カリオロジー|う蝕の病因(フッ素)
露出根面に、褐色でざらついた病変がある。削るほどではない。かといって放っておけば進む——高齢の患者さんを診るたびに立ち止まる場面です。2001年、Baysanらは201人を高濃度フッ化物歯磨剤(5000ppm)と通常の歯磨剤(1100ppm)に無作為に割り付け、6か月間追いました。1つ以上の病変が硬くなった人は、5000ppm群で56.9%、1100ppm群で28.6%。同じフッ化ナトリウムでも、濃度で結果が倍近く変わった。
①削るほどではない。でも、放っておけない
歯肉が退縮した根面に、褐色でざらついた病変がある。探針を当てると少し引っかかるが、まだ穴にはなっていない。
削れば、露出根面に大きな窩洞ができる。二次う蝕のリスクも上がる。かといって「様子を見ましょう」で済ませていいのか——高齢の患者さんが増えるほど、この判断は日常になります。
2001年、ロンドンのBaysanらが、この場面を正面から検証しました。削らずに、歯磨剤だけで根面う蝕を硬くできるか。できるとして、濃度はどれくらい要るのか。
②201人を、二重盲検で6か月
集められたのは、根面う蝕(PRCL)を1つ以上もつ成人201人。10歯以上が残っていることが条件でした。3回の検査すべてに来られた186人(平均年齢58.9±13.0歳、範囲27〜90歳)が解析対象です。脱落15人の内訳は、検査に来られなかった・自ら中止した・当該歯を抜歯または充填した・データ欠測でした。
- テスト群:5000ppm F の歯磨剤(Prevident 5000 Plus・フッ化ナトリウム)
- 対照群:1100ppm F の歯磨剤(Winterfresh Gel・同じくフッ化ナトリウム)
両方とも見た目の同じ白い容器に入れられ、被験者も検査者もどちらか分からない状態(二重盲検)で進みました。使い方は「1日1回以上、軟毛ブラシで」。試験期間中、ほかのフッ化物製品の使用は禁止です。
評価は、臨床の手ざわりと機械の両方から行われました。
- 硬さ:100gの圧で探針を刺し、抜くときの抵抗で分けます。抵抗なく抜ければ soft、いくらか抵抗があれば leathery、周囲の健全根面と同等の硬さなら hard。この探針圧は事前に微量天秤で校正されています(実測102.1±6.72g)
- 電気抵抗値(ECM):乾燥した歯面に微弱な電流を流して抵抗を測る。石灰化した組織ほど抵抗値が高い。表層だけが再石灰化した状態を、歯を削らずに捉えられるのが利点です
- ほかに空洞化の有無、病変の面積、歯肉縁からの距離、色調、プラークインデックス
開始時点で、2つを除くすべての病変が leathery(革のような手ざわり)でした。つまり「まだ穴にはなっていないが、健全でもない」病変を集めた試験です。
③6か月後、5000ppm群では2人に1人が硬くなった
結果は明快でした。
- 3か月後:5000ppm群 39/102人(38.2%)/1100ppm群 9/84人(10.7%) p=0.005
- 6か月後:5000ppm群 58/102人(56.9%)/1100ppm群 24/84人(28.6%) p=0.002
病変単位で数えても同じ傾向で、6か月後に hard になった病変は5000ppm群で65/125(52.0%)、1100ppm群で30/117(25.6%)でした。
電気抵抗値(ECM)も裏づけています。1100ppm群のECM値は3回の検査を通じてほぼ横ばいだったのに対し、5000ppm群では試験期間を通じて上昇する傾向を示し、両群の差は3か月・6か月ともp<0.001でした。著者らはこれを「再石灰化が起きたことを示唆する」と表現しています。手ざわりという主観的な指標と、機械の測定値が同じ方向を向いている点が重要です。
プラークスコアの改善幅も5000ppm群のほうが大きいという結果でした(3か月 p=0.008、6か月 p=0.003)。ただしこの群は開始時のプラークスコアがもともと高く(1.6対0.9)、著者らはそれを共変量として統計処理に組み込んでいます。プラーク除去そのものが病変の硬化に寄与した可能性は残りますが、それを調整したうえでなお高濃度フッ化物の上乗せ効果が示された、という読み方になります。
④効くのは「穴が開く前」
この論文でいちばん臨床に効いてくるのは、ここだと思います。
病変を「空洞化しているもの(歯面から病変底まで0.5mm超)」と「していないもの」に分けると、結果が大きく分かれました。
- 空洞化していない病変:6か月後に硬化したのは5000ppm群で76%(54/71)、1100ppm群で35%(26/74)
- 空洞化した病変:5000ppm群で19%(10/54)、1100ppm群で9%(4/43)
穴が開く前なら、高濃度フッ化物で4分の3が硬くなる。穴が開いてしまうと、高濃度でも5本に1本しか硬くならない。「削るか、様子を見るか」の分岐点は、空洞化の有無にあるということです。
ECMの改善が最も大きかったのも、開始時に空洞化していなかった病変でした。手ざわり・機械の測定値・空洞の有無、3つの観察が同じ結論を指しています。
なお色調は6か月を通じてほとんど変わりませんでした。硬くなっても、褐色は褐色のままです。著者らも「色だけでは病変の活動性を判定できない」と明記しています。裏を返せば、止まったかどうかは色ではなく硬さで確かめるしかないということです。
⑤明日の臨床へ
- 空洞化していない根面う蝕は、まず削らない選択肢がある。6か月で4分の3が硬化した。ただしそれは高濃度(5000ppm)を使った場合の数字
- 通常濃度でも28.6%が硬化している。ただしこの試験には無処置の対照群がなく、1100ppm群は「陽性対照」。両群ともプラークスコアが改善しているので、この28.6%のうちどこまでが歯磨剤の力かは、この試験だけでは切り分けられない
- 空洞ができてしまった病変には期待しすぎない。高濃度でも19%。ここは修復も含めて検討する場面
- 色が変わらないことを、先に伝えておく。硬くなっても褐色は残る。説明しておかないと「効いていない」と受け取られる
- 3か月で差が出ている。半年待たずに、3か月のリコールで手ざわりを確かめる価値がある
日本では2017年から1450ppmまでの歯磨剤が市販されています。5000ppmは国内では一般に入手できませんが、「濃度を上げるほど、露出根面の病変は硬くなりやすい」という方向性は、目の前の患者さんに使える知識です。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
根面う蝕を1つ以上もつ201人を、5000ppmフッ化物歯磨剤と1100ppm歯磨剤に無作為に割り付け、6か月追った二重盲検試験。1つ以上の病変が硬く(hard)なった人の割合は、3か月で38.2%対10.7%(p=0.005)、6か月で56.9%対28.6%(p=0.002)。病変単位で見ても6か月で52.0%対25.6%だった。差が最も大きかったのは空洞化していない病変で、6か月時点の硬化率は76%対35%。すでに空洞(0.5mm超の欠損)ができた病変では19%対9%にとどまった。電気抵抗値(ECM)でも5000ppm群だけが上昇する傾向を示し(著者らは再石灰化を示唆すると表現)、両群の差は3か月・6か月ともp<0.001。1100ppm群でも28.6%が硬化している。ただし無処置の対照群は置かれておらず(1100ppm群が陽性対照)、両群ともプラークスコアが改善しているため、この28.6%のうちどこまでが歯磨剤の力かは切り分けられない。削らずに治す方針を採るなら、高濃度のほうが確実だった。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


