1問1答 論文 虫歯

孤島で起きた自然実験──学校でフッ化物錠剤を配って14年、う蝕のない子どもが増えていた

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|う蝕の病因(フッ化物と食生活)

南大西洋に浮かぶ人口約300人の孤島、トリスタン・ダ・クーニャ。ここは20世紀の歯科にとって「精製炭水化物が入るとどうなるか」の教科書でした。初期の調査では6〜19歳の第一大臼歯のう蝕がゼロだったのに、魚の加工場ができて食生活が変わると、1966年には80%に達したのです。その島で1982年から、学校でフッ化物錠剤を配る取り組みが整理され、中断なく続きました。14年後の1995〜96年、何が起きていたか。

論文
Fluoride supplements and changes in tooth decay on the Island of Tristan da Cunha: 1966–1996
著者
Mossey PA, Southwick CAP, Wrieden WL, Longbottom P, Topping G, Stirrups DR
掲載
British Dental Journal 2003;195(3):159-162
種類
記述疫学。1966年のFisher調査を歴史的対照とした症例対照的な比較(無作為化なし・介入群と対照群の同時比較なし)
対象
1996年時点で6〜19歳の島民32人(6〜12歳19人・13〜19歳13人)。1966年は同年齢層50人

「食生活が変わると、歯はどうなるか」の実物

南大西洋に、トリスタン・ダ・クーニャという島があります。人口はおよそ300人。世界でもっとも孤立した有人島のひとつです。

この島は、20世紀の歯科にとって特別な意味を持っていました。精製炭水化物が生活に入るとどうなるかを、外からの影響をほぼ受けない集団で観察できたからです。

記録はこうです。初期の2つの調査(1932年と1941年)では、6〜19歳の第一大臼歯のう蝕はゼロでした。ところが1950年代に魚の加工場ができて現金収入が生まれ、食生活が「精製された発酵性糖質がほとんどない」ものから「それが豊富にある」ものへ変わります。すると——

  • 1962年:第一大臼歯のう蝕が50%に(この診査は、1961年の火山噴火で島民が英国へ避難していた期間に行われました)
  • 1966年:80%

原著は「生活水準の向上にともなう精製炭水化物の摂取と結びついた歯科的悪化の、最良の例」と書いています。

先に結論: この島で1982年から学校でフッ化物錠剤を配る取り組みが本格化しました。その14年後、1995〜96年の調査では、う蝕のない子どもが6〜12歳で9%から42%へ、13〜19歳では0%から38%へ増えていました。原著には、食生活を変える取り組みがあったという記載はありません。

1錠のフッ化物が、島の学校に入るまで

経緯を押さえておきます。この島には常勤の歯科医師がいません。歯科医療は、たまに(現在は年1回)訪れる歯科チームが担ってきました。

  • 1972年:島の医師Shibliが、学童(3〜15歳)へのフッ化物補給を提案
  • 1975年4月:フッ化物錠剤(フッ化ナトリウム2.2 mg=フッ素1 mg)を学校に導入。ただし配布は散発的だった
  • 1982年:配布方法を整理し、学期中は1日1錠で再開。以後、中断なく継続

ここで大事な背景がいくつかあります。島の水道水のフッ化物濃度は0.13 ppm(近年の分析でも0.14 ppm)と、もともと低い。魚に含まれるフッ化物も、全体としては低摂取にとどまると評価されています。実際、島民から抜去された歯のフッ化物量は「英国の低フッ化物地域の歯よりわずかに多い程度」でした。

そしてフッ化物配合歯磨剤が島に入ったのは1982年。ただし高価で「化粧品のような贅沢品」と見なされ、広く使われるようになったのは1990年代半ばです。しかも子ども用の歯磨剤にはフッ化物が入っていませんでした。フッ化物洗口液は島の商店に置かれていません。

そして——ここが読みどころですが——原著は「食生活を同時に変えたり、精製炭水化物の摂取を減らしたりする取り組みがあったという示唆はない」と書いています。ただし、この研究は食事のデータを取っていないため、「確実に何も変わらなかった」とまでは言えません。

う蝕のない子どもが、明確に増えた

0 16.7% 33.3% 50% う蝕のない子どもの割合(%) 9.1% 42.1% 0% 38.5% 6〜12歳 13〜19歳 原著Table 2a/2bの実数(2/22人→8/19人、0/28人→5/13人)から本記事で算出した割合
う蝕のない子どもの割合(各組の左=1966年、右=1996年)。原著は実数で示しており、割合は本記事で算出しました

1995年8月と1996年9月の歯科遠征で、6〜19歳の32人(6〜12歳が19人、13〜19歳が13人)が診査されました(12歳以下は1995年、19歳以下は1996年に、同じ術者が診ています)。1966年のFisherの調査と、同じ手順で比べています。

年齢を2群に分けたのは、DMFTが時間とともに積み上がる指標だからです。年長児のほうが、歯がう蝕にさらされてきた期間が長い。

  • 6〜12歳:う蝕のない子どもが2/22人(9.1%)→ 8/19人(42.1%)(χ²=6.03、P=0.014)
  • 13〜19歳0/28人(0%)→ 5/13人(38.5%)(χ²=12.26、P=0.0007)

とくに13〜19歳は、1966年には28人全員がう蝕を持っていたのが、1996年には5人がう蝕ゼロになっています。

歯の側の数字も並べておく(ただし著者は「比較できない」と書いている)

0 13.3% 26.7% 40% DMF歯の割合(%・観察した永久歯に占める割合) 29.3% 7.1% 31.6% 9.7% 男子 女子 原著Table 1。著者らは1966年の数値との直接比較はできないと明記している
観察した永久歯に占めるDMF歯の割合(各組の左=1966年、右=1996年)。著者らは、この集計値を1966年の数値と直接比較することはできないと明記しています——診査した歯数も児童数も異なり、個人単位のDMFTではないためです

Table 1の集計値も見ておきます。ただし著者ら自身が「Fisherの1966年の数値と比較することはできない」と明記している点は、先に断っておく必要があります(個人単位のDMFTではなく群単位の集計であり、診査した歯の数も児童数も違うためです)。そのうえで著者らは「これらのデータはDMFの改善を示している」とも書いており、論文内でも扱いが揺れています。

  • 男子:DMF 29.3% → 7.1%
  • 女子:DMF 31.6% → 9.7%
  • う蝕歯の実数は、男子84本/477歯→5本/365歯、女子111本/596歯→11本/308歯(診査した歯の数そのものが違います)
  • う蝕で抜去された歯は、男子15本→0本、女子17本→1本

統計的に有意な性差はありませんでした。ただし著者らは、この島では従来から女性のほうがう蝕が多いという報告を紹介しています(1962年調査で49歳までの女性の平均DMFTが8.8、同年代の男性が6.3)。これは世界的にもよく見られる所見で、体質・遺伝的な要因が関与している可能性が指摘されています。

なぜこの島の観察に価値があるのか

フッ化物の効果を人の集団で確かめようとすると、いつも同じ壁にぶつかります。食事・生活習慣・口腔清掃・受けられる歯科医療の水準が、地域や個人でばらばらだという壁です。

この島は、その壁がとても低い。外部との接触が限られ、遺伝的にも閉じた集団です(ただし1961年の噴火では全島民が英国へ避難し、1963年に帰島しています)。そのうえでこの30年に加わった最大の変化が、学校で毎日1錠のフッ化物だった——ただし変わったのはそれだけではありません。1982年からは成人がフッ化物配合歯磨剤を使い始め、魚の消費量は1960年以前よりかなり減り、歯科チームの訪問も「たまに」から「年1回」になっています。

読み方の要点: これは自然実験(natural experiment)に近い状況です。無作為化はできないけれど、交絡因子が動きにくい集団で、介入だけがはっきり入った。だからこそ小さな数でも見る価値がある——ただし「無作為化の代わり」にはならない、という距離感で読むのが正確です。

明日の臨床へ

  • フッ化物補給は、食生活を変えられない場面での選択肢になりうる。この島では糖の摂取を減らす取り組みは何ひとつ行われていない
  • 「毎日・確実に届く」仕組みの価値。1975年の導入時は、配る錠剤の種類と量の都合で配布が散発的でした。1982年に「学期中は毎日1錠」と整理してから中断なく続いています(ただし1975〜82年のあいだにう蝕は測られておらず、散発期の効果は分かりません)
  • 低フッ化物地域では、補給の意味が相対的に大きい。この島の水道水は0.13〜0.14 ppm
  • ただし錠剤によるフッ化物補給は、現在の日本では一般的な方法ではない。フッ素症のリスク管理を含め、そのまま持ち込める話ではない

ここだけ、冷静に補助線

読むときの注意: この研究の設計は歴史的対照との比較です。無作為化も、同時に観察した対照群もありません。1996年の対象はわずか32人で、著者ら自身が「サブグループの人数が少なく、差を検出する統計的な検出力に限界がある」と書いています。診査は疫学調査の較正を受けていない歯科医師1名が行い、エックス線は使っていません(D3=視診で明らかな窩洞のみを記録)。そして最大の交絡はフッ化物配合歯磨剤——1982年から成人が使い始め、1990年代半ばには普及しています。著者らはこの点を認めたうえで、結論を「フッ化物配合歯磨剤の使用に加えたフッ化物補給プログラムの有効性を強く示唆する」と、慎重に書いています。なお13〜19歳のP値は、要旨と本文では0.005、Table 2bでは0.0007と表記が食い違っています(本記事は表の値を採りました)。「フッ化物錠剤がう蝕を減らした」と因果で読むのは行きすぎですが、交絡が動きにくい閉じた集団での30年の観察という点で、他に代えがたい記録です。

今日のひとこと

南大西洋の孤島トリスタン・ダ・クーニャで、1982年に学校でのフッ化物錠剤配布(フッ化ナトリウム2.2mg=フッ素1mg・学期中は1日1錠)が本格化してから初めて行われた歯科調査。1966年のFisher調査と比べると、う蝕のない子どもは6〜12歳で2/22人から8/19人へ(χ²=6.03、P=0.014)、13〜19歳では0/28人から5/13人へ(χ²=12.26、P=0.0007)と有意に増えた。観察した永久歯に占めるDMF歯の割合も、男子29.3%→7.1%、女子31.6%→9.7%と大きく下がっている(ただし著者らは、この集計値をFisherの1966年の数値と直接比較することはできないと明記している)。原著に食生活を変える取り組みがあったという記載がない点、水道水のフッ化物濃度が0.13〜0.14 ppmと低いままである点が、この結果を読むうえで重要である。ただしこれは無作為化も同時対照もない歴史的比較で、1996年の対象はわずか32人。診査した歯科医師は疫学調査の較正を受けておらず、エックス線も使っていない。さらに1982年から成人はフッ化物配合歯磨剤を使い始めており(子ども用は非配合、普及したのは1990年代半ば)、錠剤だけの効果とは切り分けられない。著者ら自身の結論も「フッ化物配合歯磨剤の使用に加えたフッ化物補給プログラムの有効性を強く示唆する」という書き方にとどまっている。

出典:Mossey PA, Southwick CAP, Wrieden WL, Longbottom P, Topping G, Stirrups DR. Fluoride supplements and changes in tooth decay on the Island of Tristan da Cunha: 1966–1996. Br Dent J 2003;195(3):159-162. PMID: 12907985
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。