エンド|根管充填した歯をヒトの全唾液に浸け、2日・1週・2週・1か月・3か月で「唾液がどこまで入り込んだか」を組織切片で実測した研究。当時主流だった色素法との食い違いも同時に測っている(Magura・Kafrawy・Brown・Newton 1991・J Endod)
仮封が外れたまま数か月が過ぎた根管充填歯。そのまま被せるか、開けて再治療か——この判断の拠りどころとして今も引かれるのが、1991年のこの論文です。それまで歯冠側漏洩の研究は人工唾液に浸けてからインクに漬ける色素法が中心で、Madisonらのグループは「3日で根管の79〜85%に色素が入り、56日と差がない」と報告し、3日を超えて口腔内に露出した根管は再治療を検討すべきだと結論していました。臨床感覚とは開きのある数字です。インディアナ大学のMaguraらは、色素ではなくヒトの全唾液そのものを使い、漏洩を組織切片で直接測ることでこれを測り直しました。抜去した上顎前歯160本を長さ13〜15 mmに揃え、#60まで拡大して側方加圧でガッタパーチャとRoth’s sealerを充填。100本は仮封を外して根管を露出させ、50本は厚さ3 mmを狙ったIRM仮封を残し、10本は未充填の陽性対照としました。全部を37℃・湿度100%で50 mlのヒト全唾液に浸け、唾液は平日毎日交換。2日・7日・14日・28日・90日に32本ずつ取り出し、脱灰して7 µmの連続切片を作り、唾液由来の有機成分で象牙質が濃く染まる範囲をブラインドで計測しています。結果、仮封なしの群で漏洩は2日0.9 mm・1週3.1 mm・2週1.0 mm・1か月2.1 mm——そして3か月で4.9 mmへ跳ね上がり、この3か月だけがそれ以前の4時点すべてより有意に多い値でした(時間の主効果 p<0.0001)。IRM仮封のあった群は3か月で6.5 mmと、仮封なしと統計的に差がありません。組織切片で調べたところ、狙った3 mmに対し実際のIRMの厚みは2.3±0.1 mmでした。同時に走らせた色素法は3か月で10.6 mmと、組織切片より有意に大きい値を出しています。著者らの結論は「口腔内に3か月さらされた根管充填は再治療を検討すべき」。ただしこれは抜去歯を静置したin vitroで、各群10本、1か月と3か月の間は測られていません。
①仮封が外れたまま数か月。開けるか、そのまま被せるか
根管充填まで終わった歯。次のアポイントに来なかった、あるいは他院で「治療の途中です」と言われたまま、仮封が欠けた状態で時間が過ぎている。こういう歯を前にして、再根管治療からやり直すのか、清掃して被せてしまうのか——この判断に確たる物差しを持っている人は、意外と少ないのではないでしょうか。
1991年、インディアナ大学のMaguraらは、この問いをそのまま実験にしました。結論を先に言うと、唾液の侵入は2日から1か月までの4時点で互いに差がなく、3か月で初めて有意に跳ね上がりました(仮封なしで4.9 mm)。そして厚さ2.3 mmのIRM仮封が入っていた歯は6.5 mmで、仮封が無い歯と統計的に差がありませんでした。
②当時の物差しは「3日」だった
根管充填の封鎖性の研究は、長いあいだ根尖側の漏洩ばかりを見てきました。歯冠側からの漏洩——つまり口腔内に露出した根管充填が、上から侵されていく現象——が本格的に測られ始めたのは1980年代後半です。
その先頭にいたMadisonらのグループは、根管充填した歯を人工唾液に一定期間浸けたあと、ペリカンインクに2日漬けて色素の到達距離を測る、という方法を使いました。報告された数字は衝撃的なものです。3日で根管の79〜85%に色素が入り、しかもそれは最長の56日と統計的に差がなかった。ここから導かれた提言は「3日を超えて口腔内に露出した根管は、補綴の前に再治療を検討すべき」でした。
3日。臨床の実感とは、かなり開きがあります。筆者の実感では、もっと長く放置された歯が問題なく経過している例も少なくありません。では、どちらが間違っているのか。Maguraらが疑ったのは、結論ではなく測り方のほうでした。
③今回の一手:人工唾液と色素をやめて、ヒトの唾液と組織切片で測る
この研究の設計上の核心は2つです。浸す液を本物のヒト全唾液にしたことと、漏洩の判定を色素ではなく組織切片で行ったこと。
「唾液が入り込んだ範囲」をどう見るのか、というのがこの論文の技術的な工夫です。H&E染色をかけると、唾液にさらされた歯の象牙質だけが、根管壁に沿って濃い好塩基性に染まるという現象が見つかりました。唾液に浸けていない予備実験の標本では起きません。著者らはこれを唾液の有機成分が象牙質に浸透した痕跡と解釈し、その到達距離を漏洩の指標に使っています。
さらに各時点で10本ずつは、比較のために従来どおりの色素法(ペリカンインク2日)にも回されました。同じ実験・同じ歯種・同じ充填で、2つの測り方を並走させたことになります。
④結果:1か月まではほぼ横ばい、3か月で跳ね上がる
仮封なしの群(各グループの左端の棒)を追うと、2日0.9 mm、1週3.1 mm、2週1.0 mm、1か月2.1 mm——きれいに増えていくわけではありません。そして3か月で4.9 mm。3群をまとめた時間の主効果でみると、2日・1週・2週・1か月の4時点は互いに差がなく、3か月だけがそれ以前のすべてより有意に多い値でした(p<0.0001)。
意外なのは仮封の効き方です。IRM仮封を残した群は3か月で6.5 mmと、仮封なしの4.9 mmより数字の上ではむしろ多く、両群に統計的な差はありませんでした。理由は組織切片を見て分かっています。3 mmを狙って詰めたIRMの実際の厚みは2.3±0.1 mmでした。IRMは3 mm以上の厚さがないと封鎖できないという先行研究が2本あり、その基準をわずかに下回っていたわけです。
3つ目の系列(いちばん淡い棒)が、従来の色素法です。3か月で10.6 mm。組織切片の4.9 mmの2倍以上あり、色素法の値は組織切片より有意に大きいという結果でした。この研究の根管充填の長さは平均9.2±0.7 mm。筆者の計算では、色素法の10.6 mmは充填の全長に匹敵する数字になります(ただし組織切片は窩洞の根尖側縁から、色素法は根管充填の歯冠側縁から測っており起点が違うため、単純に引き算できる関係ではありません)。
そして、色素法の危うさを決定づけたのはひとつの手違いでした。
最初の10本が、規定の2日ではなく誤って5日間インクに浸かってしまいました。その値が4.9±0.8 mm。やり直して規定どおり2日で測った10本は2.4±1.3 mmです。唾液にさらした期間は同じ2日、違うのはインクの日数だけ。それで値は2倍になり、有意に違いました。著者らの言葉を借りれば、この2つの数字からは「2つの異なる結論」が導かれてしまいます。
⑤なぜ色素と唾液で、こんなに違うのか
理由は2つ挙げられています。ひとつは粘度。水溶液は粘稠な唾液より遠くまで入り込むことが古くから知られており、インクは水溶液です。もうひとつは色素そのものが持つ浸透性。漏洩の「痕跡」を追っているつもりで、色素自身の物性を測ってしまっている、という指摘です。
著者らは、1968年のRoydhouseの一文を引いています——修復物辺縁の浸透を調べる実験室の実験は「可能性は示せても、臨床の実態は示せない」。多くの変数が考慮されていないから、というのがその理由でした。そのうえで著者らは、術者による変動がいちばん小さい組織切片法を、漏洩測定の基準に据えるべきだと主張しています。
もうひとつ、この論文には示唆的な予備実験があります。5本の根管を2.5%次亜塩素酸ナトリウムで10分間洗浄すると、根管壁に接する象牙質の染色性が変化しました(水で洗浄した5本では起きない)。脱灰標本で染まりが薄くなった=象牙質の有機成分が減ったと解釈されています。そして唾液の側方への浸透は0.34±0.06 mmで、この次亜塩素酸による変化の深さと同じくらいの大きさでした。著者らは「次亜塩素酸が象牙質を唾液に対して透過しやすくしている可能性がある」と述べ、さらなる検証が必要だと結んでいます。
細菌についても記録があります。Brown & Hopps染色では、実験群のどの標本からも細菌は見つかりませんでした。一方、未充填の陽性対照は各時点とも根尖1/3の培養が全例陽性でした(各時点2本・計10本)。ただし著者らはこれを「充填してあれば細菌は通らない」とは読んでいません。ガッタパーチャとシーラーに含まれる亜鉛が細菌の発育を抑えた可能性、そして実験系に栄養がなかったことを理由に挙げ、細菌の代謝産物・毒素・死菌の分解産物は存在していてもH&E切片では見えない、と付け加えています。
⑥明日の臨床へ:3か月という線と、仮封の厚み
持ち帰れるものは3つあります。
もうひとつ、見落としやすい但し書きがあります。この研究の根管充填は平均9.2 mm残っていました。著者らは「ポストスペースを形成して根管充填が短くなっていれば、臨床的に問題となる漏洩が起きるまでの期間はもっと短くなりうる」と述べています。支台築造済みで仮封が外れている歯は、3か月より手前で判断する必要がある、ということになります。
⑦ここだけ、冷静に補助線
抜去歯を容器の中で静置したin vitroです。咬合力も温度変化も唾液の流れもなく、歯は10%ホルマリンで保存されていました。上顎前歯という単根の歯だけを使っており、各群の標本数は1時点あたり10本です。
いちばん押さえておきたいのは、「3か月」が測られた閾値ではないという点です。測定したのは2日・1週・2週・1か月・3か月の5点だけで、1か月と3か月の間は空白です。危険域が2か月から始まっているのか、80日目なのかは、この研究からは分かりません。3か月は「有意差が出た最初の測定点」であって、それ以上でもそれ以下でもない、という読み方が正確でしょう。
また、細菌が検出されなかったことを安心材料にはできません。著者ら自身が、亜鉛の影響と栄養不足という2つの理由を挙げて慎重に留保しています。逆に、IRMが効かなかったという結果も「IRMは無力」ではなく「2.3 mmでは足りなかった」と読むべきものです。
とはいえ、本物の唾液を毎日交換しながら3か月走らせ、色素法との食い違いを同じ実験の中で示し、しかも自分たちの手違いすら測定値として報告してみせた研究です。30年以上たった今も歯冠側漏洩の議論でこの論文が引かれ続けている理由は、この率直さにあります。
統計についてもう一言。原著は群と時間の交互作用が有意(p<0.0006)だったと報告しています。つまり時間の効き方は群によって違っており、上の「4時点は差がない」は3群をまとめた時間の主効果の話です。仮封なし群だけを取り出した時点間の比較は、原著には報告されていません。
今日のひとこと
著者らの結論:口腔内に3か月さらされた根管充填は、再治療を検討すべき。唾液の侵入は2日から1か月までの4時点で互いに差がなく、3か月で初めて有意に跳ね上がった(仮封なし4.9 mm)。そして厚さ2.3 mmのIRM仮封は、仮封が無いのと統計的に変わらなかった(6.5 mm)——著者らはIRMなら3 mmを超える厚みか、グレーのCavitとIRMの二重仮封を勧めています。筆者の読みでは、この論文の値打ちは「何日で危ないか」を数えたことより、色素法が漏洩を大きく見せることを同じ実験の中で示した点にあります。同じ唾液2日の歯でも、インクに2日浸けるか5日浸けるかで 2.4 mm と 4.9 mm に分かれました。ただし抜去歯を静置したin vitroで各群10本、1か月と3か月の間は測られていません。3か月という線引きは、たまたま測った時点であって、閾値が測定されたわけではない点は押さえておきたいところです。


