カリオロジー|砂糖消費・国民所得・所得不平等
「砂糖を減らせばう蝕は減る」。これは疑いようのない話に思えます。ところが2012年、73か国の12歳児の平均DMFTと、一人あたりの年間砂糖消費量を並べた研究は、奇妙な絵を描き出しました。低所得国では砂糖が増えるほどう蝕も多い(回帰係数+0.60)。ところが高所得国では、砂糖が増えるほどう蝕が少ない(−1.17)。同じ関係が、国の所得で符号ごと逆転していたのです。もちろん砂糖が歯を守るわけではありません。では、何が起きているのか。
①砂糖を食べるほど、う蝕が少ない国がある
「砂糖を減らせばう蝕は減る」。これは動物実験でも臨床研究でも繰り返し確かめられてきた、疑いようのない話です。
ところが2012年、73か国のデータを並べた研究が奇妙な絵を描き出しました。
②今回の一手:4つの公的データを、国の単位で重ねた
- 12歳児の平均DMFT:WHOのOral Health Country/Area Profile Programme
- 一人あたりの年間砂糖消費量(kg):国連食糧農業機関(FAO)
- 購買力平価ベースの一人あたり国民総所得(GNI-PPP)とジニ係数:世界銀行
- これらが揃った73か国について、二変量と多変量の線形回帰を実施
- 国をGNI-PPP 6,000ドルで高所得・低所得に、ジニ係数36.0で高不平等・低不平等に二分
仮説はこうでした。国の絶対的な所得と、国内の所得不平等は、一般的な健康と同じように、砂糖とう蝕の関係も修飾しているのではないか。所得不平等は社会関係資本や信頼の低下、教育や医療といった公的資源への投資の減少と結びつくことが知られています。
③結果その1:所得で、符号が逆転した
- 低所得国:砂糖の係数 +0.60(SE 0.25・p<0.05・R²=0.131)。国民総所得も+0.70(p<0.001)
- ただし、ここが重要です——低所得国の正の関連は、国民総所得とジニ係数を調整すると符号が反転して有意でなくなります(多変量モデルで −0.17)。一方高所得国の負の関連は、調整後も −1.09(p<0.05)で残りました
- 高所得国:砂糖の係数 −1.17(SE 0.49・p<0.05・R²=0.129)。国民総所得も−1.36(p<0.001)
つまり「符号が逆転する」という現象のうち、交絡の調整に耐えたのは高所得国の側だけです。低所得国で見えた正の関連は、所得そのもので説明がついてしまう。ここは記事のフックとして面白い部分だけに、正確に押さえておきます。
散布図を見ると、低所得国の側にはガボン・グアテマラ・ボスニア・ペルーが上のほうに並び、高所得国の側にはサウジアラビアが突出する一方、シンガポール・スイス・デンマーク・英国・ドイツが砂糖消費量は多いのにDMFTは1前後という位置にいます。
④結果その2:不平等では、動かなかった
- 高所得・低不平等:−2.80(p<0.05・R²=0.17)
- 高所得・高不平等:−1.24(有意でない・R²=0.37)
- 低所得・低不平等:+0.38(有意でない・R²=0.08)
- 低所得・高不平等:+0.89(p<0.05・R²=0.20)
著者らは並べ替えているのは所得だと結論しました。実際、国全体を不平等だけで二分した解析では、砂糖の係数は高不平等国で+0.26、低不平等国で−0.02とほとんど動きません(いずれも有意でない)。
ただし公平のために書いておくと、同じ所得階層の中では、不平等でも係数は動いています(高所得:−2.80→−1.24、低所得:+0.38→+0.89)。著者らの結論は「主に効いているのは所得」であって、「不平等はまったく関係ない」ではありません。
いっぽう国民総所得は、4群すべての二変量モデルでDMFTと有意に関連していました。高所得・高不平等国の多変量モデルでは、砂糖・国民総所得・ジニ係数の3つでDMFTのばらつきの70%が説明されています(調整R²=0.70)。
著者らの結論は明快です。砂糖とう蝕の関係を修飾しているのは、国の絶対的な所得水準であって、国内の所得不平等ではない。
⑤明日の臨床へ
- 「砂糖の量」だけを見ても足りません。同じ量の砂糖でも、フッ化物と予防のしくみがあるかどうかで結果が変わる——この研究はそれを国のスケールで見せています
- 予防のインフラは「砂糖を減らせない人」を救います。食習慣を変えるのは難しい。だからこそフッ化物・シーラント・定期管理が意味をもつ
- 患者さんに「砂糖を減らしましょう」と伝えるとき、同時に守りの手立ても渡す。減らせなかったときに何も残らない指導にしない
- ただしこの結果を「だから砂糖は気にしなくていい」と読むのは完全な誤りです(⑥へ)。個人のレベルでは、砂糖とう蝕の関係は繰り返し確かめられています
⑥ここだけ、冷静に補助線
とはいえ、「砂糖の量だけでは説明がつかない」という事実を73か国のスケールで突きつけた一本です。予防のしくみを整えることの意味を、別の角度から支えてくれます。
今日のひとこと
砂糖とう蝕の関係は、国の所得水準によって符号ごと変わる。ただし国内の所得不平等では変わらない。73か国を、購買力平価ベースの一人あたり国民総所得6,000ドルで高所得国と低所得国に分けると、砂糖消費量とDMFTの回帰係数は低所得国で+0.60(p<0.05)、高所得国で−1.17(p<0.05)と逆向きになった。さらに所得と不平等(ジニ係数36.0で二分)で4群に分けると、係数は高所得・低不平等で−2.80(p<0.05)、高所得・高不平等で−1.24、低所得・低不平等で+0.38、低所得・高不平等で+0.89(p<0.05)と、所得の順にきれいに並んだ。国民総所得は4群すべての二変量モデルでDMFTと有意に関連していた。著者らの結論は「砂糖とう蝕の関係を修飾しているのは国の絶対的な所得水準であり、国内の所得不平等ではない」。もちろん砂糖が歯を守るわけではない——豊かな国ではフッ化物と予防のしくみが行き渡っており、その差が砂糖の差を上回って見えている、というのが著者らの読みである。ただし、低所得国で見えた正の関連は、国民総所得とジニ係数を調整すると符号が反転して有意でなくなる(多変量で−0.17)。一方高所得国の負の関連は調整後も残る(−1.09・p<0.05)。これは国を単位とした生態学的研究であり、個人にそのまま当てはめることはできない(生態学的誤謬)。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


