微生物を一切持たない「無菌ラット」でう蝕と細菌の関係を調べた研究を振り返り、歯周病・粘膜の病気への応用の見通しを述べた総説(Orland 1959・Annals of the New York Academy of Sciences。シンポジウムの質疑つき)
「虫歯は細菌が糖から酸を作って起きる」——いまでは当たり前の説明です。でも、口の中には無数の菌がいて、抗菌薬で減らしても短時間で戻ってしまいます。では「菌がいなければ虫歯はできない」と、どうやって確かめたのか。シカゴ大学のOrlandが、ノートルダム大学と進めてきた無菌ラットの研究を振り返った総説を読みます。
①「菌が原因」は、どうやって確かめる?
口の中は、温かく、湿っていて、食べ物の残りがある。著者はこれを「天然の培養器」と表現しています。MagitotやWD Millerの時代から、酸を作る菌とう蝕の結びつきは指摘されてきました。
ただ、口の中の菌はあまりに複雑で、「どの菌が、どの病気に、どう関わるか」を決め手をもって調べることができません。広い範囲に効く抗菌薬で菌を減らすと、う蝕や軟組織の病変が減った例もあるだろう、と著者は述べています。そのうえで、菌は完全には消せず、条件がよければ約20分で分裂するので、すぐに元に戻るため、こうした観察は「示唆にとどまる」としています。
そこで著者が「唯一の方法」として挙げたのが、生きた微生物を一切持たない状態で育てた「無菌動物」を使うことでした。
②この論文は、無菌動物の研究を振り返った総説
口の中で微生物が関わる病変として、①歯(エナメル質・象牙質)②歯周組織 ③口腔粘膜の3つを取り上げている。無菌動物での研究結果が紹介されているのはう蝕だけで、歯周組織は実験が進行中、粘膜はほとんど手が付いていない段階として、応用の見通しが述べられている。
う蝕の実験の詳しいデータ(動物数・病変の数など)はこの総説には載っていない。原典は著者らの1954年(J Dent Res)・1955年(J Am Dent Assoc)の論文。
③著者の整理——う蝕には少なくとも3つの因子が同時に働く
著者は、う蝕を「収束的な生物学的現象」と呼び、少なくとも3つの因子が同時に働く必要があると推測できる、と述べています。食べ物の残り(菌のえさ=基質)、それを利用する微生物、そして全身の抵抗性か歯そのものの抵抗性という宿主側の因子です。
このうち微生物の因子は、もともと「最も制御が難しい」ものでした。それが無菌動物の技術によって、3つの中で最も完全に制御できる因子になった、というのが著者の主張です。
④結果——無菌ラットにう蝕はできず、単独で病変を作れた菌は1株だけ
第1段階は基準づくりです。白ラットを完全な無菌状態で、糖の多い餌で150日間育てました。この餌は、通常の(菌のいる)ラットでは普通、臼歯にう蝕を多く作るものです。結果は、無菌ラットには、顕微鏡レベルでもう蝕が見られなかった、と著者は述べています。
第2段階では、同じ餌の無菌ラットに、試験管内の予備試験でう蝕を起こす力を示したさまざまな菌を接種しました。1959年の時点で、著者らの研究で単独(純培養)で一貫して病変を作れたのは、う蝕のあるラット臼歯から分離した腸球菌(Enterococcus)の1株だけで、その病変は通常の対照ラットのものに「ある程度」似ていた、とされています。
第3段階(餌を変える)は進行中、第4段階(う蝕を起こす菌と糖の多い餌がそろった環境に、抑制する物質を加える)はこれからの計画として書かれています。
⑤質疑で出た論点——乳酸菌だけの話ではない
シンポジウムの質疑では、米国立歯科研究所のFitzgeraldが、始めたばかりの実験での口頭報告として、別の餌と別のレンサ球菌の株を使い、その菌だけを持つラットで2か月以内に歯に病変ができたと述べ、Orlandの所見を裏づけるとコメントしました。
「う蝕に関わるのは乳酸菌だけか」と問われたOrlandは「そうは思わない」と答えています。さらに、どの菌も、歯の崩壊に関して1つのことだけをしているわけではなく、状況に応じて使い分ける酵素を多く持っているだろうと述べ、乳酸だけでは典型的なう蝕を説明しきれず、象牙質の有機質の分解には別の何かが要る、という見方を示しました。
これに対しFitzgeraldは、自分たちが使ったのはタンパク質を分解しないタイプのレンサ球菌で、それでも単独で病変ができたので、タンパク質の分解はう蝕の成立に必須ではないかもしれないと返しています。1959年の時点で、この点は議論の途中でした。
ほかに、歯石について問われたOrlandは、無菌動物では人の歯石に典型的なものは見ておらず、簡単にはがれる鱗状の物質は見たが歯石とは呼ぶべきでない、と答えています。菌に対する免疫でう蝕を防ぐ試みについては、自分たちは試みていないと答えました。
なお著者は、歯周病や口腔粘膜の病変については、無菌動物での研究はまだこれからの段階と位置づけています。歯周病では、菌の働きはおそらく多くの場合は二次的で、一部では主な因子になりうる、というのが著者の見立てでした。
⑥明日の臨床へ
②抗菌薬で菌を減らしても完全には除けず、短時間で戻る、と著者は述べている。これは無菌動物を使う理由として挙げられた研究方法の制約で、予防の方法を比べた記述ではない。
③「この菌が犯人」と単純化しない。1959年の時点で、単独で病変を作れた菌は、著者らの研究では腸球菌、質疑での口頭報告ではレンサ球菌だった。著者自身も、う蝕に関わるのは乳酸菌だけではないと答えている。
④数字や治療法を示した論文ではない。ラットの研究の振り返りで、特定の予防法の効果を検証したものではない。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの研究プロジェクトでは、糖の多い餌で150日間育てた無菌ラットに、顕微鏡レベルでもう蝕が見られなかった(この餌は、通常のラットでは普通、臼歯にう蝕を多く作る)。次の段階で、試験管内でう蝕を起こす力を示したさまざまな菌を無菌ラットに接種したところ、1959年の時点で著者らの研究で単独で一貫して病変を作れたのは、う蝕のあるラット臼歯から分離した腸球菌(Enterococcus)の1株だけだった。著者は、う蝕には少なくとも「食べ物の残り」「微生物」「宿主や歯の抵抗性」が同時に働くと推測できるとし、無菌動物の技術で微生物の因子を制御できるようになったと述べている。質疑では別の研究者が、始めたばかりの実験での口頭報告として、別のレンサ球菌だけを持つラットで2か月以内に病変ができたと述べた。——ただしこれはラットの動物実験を振り返った総説で、動物数や病変の数値は本文に示されていない。


