「AIにお願いする」時代は、もう終わったのかもしれない
AIが「頼まれてやる道具」から「自分で働く存在」へ。その実感と、これからも残る仕事の話。

AIに「社長」をやってもらっている
おはようございます。今日は朝礼で話したことを残しておきます。最近のAIの進化が本当にすごくて、その実感と、そこから考えた「これからも残る仕事」の話です。
いま僕は、自分が直接やりとりするAIの「社長」をつくっています。僕がオーナーで、社長に「これをやってほしい」と相談すると、リサーチして「こんな感じでどうですか」と返してくれる。しかもその社長の下に、リサーチ・PR・プロダクト開発といった部門まであって、まるで人間の組織と仕事をしているような感覚なんです。
おもしろいのが、リサーチ担当が「自分一人だと一度に読める量に限りがあるので、分身をつくります」と言い出したこと。どんどん賢い相棒が増えていく感じで、次は何を任せようかと考えるのが楽しくなっています。

「頼まれてやる」から「自分で働く」へ
最初にやってもらいたかったのは、論文を1本渡すと「目的・方法・結果・結論」の順に日本語で整理し、図やグラフまで作り直してくれる、という作業でした。これが一発でできてしまった。
そこから「Instagram用の図も作れる?」と聞けば作ってくれて、「ブログに投稿したい」と言えば下書きまで用意してくれる。さらに「このフォルダにある資料を、1日1件ずつ選んで自動で投稿しておいて」とお願いしたら、どれを処理済みか分かるようにタイトルの頭に印まで付けて、勝手に進めてくれるようになりました。
僕が自分でやれば、論文1本を読んで文章にして、図をつくって投稿するまでで丸一日かかる作業です。それが、お願いすらしなくても毎日回っている。

それでも「資格・手に職」は強い
ここまで便利になると、気になるのは「これから職を失うのはどんな人か」です。過去をたどると、ヒントがありました。
産業革命では、のこぎりで木を切る力仕事がなくなり、機械が切るようになりました。コンピュータや会計ソフトが出たときも「会計士はいらなくなる」と言われた。でも実際は、計算そのものは機械がやり、会計士には「その内容を承認する」という役割が残りました。医療でも、AIが画像を読めるようになった後、技師には「AIの判断が正しいと承認する」役割が残っています。
一方で、仕事を失ったのは、法律で守られた資格を持たず、技術だけでやっていた人たちでした。誰でも使える技術に置き換わると、その技術一本では立ちゆかなくなる。逆に資格があれば、技術を機械に譲っても、その立場は法律が守ってくれるわけです。


