抜去したヒト大臼歯13本の切片で、DEJのすぐ手前のエナメル質にビッカース圧痕を打って亀裂を作り、その亀裂が境界で止まるのか、越えるのか、境界に沿って曲がるのかを顕微鏡で観察し、DEJ領域の破壊靭性を理論解から推定した材料工学の研究(Imbeni ら 2005・Nature Materials)
エナメル質は硬いけれど割れやすい素材です。それでも、エナメル質にできた亀裂の多くは歯全体の破折にはつながらず、その理由は「DEJが亀裂を止める壁になっているから」と説明されてきました。では、亀裂は本当に境界そのもので止まっているのか。材料の壊れ方を専門にする米国のグループが、抜去歯で亀裂の行方を1本ずつ追いました。
①エナメル質の亀裂は、なぜ歯を割ってしまわないのか
エナメル質は硬い一方で、割れやすい素材です。原著が引用する値では、破壊靭性(亀裂の進みにくさ)Kcはエナメル小柱に平行な方向で約0.7、垂直な方向で約1.3 MPa·m1/2。コラーゲンを含む象牙質は約1.0〜2.0 MPa·m1/2と、エナメル質より粘り強い素材です。
性質のまったく違う2つの素材の境目は、ふつうは構造の「弱点」になります。ところがDEJ(象牙エナメル境)は、咬合などの力をエナメル質から象牙質へ伝えつつ、エナメル質の亀裂が象牙質へ進んで歯が大きく割れるのを防いでいると考えられてきました。
その理由には「DEJは石灰化が低くコラーゲンが多いので、エナメル質や象牙質より粘り強い」「応力の集中を和らげる」「硬さや弾性の違いで亀裂を曲げる」など複数の説があり、著者らによれば一致した見解はありませんでした。DEJの靭性の報告値も、336〜988 J/m²、0.6〜3.4 MPa·m1/2と3倍以上ばらついていました。
②抜去大臼歯13本で、DEJの手前から亀裂を走らせた
光学的DEJ(顕微鏡で線として見える境界)から約20〜50µm手前のエナメル質に、1歯あたり約40〜50個のビッカース圧痕を打った。圧痕の角から伸びた亀裂は、象牙質のほうへ進んでDEJにさまざまな角度でぶつかる。
その亀裂が境界を越えるか・境界で止まるか・境界に沿って曲がるかを、計172本について光学顕微鏡(2,000倍、分解能約500nm)で判定し、SEMと環境SEM(水蒸気圧約1kPa)で確かめた。
さらに、エナメル質と象牙質の弾性率の差と、象牙質の靭性(著者らの以前の研究の値)をもとに、セラミックスの界面評価のために開発された手法(異なる材料の界面を扱うHe–Hutchinsonの線形弾性解に基づく)に当てはめて、DEJ領域の靭性の下限を推定した。
別に、3本の歯(それぞれ別の患者)でDEJをまたぐ硬さと圧痕靭性の分布を各3列測った。
③結果その一——亀裂の多くは境界を越え、マントル象牙質で止まった
172本の亀裂のうち、75%を超える亀裂は、光学的DEJをわずかに越えて、マントル象牙質(DEJのすぐ内側の象牙質)に入り、約10µm以内で止まっていました。残りの亀裂は、境界で止まったのか、500nm未満だけ越えたのかを、顕微鏡の分解能では判別できませんでした。
多くの亀裂は境界にほぼ垂直にぶつかっていました(エナメル質の亀裂は小柱の間で割れ、小柱はDEJにほぼ垂直に並ぶため)。約30〜75度の角度でぶつかった少数の亀裂も、境界を越えていました。
そして、DEJに沿って大きく剥がれるような亀裂は見られませんでした。通常のSEMでは境界沿いの亀裂が見えましたが、水分のある環境で観察できる環境SEMの対応する像と比べて、真空中で乾燥したことによる人工的な亀裂だったと著者らは判断しています。
硬さと靭性の分布(Fig. 1)では、エナメル質の硬さはDEJに近づく約1mmの範囲で急に下がり、DEJのすぐ内側のマントル象牙質で最も低くなりました。一方、エナメル質の圧痕靭性はDEJの手前でいったん最も低くなったあと、境界までの最後の約500µmで急に高くなりました。亀裂は、境界に近づくほど「柔らかいが、粘り強い」領域に入っていくことになります。
④結果その二——DEJ領域の靭性は、エナメル質と象牙質のあいだ
境界に沿って剥がれた亀裂がなく、亀裂が「越えるか止まるか」の分かれ目にあったことから、著者らは理論解を使ってDEJ領域の靭性の下限を見積もりました。エナメル質と象牙質の弾性率(63.6 GPaと19.7 GPa)から弾性の差を表す値α≒0.53を求め、この条件で亀裂が境界を越える分かれ目を、DEJ領域の靭性が象牙質の約0.75のときとしています。
象牙質の靭性は、著者らの以前の研究のKc 1.8 MPa·m1/2から約154 J/m²と換算され、そこからDEJ領域の靭性は下限で約115 J/m²と推定されました。これは、エナメル質(約10〜25 J/m²)よりずっと高く、象牙質の約75%にあたる、と著者らは述べています。
⑤著者らの解釈——亀裂を止めているのは、割れ残った「橋」
SEMで見ると、マントル象牙質で止まった亀裂の先端近くには、割れずに残った数µmの部分が亀裂をまたぐ「橋」(未破断リガメント・ブリッジング)が多数見られました。エナメル質の亀裂には、この橋は見られませんでした。
橋は、亀裂を押し広げようとする力の一部を受け止めるため、亀裂の先端にかかる力が弱まります。象牙質や皮質骨でも知られている仕組みで、著者らは、亀裂が境界を越えてコラーゲンの多い象牙質に入ったところで、この働きによって止まったと説明しています。
境界そのものが剥がれにくい理由については、真空で境界が開いた試料で、DEJをまたぐコラーゲン線維が1本ずつ橋渡ししている様子が見られたことから、著者らは境界に垂直に走るコラーゲン線維が、DEJを補強する鍵だと考えています。
こうして著者らは、DEJ領域が亀裂を歯全体の破折に広げない役割は、境界そのものが亀裂を止める力によるのではなく、亀裂が境界を越えた先の、より粘り強いマントル象牙質で止まることによる、と結論しています。
⑥明日の臨床へ
②ただし、臨床のクラックの行方を示したものではない。観察したのは、抜去歯の切片に静的な圧痕で作ったµm単位の亀裂である。噛むたびに繰り返しかかる力や、臨床で見るエナメル質の亀裂線・破折の経過は、本研究では調べていない。
③著者らによれば、DEJのすぐ内側の象牙質は硬さが最も低い一方で、亀裂が止まる場所だった(この層の靭性は本研究では直接測っていない)。窩洞形成や支台歯形成でこの層を削ったり、修復材料で置き換えたりしたときに歯の割れやすさがどう変わるかは、本研究の対象外で、今後の研究の問いになる(この点は筆者の読み)。
④抜去歯のSEM像で境界沿いの亀裂を見たら、乾燥の影響を疑う。本研究でも、通常のSEMで見えた境界沿いの亀裂は、水分のある環境SEMでは見られず、乾燥による人工的なものと判断された。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
抜去した大臼歯13本で、DEJの手前のエナメル質から走らせた圧痕亀裂172本を観察すると、75%を超える亀裂は光学的DEJをわずかに越え、マントル象牙質に入って約10µm以内で止まっていた(残りは境界で止まったか、500nm未満だけ越えたかを判別できなかった)。止まった亀裂の先端近くには、割れ残った「橋」(未破断リガメント)が見られ、エナメル質の亀裂には見られなかった。DEJ領域の破壊靭性は理論解から下限約115 J/m²と推定され、エナメル質(約10〜25 J/m²)より高く、象牙質(約154 J/m²、著者らの以前の研究の値から換算)の値の約4分の3とされた。著者らは、亀裂を止めているのは境界そのものではなく、その先のマントル象牙質だと結論している——ただし抜去歯の切片に静的な圧痕で作った微小な亀裂を観察した実験で、咬合による疲労や臨床の破折を調べたものではない。


