保存修復|むし歯のないヒトの第三大臼歯27本の象牙質をリン酸ゲルで15秒エッチングし(接着材は塗らない)、細菌の増殖を抑える薬を入れた人工唾液・酵素阻害剤入りの人工唾液・鉱物油に最長250日置いて脱灰層を電子顕微鏡で見た実験室研究。象牙質の粉のコラーゲン分解の活性も測った(Pashley・Tay ほか 2004・Journal of Dental Research)
象牙質へのレジンの接着は、年月とともに劣化するとされています。その一因として、ハイブリッド層の底に残る、レジンが浸み込みきらないむき出しのコラーゲンが分解される可能性が考えられてきました。では、細菌がいなくても分解は起きるのか。Pashley らは2004年、リン酸でエッチングしただけ(接着材なし)の抜去歯の象牙質を液に入れて最長250日置き、電子顕微鏡で調べました。細菌の増殖を抑える薬を入れた人工唾液では、250日で全ての試料の脱灰層が全部か一部失われましたが、酵素阻害剤を加えた人工唾液や鉱物油の中では脱灰層が残りました。象牙質の粉には弱いながらコラーゲンを分解する活性があり、酵素阻害剤・0.2%クロルヘキシジン・37%リン酸の処理でいずれも下がりました。ただし接着していない脱灰層のモデルで、各群・各時点3本の、電子顕微鏡の観察による実験室研究です。
①細菌がいなくても、脱灰した象牙質のコラーゲンは分解する?
いまの親水性の接着材で作った象牙質への接着は、年月とともに劣化する――著者らは序論で、これを「おおむね一致した見方」として紹介しています。原因の一つとして挙げられてきたのが、ハイブリッド層の底に残る、レジンが浸み込みきらないむき出しのコラーゲンです。
このコラーゲンを分解するのは何か。う蝕の研究では、細菌の酵素だけでなく、ヒト由来の酵素――MMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)――が象牙質の分解に関わるという報告が出ていました。そこで、細菌がいない条件でも、リン酸でエッチングした象牙質のコラーゲンは時間とともに分解されるのか。これを抜去歯で調べたのが、米国ジョージア医科大学の Pashley らが2004年に Journal of Dental Research に出した論文です。
・むし歯のないヒトの第三大臼歯27本の象牙質をリン酸でエッチングし(接着材は塗らない)、厚さ5〜6µmの脱灰層を作って、3種類の液に最長250日置いた
・細菌の増殖を抑える薬を入れた人工唾液では、24時間と90日では脱灰層が残っていたが、250日では全ての試料で脱灰層が全部か一部失われた
・同じ人工唾液に酵素阻害剤を加えると、250日でも5〜6µmの脱灰層が残った。水を含まない鉱物油の中でも脱灰層は残った(乾いて縮んだ)
・象牙質の粉には弱いながらコラーゲンを分解する活性があり、酵素阻害剤で73%、37%リン酸のエッチングで65%下がり、0.2%クロルヘキシジンではほぼゼロになった
②なぜこの研究が必要だったか
トータルエッチングの接着では、エッチングした象牙質の深い所ほどレジンが届きにくく、ハイブリッド層の底にむき出しのコラーゲン線維が残ります。セルフエッチングの接着でも、ハイブリッド層の中にナノリーケージ(銀の染み込み)が見られることが報告されていました。
口の中で使った接着や、水に長く保管した接着の観察では、ハイブリッド層のコラーゲンが加水分解されたり、一部が消えたりした像が報告されていました。一方、う蝕や歯周病の研究では、ヒト由来のMMPがコラーゲンの分解に関わることが分かってきていました。
著者らは、ハイブリッド層のむき出しのコラーゲンも、細菌の酵素が無くても、象牙質の中にあるMMPで分解されるのではないかと考えました。そこで「人工唾液・酵素阻害剤入りの人工唾液・鉱物油(水が無いので加水分解は進まない)の3つの液で、脱灰層の変わり方に違いは無い」という帰無仮説を立てて調べました。
③何をどう調べたか
・歯:むし歯のないヒトの第三大臼歯27本(抜歯後1か月以内に切断)。咬合面のエナメル質と歯根を切り落とし、象牙質の面を180番の耐水研磨紙で整えた
・脱灰層のモデル:レジンが浸み込みきらない部分を一定の厚さで作るのは難しいので、32%リン酸ゲルで15秒エッチングし、接着材は塗らずに、厚さ5〜6µmの脱灰したコラーゲンの層を作った
・3つの液(各群9本・液は5mL):①人工唾液(カルシウム・リン酸を含み、細菌の増殖を抑えるアジ化ナトリウム入り)②①に酵素阻害剤4種(MMP・システインプロテアーゼ・セリンプロテアーゼの阻害剤)を加えた液 ③鉱物油。阻害剤の群の説明に続けて「阻害剤の働きを保つため液を毎週交換した」とあり、ほかの群の交換の頻度は明記されていない
・観察:24時間・90日・250日に各群3本を取り出し、1本につき2×2mmの試料2個を透過電子顕微鏡で見た。脱灰層の残った厚さを切片で確かめ、コラーゲン線維の状態を観察した
・酵素の活性:ヒトの歯冠の象牙質を液体窒素で凍らせて細かい粉にし、蛍光で光る標識付きのコラーゲンを分解する活性を24時間かけて測った(各条件4検体を2回、計8検体)。そのままの粉と、酵素阻害剤4種・0.2%クロルヘキシジン(60秒)・37%リン酸(15秒)で処理した粉を、一元配置分散分析とTukeyの多重比較で比べた
④結果1:人工唾液に250日で、脱灰層が大きく失われた
人工唾液に24時間と90日置いた試料では、厚さ5〜6µmの脱灰層が見られました。24時間では表面で切れたコラーゲン線維の端がほどけていましたが、90日ではそのほどけた細い線維が消え、線維の端が丸くなっていました。
人工唾液に250日置いた試料は、全ての試料で脱灰層が全部か一部失われ、エッチングでできたでこぼこの脱灰の境が露出していました。残った所も、厚さ約1µmのまばらな線維の層でした(残った線維には縞模様が保たれていました)。
これに対して、酵素阻害剤を加えた人工唾液に250日置いた試料では、5〜6µmの脱灰層がそのまま残り、線維の太さや並びも正常でした。鉱物油に250日置いた試料も脱灰層が残りましたが、乾いたために約2〜4µmに縮んでいました。どの試料にも、人工唾液にも、細菌は見られなかったと書かれています。
⑤結果2:象牙質の粉には、弱いコラーゲン分解の活性があった
象牙質の粉には、低いけれども測れるだけのコラーゲン分解の活性がありました(RFU/80mg・24時間で196±31)。活性がとても低いため、反応には24時間をかけています。
この粉を、保管実験と同じ濃さの酵素阻害剤4種で前処理すると活性は73%下がり(53±21)、0.2%クロルヘキシジンで60秒前処理するとほぼゼロ(3±4)になりました。37%リン酸で15秒エッチングした粉も65%下がりました(69±12)。3つの処理はいずれも、そのままの粉より有意に低い値でした(p<0.05)。
⑥著者らの結論と考察
著者らは、3つの液で脱灰層の厚さと線維の状態が違ったことから帰無仮説を退け、むき出しのコラーゲン線維の加水分解は、細菌が定着していなくても起こると結論しています。
そのうえで、考察では次のように推測しています。いずれも著者らの解釈で、この研究で直接確かめたものではありません。
・リン酸でエッチングすると粉の活性は下がったので、250日の間に、下の脱灰していない象牙質から酵素が少しずつ出てきて、脱灰層を分解したのではないか
・象牙質ではコラゲナーゼ(MMP-1・-8・-13・-18)が見つかっておらず、活性はクロルヘキシジンで抑えられたので、MMP-2 が担っている可能性がある
・クロルヘキシジンは低い濃さでもMMPを抑えると報告されているので、エッチング後にクロルヘキシジンを塗る方法には、殺菌以外にもハイブリッド層のコラーゲン分解を防ぐ利点があるかもしれない
・この実験は、トータルエッチング・セルフエッチングの接着材で接着した象牙質で繰り返す必要がある
なお、EDTAで脱灰した象牙質を水に48か月置いても変化が無かった自分たちの以前の研究とは食い違いますが、EDTAが象牙質のMMPを抜き出して働かなくするためだと説明しています。
⑦明日の臨床へ
この研究から持ち帰れるのは、次のような読み方です(筆者の読み)。
・0.2%クロルヘキシジンで60秒前処理した象牙質の粉は、コラーゲン分解の活性がほぼゼロになったが、脱灰層を液に置く保管実験では試しておらず、接着した歯での効果も調べていない
・接着した歯・接着強さ・臨床の成績は、この研究では調べていない
「ハイブリッド層のむき出しのコラーゲンは、細菌がいなくても酵素で分解され得る」という考え方を、抜去歯の実験で示した論文として読むのがよさそうです。エッチング後のクロルヘキシジンの塗布をすぐ勧める根拠ではなく、その効果を確かめる研究につながる問いを立てた一本です。
(2)各群・各時点3本と少数で、脱灰層の厚さは電子顕微鏡の切片で確かめた記述(µmの範囲)で、群間の統計検定は報告されていません。
(3)分解した酵素が MMP-2 などだというのは著者らの推測で、酵素の種類は直接確かめていません。
(4)クロルヘキシジンは象牙質の粉の測定だけで、口の中や接着後の効果は分かりません。
(5)研究資金は米国国立歯科・頭蓋顔面研究所と香港大学。利益相反の記載はありません。
「細菌がいなくても、むき出しのコラーゲンは酵素で分解され得る(酵素の出どころは著者らの推測)」という、接着の長持ちを考えるうえで面白い結果です。接着した歯で確かめる続報と合わせて読みたいところです。
今日のひとこと
リン酸でエッチングしただけの抜去歯の象牙質を、細菌の増殖を抑えた人工唾液に置くと、250日で脱灰層が全部か一部失われ、酵素阻害剤を加えた液や鉱物油の中では残りました。著者らは、象牙質の中の酵素(MMP-2 など)が少しずつ出てきて分解したと推測しています。接着していない脱灰層のモデルで、接着強さや臨床の成績は調べていないので、「ハイブリッド層の劣化を考えるうえで、細菌がいなくても進み得る分解の筋道を示した実験室研究」と受け取るのが、この論文に合った読み方です。


