1問1答 論文 保存修復

エナメル質に作った微小な亀裂の多く(75%超)は、DEJ(象牙エナメル境)で止まるのではなく、境界を越えた先のマントル象牙質約10µm以内で止まっていた——抜去した大臼歯13本で圧痕亀裂172本を観察した破壊力学の実験(ex vivo)

1問1答 論文 保存修復

抜去したヒト大臼歯13本の切片で、DEJのすぐ手前のエナメル質にビッカース圧痕を打って亀裂を作り、その亀裂が境界で止まるのか、越えるのか、境界に沿って曲がるのかを顕微鏡で観察し、DEJ領域の破壊靭性を理論解から推定した材料工学の研究(Imbeni ら 2005・Nature Materials)

エナメル質は硬いけれど割れやすい素材です。それでも、エナメル質にできた亀裂の多くは歯全体の破折にはつながらず、その理由は「DEJが亀裂を止める壁になっているから」と説明されてきました。では、亀裂は本当に境界そのもので止まっているのか。材料の壊れ方を専門にする米国のグループが、抜去歯で亀裂の行方を1本ずつ追いました。

論文
The dentin–enamel junction and the fracture of human teeth
著者
V. Imbeni, J.J. Kruzic, G.W. Marshall, S.J. Marshall, R.O. Ritchie(米国 ローレンス・バークレー国立研究所/カリフォルニア大学バークレー校・サンフランシスコ校)
掲載
Nature Materials 2005;4:229-232. doi:10.1038/nmat1323. PMID: 15711554
種類
ex vivo の破壊力学実験(う蝕のない抜去ヒト大臼歯13本〔各歯は別々の患者、ガンマ線滅菌、軸方向の切片11・咬合面方向の切片2〕。湿潤状態〔ハンクス液〕で、光学的DEJから約20〜50µm手前のエナメル質に1歯あたり約40〜50個のビッカース圧痕を打ち、角から伸びる亀裂がDEJで止まるか・越えるか・境界に沿って曲がるかを計172本について光学顕微鏡〔2,000倍〕とSEM・環境SEMで観察。DEJ領域の破壊靭性は、He–Hutchinsonの線形弾性解に当てはめて下限値を推定。統計検定の記載はない)
PMID
15711554

エナメル質の亀裂は、なぜ歯を割ってしまわないのか

エナメル質は硬い一方で、割れやすい素材です。原著が引用する値では、破壊靭性(亀裂の進みにくさ)Kcはエナメル小柱に平行な方向で約0.7、垂直な方向で約1.3 MPa·m1/2。コラーゲンを含む象牙質は約1.0〜2.0 MPa·m1/2と、エナメル質より粘り強い素材です。

性質のまったく違う2つの素材の境目は、ふつうは構造の「弱点」になります。ところがDEJ(象牙エナメル境)は、咬合などの力をエナメル質から象牙質へ伝えつつ、エナメル質の亀裂が象牙質へ進んで歯が大きく割れるのを防いでいると考えられてきました。

その理由には「DEJは石灰化が低くコラーゲンが多いので、エナメル質や象牙質より粘り強い」「応力の集中を和らげる」「硬さや弾性の違いで亀裂を曲げる」など複数の説があり、著者らによれば一致した見解はありませんでした。DEJの靭性の報告値も、336〜988 J/m²、0.6〜3.4 MPa·m1/2と3倍以上ばらついていました。

抜去大臼歯13本で、DEJの手前から亀裂を走らせた

研究の骨格: う蝕のない抜去ヒト大臼歯13本(各歯は別々の患者。ガンマ線で滅菌し、チモール入り蒸留水に4℃で保存)から切片を作り(軸方向11・咬合面方向2)、研磨した。試料は乾かさないようハンクス液で湿潤に保った。
光学的DEJ(顕微鏡で線として見える境界)から約20〜50µm手前のエナメル質に、1歯あたり約40〜50個のビッカース圧痕を打った。圧痕の角から伸びた亀裂は、象牙質のほうへ進んでDEJにさまざまな角度でぶつかる。
その亀裂が境界を越えるか・境界で止まるか・境界に沿って曲がるかを、計172本について光学顕微鏡(2,000倍、分解能約500nm)で判定し、SEMと環境SEM(水蒸気圧約1kPa)で確かめた。
さらに、エナメル質と象牙質の弾性率の差と、象牙質の靭性(著者らの以前の研究の値)をもとに、セラミックスの界面評価のために開発された手法(異なる材料の界面を扱うHe–Hutchinsonの線形弾性解に基づく)に当てはめて、DEJ領域の靭性の下限を推定した。
別に、3本の歯(それぞれ別の患者)でDEJをまたぐ硬さと圧痕靭性の分布を各3列測った。

結果その一——亀裂の多くは境界を越え、マントル象牙質で止まった

エナメル質の圧痕亀裂がたどった道筋(抜去大臼歯13本・亀裂172本)エナメル質に圧痕約20〜50µm手前に亀裂を作る光学的DEJ172本の75%超が境界を越えたマントル象牙質越えた亀裂はその先の約10µm以内で停止割れ残った橋後ろで力を受け止める(エナメル質はなし)原著本文とFig. 2・4から作図。残りの亀裂は境界で止まったか判別できず
エナメル質の圧痕亀裂がたどった道筋(原著本文とFig. 2・Fig. 4から作図)

172本の亀裂のうち、75%を超える亀裂は、光学的DEJをわずかに越えて、マントル象牙質(DEJのすぐ内側の象牙質)に入り、約10µm以内で止まっていました。残りの亀裂は、境界で止まったのか、500nm未満だけ越えたのかを、顕微鏡の分解能では判別できませんでした。

多くの亀裂は境界にほぼ垂直にぶつかっていました(エナメル質の亀裂は小柱の間で割れ、小柱はDEJにほぼ垂直に並ぶため)。約30〜75度の角度でぶつかった少数の亀裂も、境界を越えていました

そして、DEJに沿って大きく剥がれるような亀裂は見られませんでした。通常のSEMでは境界沿いの亀裂が見えましたが、水分のある環境で観察できる環境SEMの対応する像と比べて、真空中で乾燥したことによる人工的な亀裂だったと著者らは判断しています。

硬さと靭性の分布(Fig. 1)では、エナメル質の硬さはDEJに近づく約1mmの範囲で急に下がり、DEJのすぐ内側のマントル象牙質で最も低くなりました。一方、エナメル質の圧痕靭性はDEJの手前でいったん最も低くなったあと、境界までの最後の約500µmで急に高くなりました。亀裂は、境界に近づくほど「柔らかいが、粘り強い」領域に入っていくことになります。

結果その二——DEJ領域の靭性は、エナメル質と象牙質のあいだ

0 60 120 180 破壊靭性 Gc(J/m²) 25 115 154 エナメル質(範囲10〜25の上端) DEJ領域(推定の下限) 象牙質(以前の研究から換算) 原著本文の値。エナメル質は約10〜25の範囲の上端(原著に出典・算出方法の記載なし)。DEJ領域は理論解から推定した下限。象牙質は著者らの以前の研究のKcから換算
破壊靭性 Gc(J/m²)の比較(原著本文の値)。DEJ領域は理論解から推定した下限値

境界に沿って剥がれた亀裂がなく、亀裂が「越えるか止まるか」の分かれ目にあったことから、著者らは理論解を使ってDEJ領域の靭性の下限を見積もりました。エナメル質と象牙質の弾性率(63.6 GPaと19.7 GPa)から弾性の差を表す値α≒0.53を求め、この条件で亀裂が境界を越える分かれ目を、DEJ領域の靭性が象牙質の約0.75のときとしています。

象牙質の靭性は、著者らの以前の研究のKc 1.8 MPa·m1/2から約154 J/m²と換算され、そこからDEJ領域の靭性は下限で約115 J/m²と推定されました。これは、エナメル質(約10〜25 J/m²)よりずっと高く、象牙質の約75%にあたる、と著者らは述べています。

著者らの解釈——亀裂を止めているのは、割れ残った「橋」

SEMで見ると、マントル象牙質で止まった亀裂の先端近くには、割れずに残った数µmの部分が亀裂をまたぐ「橋」(未破断リガメント・ブリッジング)が多数見られました。エナメル質の亀裂には、この橋は見られませんでした

橋は、亀裂を押し広げようとする力の一部を受け止めるため、亀裂の先端にかかる力が弱まります。象牙質や皮質骨でも知られている仕組みで、著者らは、亀裂が境界を越えてコラーゲンの多い象牙質に入ったところで、この働きによって止まったと説明しています。

境界そのものが剥がれにくい理由については、真空で境界が開いた試料で、DEJをまたぐコラーゲン線維が1本ずつ橋渡ししている様子が見られたことから、著者らは境界に垂直に走るコラーゲン線維が、DEJを補強する鍵だと考えています。

こうして著者らは、DEJ領域が亀裂を歯全体の破折に広げない役割は、境界そのものが亀裂を止める力によるのではなく、亀裂が境界を越えた先の、より粘り強いマントル象牙質で止まることによる、と結論しています。

明日の臨床へ

①「DEJが亀裂を止める」を、「DEJのすぐ内側の象牙質が止める」と読み替える。この実験では、エナメル質の小さな亀裂の多くは境界をわずかに越えて、マントル象牙質で止まった。歯の構造を説明するときの前提が、少しだけ正確になる。
②ただし、臨床のクラックの行方を示したものではない。観察したのは、抜去歯の切片に静的な圧痕で作ったµm単位の亀裂である。噛むたびに繰り返しかかる力や、臨床で見るエナメル質の亀裂線・破折の経過は、本研究では調べていない。
③著者らによれば、DEJのすぐ内側の象牙質は硬さが最も低い一方で、亀裂が止まる場所だった(この層の靭性は本研究では直接測っていない)。窩洞形成や支台歯形成でこの層を削ったり、修復材料で置き換えたりしたときに歯の割れやすさがどう変わるかは、本研究の対象外で、今後の研究の問いになる(この点は筆者の読み)。
④抜去歯のSEM像で境界沿いの亀裂を見たら、乾燥の影響を疑う。本研究でも、通常のSEMで見えた境界沿いの亀裂は、水分のある環境SEMでは見られず、乾燥による人工的なものと判断された。

ここだけ、冷静に補助線

読むときの補助線:まず、抜去した大臼歯13本の切片を使った実験で、亀裂はビッカース圧痕で作った微小な亀裂です。咬合による繰り返しの力(疲労)で育つ亀裂や、歯が丸ごと割れる破折とは条件が違います。歯の年齢などの記載はなく、滅菌や保存の処理も加わっています。第二に、「75%超」以外の亀裂は判別できず、統計検定の記載もありません。第三に、DEJの靭性115 J/m²は、2次元・等方性の材料を前提にした理論解から推定した「下限」で、直接測った値ではありません(著者らは、垂直にぶつかる亀裂が主なので異方性の歯に使っても許容できるとしています)。象牙質の154 J/m²も、著者らの以前の研究の値からの換算です。そのため「象牙質の約75%」という比較は、下限値と換算値を並べたものです(この点は筆者の読み)。第四に、要旨では「象牙質より約75%低い」と書かれていますが、本文の計算では「象牙質の約75%」で、表現が揃っていません。研究は米国国立衛生研究所(NIH)とエネルギー省の助成を受け、著者らは利益相反なしと申告しています。それでも、亀裂を1本ずつ追い、「どこで・何が止めているか」を境界の手前と先に分けて示した点は、DEJの見方を一段深くしてくれます。

今日のひとこと

抜去した大臼歯13本で、DEJの手前のエナメル質から走らせた圧痕亀裂172本を観察すると、75%を超える亀裂は光学的DEJをわずかに越え、マントル象牙質に入って約10µm以内で止まっていた(残りは境界で止まったか、500nm未満だけ越えたかを判別できなかった)。止まった亀裂の先端近くには、割れ残った「橋」(未破断リガメント)が見られ、エナメル質の亀裂には見られなかった。DEJ領域の破壊靭性は理論解から下限約115 J/m²と推定され、エナメル質(約10〜25 J/m²)より高く、象牙質(約154 J/m²、著者らの以前の研究の値から換算)の値の約4分の3とされた。著者らは、亀裂を止めているのは境界そのものではなく、その先のマントル象牙質だと結論している——ただし抜去歯の切片に静的な圧痕で作った微小な亀裂を観察した実験で、咬合による疲労や臨床の破折を調べたものではない。

Imbeni V, Kruzic JJ, Marshall GW, Marshall SJ, Ritchie RO. The dentin-enamel junction and the fracture of human teeth. Nature Materials. 2005;4(3):229-232. doi:10.1038/nmat1323. PMID: 15711554
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。