群とも界面での剥がれ(接着破壊)が主体。HF群70%、HFP群70%、HFPU群85%
⑤表面では何が起きていたのか(観察と著者らの解釈)
SEMの像では、HF群に針状の結晶とガラス質の島が残り、HFP群ではその島が減り、HFPU群では針状の結晶が均一に密に絡み合った模様になっていた、と著者らは記述しています。
・フッ素(EDX・重量%):HF群 2.1 → HFP群 1.2 → HFPU群 0
・表面粗さ Ra(AFM・nm):527 → 575 → 596
・最大高さ Rz(nm):4,667 → 5,556 → 6,371
著者らは、リン酸をこすりつけることでHF後の沈着物が落ち、超音波がフッ化物の残りをさらに取り除いた結果、エッチングでできた凹凸が表に出て、接着に使える表面積が増えたのではないか、と解釈しています。ただし、EDXは濃度1%に満たない元素を検出できないと著者ら自身が書いており、「0」は「まったく無い」ではなく「検出されなかった」と読むのが安全です。表面の観察と接着強さは同じ方向を向いていますが、因果を直接確かめた実験ではありません。
⑥明日の臨床へ
考察での著者らの言及:超音波洗浄器が無い臨床家は、37%リン酸を同じ目的に使ってよい、と述べている(結論の項目ではなく考察の一文)。ただし、リン酸だけの群(49.52MPa)はリン酸+超音波の群(58.88MPa)より有意に低い値でした。
補足(筆者の読み):
・リン酸は、歯面のエッチングで使うものがそのまま流用できます。HF水洗の後に「リン酸で30秒こすって水洗30秒」の1分なら、チェアサイドでも足しやすい一手です。
・超音波洗浄5分は、時間と器材が要ります。この研究では超音波で何の液を使ったかが書かれていないため、手順をそのまま再現するには情報が足りません。
・著者らは「接着強さが約29%上がり、修復物が長持ちする」と臨床的な意義を書いていますが、修復物の脱離率や長期成績はこの研究では調べていません。
・HFの濃度・時間(9.6%・20秒)、シランとユニバーサルアドヒーシブ、セメント(RelyX Ultimate)の組み合わせは1通りのみです。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:この研究の範囲では、HFエッチング後に後洗浄をした群は、しなかった群よりレジンセメントの微小せん断接着強さが有意に高く、37%リン酸のあと超音波洗浄5分をした群が最も高かった(平均42.11→49.52→58.88MPa)。表面の観察でも、後洗浄をした群ほどエッチング模様が密で、フッ素の検出量が少なかった。ただし二ケイ酸リチウムの平らな円板を使った実験室の結果で、セメントは1種類のみ、表面分析は各群2枚で統計検定なし。臨床での脱離や修復物の長持ちは調べていない。


