エンド|ヒトの口の中で根管治療の術野の消毒や意図しない汚染を調べた臨床研究8本(PubMed で1950〜2015年の英語論文を検索して5本、その引用文献から3本)を読み比べた文献レビュー(総説・メタ解析なし。Malmberg 2016・Acta Odontologica Scandinavica)
根管治療は、ラバーダムで歯を隔てて術野を消毒するところから始まります。では、その消毒で術野は本当に無菌になり、治療のあいだも無菌のままなのか。Malmberg らが行ったのは、この問いに答える臨床研究を、PubMed の検索(5本)とその引用文献(3本)から集めた文献レビュー(総説)です。集まった8研究(1955〜2003年)のどれも、はじめの消毒のあとに術野が完全に無菌になったことを示せず、治療のあいだ無菌が確実に保たれることを示した研究もありませんでした。同じ消毒薬の組み合わせを使った研究は2つと無く、最も良かった Möller 1966(30%過酸化水素と5%ヨードチンキ)でも、無菌の検体は歯面98%・ラバーダムと歯の境目83%でした(総説が引用した結果)。ただし8研究の多くは古く小さい研究で、総説は結果を数値で統合しておらず、根管治療の成績は評価項目に入っていません。
①ラバーダムを付けて消毒した術野、本当に無菌といえる?
根管治療の始まりは、ラバーダムで歯を隔てて、歯とその周りを消毒すること。ここで術野は「無菌になった」と考えて、髄腔を開けていきます。
では、その消毒で本当に菌はいなくなっているのか。治療のあいだ、無菌の状態は保たれているのか。スウェーデンの Malmberg らは、この2つの問いに答えられる臨床研究がどれだけあるかを、文献から洗い出しました。
・文献レビュー(総説):PubMed で1950〜2015年の英語の論文を検索し、ヒトの口の中で術野の消毒や意図しない汚染を調べた臨床研究を集めた。候補115件の題名と抄録から5件、その引用文献から3件を足して、計8研究
・8研究は目的・方法・材料がばらばらで、はじめの消毒のあとに術野が完全に無菌になったことを示した研究は無かった(著者らのまとめ)
・治療のあいだ無菌が確実に保たれることを示せた研究も無かった。消毒から15分後・60分後に菌が見つかった研究がある
・同じ消毒薬(薬の組み合わせ)を使った研究は、8研究の中に2つと無かった
・いちばん良い結果だったのは Möller 1966(30%過酸化水素と5%ヨードチンキ)で、歯面の検体の98%、ラバーダムと歯の境目の検体の83%で菌が育たなかった(総説が引用した結果)
・注意:8研究の多くは古く小さい研究で、総説は結果を数値で統合していない。根管治療の成績は、集めた研究の評価項目ではない
②なぜ術野の無菌が問題になるのか
根尖性歯周炎が細菌の感染で起こることは、動物実験と臨床研究で確かめられています。口の中には700種を超える菌がいて、そのうち根管に住みつけるのは一部の種類だけ、と著者らは整理しています。それでも臨床では、どの菌も根管に入れないことを目指す、というのが著者らの立場です。
一般歯科で行われた根管治療の横断調査からは、根管の菌を取り除くことに難しさがあり、失敗の多くが無菌の手技の不足によると考えられる、と著者らは述べています(総説が引用した調査に基づく記述)。
ラバーダムの効果そのものを高い水準で示した研究は無いものの、使わないことの不利は間接的に読み取れる、とも書かれています。症状が続いて紹介された100人のうち87%はラバーダムなしで治療されていた報告、ラバーダムで隔てた再根管治療の方が綿花だけより成績が良かった612件の報告、517,234本の初回の根管治療でラバーダムを使った歯の方が歯の生存の確率が高かった報告が、総説の中で引用されています。
ただし、無菌の術野はラバーダムだけでは作れません。消毒薬の働きが要ります。術野の消毒には、過酸化水素・ヨードチンキ・クロルヘキシジン・アルコール・次亜塩素酸ナトリウムが、さまざまな濃度で使われてきました。著者らは、過酸化水素はおもに歯面の唾液の糖たんぱくを取り除き、唾液が漏れている所を見つけるために使う、ヨードは染み込む力が弱く、バイオフィルムには先に機械的・化学的に崩す処置が要る、と整理しています。
③今回のレビュー:8つの臨床研究を集めた
- 検索:PubMed(Medline)。著者の1人(Malmberg)が検索した
- 集めた研究:1950〜2015年の英語の論文で、ヒトの口の中で行った研究(in vivo)。根管治療の術野の消毒、または意図しない汚染を調べた臨床研究で、消毒の手順が再現できるほど書かれ、術野から採った細菌の検体の結果を示したもの
- 外したもの:術野の消毒の確認がおまけの扱いの研究(根管の菌を調べる研究で、術野の検体を対照として一言触れただけのもの など)
- 選び方:候補115件の題名と抄録を読んで5件を選び、全文を読んだ。その引用文献を手で調べて3件を足し、計8研究
- まとめ方:8研究を表(原典の表2)に並べて読み比べた。結果を数値で統合する解析(メタ解析)や、研究の質の点数づけはしていない
④結果:8研究のどれも、完全な無菌を示せなかった
集まった8研究は、1955年から2003年まで。対象は前歯の健全歯だけの研究から、むし歯の深い歯を含む研究までさまざまで、使った消毒薬も研究ごとに違いました。表に8研究の全部を、原典の表2の順に並べます。
著者らのまとめは2つです。どの研究も、はじめの消毒のあとに術野が完全に無菌になったことを示せなかったこと。そして、同じ消毒薬、同じ薬の組み合わせを使った研究が2つと無かったことです。
8研究の中でいちばん良い結果だったのは Möller 1966(355歯)です。30%過酸化水素と5%ヨードチンキで消毒すると、歯面の検体の98%、ラバーダムと歯の境目の検体の83%で菌が育ちませんでした。5%ヨードチンキだけでは40%と6%で、差は統計学的に有意でした(p<0.001。いずれも総説が引用した結果)。この最も良い手順でも、境目の検体の17%(100%−83%、筆者の計算)では菌が育っています。
2.5%次亜塩素酸ナトリウムで拭いた面がすべて陰性だった研究(Hermsen 1987)もありますが、対象は6人で、著者らは「結果は不確かすぎる」としています。
治療のあいだの維持については、さらに分かっていません。Baumgartner 1975(127歯)では、ポビドンヨードもイソプロピルアルコールも、塗って90秒後より15分後の方が効き目が有意に落ちていました。Fors(総説の表では1985、引用文献の欄では1986)の100歯の研究は、ラバーダムと歯の境目の菌の漏れを、境目を封じる材料の有無と種類で分けた4群で調べたもので、消毒から60分後の培養で20〜53%が陽性(4群の幅)、封じる材料を使った群では汚染が少なくなっていました(いずれも総説が引用した結果)。最初の消毒が足りなかったのか、治療中に汚染されたのかは分からない、と著者らは書いています。
⑤結果の読み方:安定した手順は時間と手間がかかっていたようだ
著者らは結論で、いちばん予測しやすい(安定した)手順は、機械的な清掃と化学的な消毒の両方に長い時間と手間をかけるもののようだ、と述べています。Möller の研究では術野の清掃に3〜4分、Fors の研究では5分を超えていました。一方、日常の臨床に近づけた Michanowicz 1965 では、消毒は10秒+30秒で、その30〜90秒後には根管治療を始めていて、陰性の検体は53〜61%でした(総説が引用した結果)。
著者らは、研究の中で行われる消毒と、日常の臨床で行われる消毒のあいだには、おそらく食い違いがあると考えています。一般歯科で術野の消毒がどう行われ、どれだけ効いているかは、ほとんど分かっていない、とも書いています。
また Möller の方法は北欧で「標準」として引用されることが多いのに、論文ごとにその手順の解釈が違い、「Möller の方法に従った」と書くだけで中身が再現できない研究がある、と指摘しています。著者らがまとめで「消毒と無菌の手順の吟味と標準化が必要」とするのは、このためです。
⑥明日の臨床へ
このレビューが示すのは「この消毒薬が一番」ということではありません。示しているのは、ラバーダムを付けて消毒した術野でも、完全な無菌を確かめた研究は無く、治療のあいだに無菌が確実に保たれるという裏付けも足りないということです。
著者らは、消毒の前にプラークを取り除くことは、バイオフィルムの知識からみて理にかなう、と述べています(Möller も歯面の汚れとプラークを先に取るよう記載。一方 Baumgartner 1975 では、先にプラークを取っても消毒の効果は上がらなかった)。治療中に次亜塩素酸ナトリウムで術野を繰り返し拭くと汚染が有意に減った研究(Ng 2003)にも触れ、繰り返しの消毒が要るのかもしれないが、日常の臨床で実際に続けられるかが問題だ、としています。
ここから筆者の読みです。
- 術野の消毒は「一度拭けば無菌」とは考えず、ラバーダムと歯の境目(Möller でも菌が残りやすかった所)を意識して拭く
- 消毒の前に歯面のプラークと汚れを落とし、消毒薬は急がずに時間をかけて塗る(著者らは、安定した結果の手順には清掃と消毒に長い時間と手間が要ったようだ、と述べている。Möller は3〜4分、Fors は5分超)
- 治療が長くなるときは、境目の漏れが無いかを見直し、必要なら拭き直すことを考える(効果を確かめた研究は少ない)
どれも、根管治療の成績が上がることを確かめた方法ではありません。術野の菌を減らすための、手間のかけどころの目安として読んでください(ここまで筆者の読み)。
⑦ここだけ補助線
・集めた研究の弱さ(著者らの指摘):8研究で、いちばん新しいものでも2003年。小さな研究や対照群の無い研究が多く、対象の記述が足りない(根管治療をした研究でも歯髄の診断が書かれていない)。検体の採り方・培養・分析の書き方が再現しきれない研究もある。どの菌が除かれたかはほとんど論じられていない
・統合していない(筆者の確認):研究の質の点数づけや、結果を数値でまとめる解析(メタ解析)はしていない。研究ごとに目的・方法・培養の条件が違い、数値を並べて比べられない
・検索の範囲(筆者の確認):PubMed だけ・英語の論文だけ。検索は著者1人が行い、題名と抄録の選別を誰が行ったかの記載は無い
・成績は対象外(筆者の確認):術野の菌が根管の感染や治療の成績につながるかは、集めた研究の評価項目ではない
・利益相反:著者らは利益相反は無いとしている
当たり前の手順にこそ、確かめる余地が残っている。そう気づかせてくれる1本です。
今日のひとこと
術野の消毒を調べた臨床研究8本(PubMed 検索で5本+引用文献から3本)を集めた文献レビューで、はじめの消毒のあとに完全な無菌を示した研究も、治療のあいだ無菌が確実に保たれることを示した研究もありませんでした。著者らは、安定した結果の手順には清掃と消毒に長い時間と手間が要ったようだ、と述べています。根管治療の成績を調べた研究ではありませんが、「ラバーダムを付けて一度拭けば無菌」と思い込まず、境目と時間を意識して消毒を見直すきっかけになる1本です。


