カリオロジー|う蝕の病因(細菌)
むし歯菌は、多くが母親から子へ渡ります。ならば「渡らないようにする」のがいちばん早いのではないか——1991年、フィンランドのYlivieskaで始まった試験がその問いに答えました。唾液中のミュータンス菌が多い母親195人を、キシリトールガム・クロルヘキシジン・フッ化物バーニッシュの3群に分け、子どもを5歳まで追跡。子ども自身は2歳まで何の予防処置も受けていません。それでも5歳時点の平均dmfは、キシリトール群0.83に対しクロルヘキシジン群3.22、フッ化物群2.87でした。
①「母子伝播」を、本当に断てるのか
ミュータンス菌は、生後6〜30か月ごろに定着します。渡してくるのは、多くの場合お母さんです。
ならば、母親の菌を減らせば、子どものむし歯は減るのではないか。理屈としては誰もが思いつきます。しかし「思いつく」と「5年後の数字で示す」は別ものです。
1991年、フィンランドのYlivieskaで、その検証が始まりました。唾液中のミュータンス菌が多い母親195人を、キシリトールガム・クロルヘキシジンバーニッシュ・フッ化物バーニッシュの3群に割り付け、子どもを5歳まで追う。しかも子ども自身には、2歳まで何の予防処置もしません。
②母親だけに介入し、子どもは触らない
338人の妊婦をスクリーニングし、唾液中ミュータンス菌が高値(CFU≧10⁵/mL)だった195人が対象になりました。
- キシリトール群:母親が出産3か月後からガムを噛み始め、24か月後に中止。キシリトール含有量65%(w/w)、1日6〜7g・平均4回
- クロルヘキシジン群:出産6・12・18か月後にバーニッシュを3回塗布
- フッ化物群:同じタイミングでフッ化物バーニッシュを3回塗布
ここが肝心なのですが、子どもたちには2歳まで、いっさいの予防処置が行われていません。フィンランドの公的歯科医療の枠組みで受ける通常の健診・保健指導は全員が受けていますが、それは3群に共通です。
子どもの歯は1歳から毎年、経験ある臨床医が診査しました。う蝕の判定はWHO基準(1979)で、象牙質に達した病変と充填処置のみを数えています。X線は撮っていません。3歳・4歳・5歳の診査では、検者は母親がどの群かを知らされていません。
5歳まで残ったのは143組(当初の73.3%)。脱落の主な理由は転居でした。
③5歳時点で、dmfが7割少なかった
5歳時点の平均dmfは次のとおりです。
- キシリトール群:0.83±1.63(n=90)
- クロルヘキシジン群:3.22±4.10(n=23)
- フッ化物群:2.87±3.48(n=30)
キシリトール群は、他の2群のいずれと比べても有意に少ない(p<0.001)。減少率にするとフッ化物群と比べて71%、クロルヘキシジン群と比べて74%です。クロルヘキシジン群とフッ化物群のあいだには差がありませんでした。
母親がガムを噛んだ。ただそれだけで、子どもの5歳のむし歯が3分の1以下になった——と読みたくなる数字です。ただし、この論文はもう一段深いところを見ています。
④効いていたのは処置ではなく、菌が定着したかどうか
著者らは、最初のう蝕が起きるまでの時間をCox比例ハザードモデルで解析しました。すると、次の2つがはっきり分かれます。
- 2歳時点で菌が定着していた子は、していない子より早くう蝕になった。リスク比 3.60(95%CI 1.99-6.49、p<0.001)
- 母親がどの群だったかは、最初のう蝕までの時間を説明しなかった。クロルヘキシジン対キシリトールのリスク比は1.39(95%CI 0.69-2.79)、フッ化物対キシリトールは1.27(95%CI 0.65-2.47)。いずれも信頼区間が1をまたいでいる
絶対的な数字でも同じです。原著のTable 1によれば、4〜5歳の区間でう蝕なしのまま過ごせた割合は、2歳でミュータンス菌が検出されなかった子で0.746(キシリトール群)・0.636(クロルヘキシジン群)・0.642(フッ化物群)。一方2歳で菌が検出された子では0.233・0.250・0.288でした。菌がいなければ3人に2人がう蝕なしで済み、いれば4人に1人しか残らない、という開きです。
つまり「キシリトールという処置そのものが効いた」というより、「キシリトールが2歳までの菌の定着を防いだ結果として、う蝕が減った」という構図です。菌の定着を防げたなら、手段はキシリトールでなくてもよかった。ただしこの試験の条件下では、定着を最もよく防いだのがキシリトールだった、ということになります(母子伝播そのものを見た解析は、同じ研究グループのSöderlingら2000年の報告にあります)。
実際、上のグラフのとおり、どの群でも2歳時点で菌が陽性だった子のdmfは高く、キシリトール群でさえ2.22(陰性の子は0.68)でした。菌が定着してしまえば、母親が何をしていたかにかかわらず不利になる。
⑤明日の臨床へ
- 「いつ菌が定着するか」を、予防の主題に置く。この論文が示したのは、2歳という時点の菌の有無が5歳のむし歯を左右するということ。歯が生え始める時期こそ勝負どころ
- 母親(保護者)への介入は、子どもへの介入になる。子ども自身には何もしていないのに差がついた。妊婦健診・乳幼児健診の場で保護者の口腔内を診る意味は大きい
- キシリトールを勧めるなら、量と頻度を伝える。この試験は1日6〜7g・平均4回。「たまに噛む」では再現できない条件
- ただし「キシリトールが最強」と単純化しない。最初のう蝕までの時間で見ると、群間差は統計的に有意ではなかった。効果の本体は菌の定着を防ぐことにある
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
母親の唾液中ミュータンス菌が高値の195組を、キシリトールガム(母親が出産3か月後に開始し、出産24か月後に終了=約21か月間・1日6〜7g)/クロルヘキシジンバーニッシュ/フッ化物バーニッシュの3群に割り付け、子どもを5歳まで追った。子ども自身は2歳まで一切の予防処置を受けていない。それでも5歳時点の平均dmfは、キシリトール群0.83±1.63、クロルヘキシジン群3.22±4.10、フッ化物群2.87±3.48(p<0.001)。減少率にすると、フッ化物群と比べて71%、クロルヘキシジン群と比べて74%少ない。さらに2歳時点でミュータンス菌が定着していた子どもは、していない子どもに比べて最初のう蝕が早く、リスク比は3.60(95%CI 1.99-6.49)。一方で最初のう蝕が起きるまでの時間そのものを群間で比べると、統計的な差はなかった(クロルヘキシジン対キシリトールのリスク比1.39、95%CI 0.69-2.79)。効いていたのは処置の種類そのものではなく、2歳までに菌が定着するかどうかだった。なお対照はプラセボではなく実薬(クロルヘキシジン/フッ化物バーニッシュ)であり、クロルヘキシジン群は脱落が「菌の定着しなかった側」に偏ったため、著者らは「この群の結果から確定的な結論は導けない」と述べている。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


