エンド|試験管の中ではなく生きたサルの口の中で、根管充填した歯の仮封を外して1週間放置し、歯冠側からの漏洩を色素で見た「Part III・in vivo」の1本(Madison・Wilcox 1988・J Endod)
根管充填まで終えた歯の仮封が外れてしまった。次の来院までの1週間、根管の中はどうなっているのか——この問いを、抜去歯ではなく生きた動物の口の中で確かめたのがこの研究です。米国のMadisonとWilcoxは、成熟したカニクイザル4頭の臼歯64本に根管治療を行い、側方加圧したガッタパーチャと3種類のシーラー(Roth’s 801・AH26・Sealapex)で充填しました。髄腔に綿を置いてキャビットで仮封し、72時間後に仮封を除去して、根管の入り口を1週間そのまま口の中に晒しています。その後、歯を取り出してペリカンインクに48時間浸し、透明標本にして色素の進入距離を測りました。結果、シーラーの平均浸透距離はSealapex 1.0 mm、Roth’s 801 1.7 mm、AH26 2.0 mmで、群間に統計的な有意差はありませんでした。多くは1〜4 mmの浸透でしたが、2本では根管の全長に色素が達しています。注目すべきは対照群で、シーラーを使わなかった陽性対照(平均1.2 mm)にも色素が入らなかった根管があり、仮封を外さなかった陰性対照(平均1.5 mm)でも2本に色素が見られました。著者らは、同じグループが先に行った試験管内の研究でAH26が有意に多く漏洩したという結果が、生体内では再現されなかったと述べています。サル4頭・群あたり6〜15根管の小さな研究で、評価は色素の進入距離のみです。
①仮封が外れたまま1週間。根管はどうなっている?
根管充填まで終わった歯で、次の来院までに仮封が外れてしまった。あるいは患者が「取れたけど痛くないので様子を見ていた」と1週間後に来院した。この1週間で、根管はどこまで汚染されているのか。再治療するのか、そのまま補綴に進むのか、判断の分かれ目です。
1988年のMadisonとWilcoxは、この問いを生きたサルの口の中で確かめました。結論を先に言うと、歯冠側を1週間開放すると、どのシーラーを使っていても色素は根管に入り、シーラーの種類による有意差は出ませんでした。
②「根尖の封鎖」ばかり調べられていた時代
著者らは冒頭で、根管治療の研究が根尖側の漏洩に偏っていたと指摘します。しかし治療の成否を分けるうえで、歯冠側の封鎖は根尖側と同じくらい重要かもしれない——これが出発点でした。
この研究の直前、同じ流れで2つの試験管内研究が出ています。SwansonとMadisonは、人工唾液に晒すと3日という早さで無視できない量の歯冠側漏洩が起きることを示しました。続くMadisonらの研究では、3種類のシーラーを比べてAH26がSealapexやRoth’sより有意に多く漏洩したと報告されています。
ただし、どちらも抜去歯を人工唾液に浸した実験です。生体の口の中でも同じことが起きるのか。それを確かめるのが今回の「Part III」でした。
③今回の一手:サルの口の中で、仮封をわざと外す
根管治療:術前にエックス線写真を撮影し、保存的な窩洞を形成。K-Flexファイルと2.6%次亜塩素酸ナトリウムで化学的機械的に形成(根尖部は#30〜40、0.5 mm刻みのステップバックで#50以上まで、ゲーツグリッデン#2・#3で歯冠側を拡大)。
充填:術者にはシーラーの種類を伏せたまま、側方加圧ガッタパーチャとRoth’s 801(16本)・AH26(16本)・Sealapex(16本)のいずれかで充填。
対照:陽性対照=シーラーを使わずガッタパーチャのみ(8本)。陰性対照=ガッタパーチャ+Roth’sで充填しIRMで仮封、最後まで外さない(8本)。
仮封と開放:髄腔に綿を置いてキャビットで仮封。72時間後に実験群と陽性対照の仮封を除去し、根管の入り口を1週間そのまま口腔内に開放。
評価:1週間後にIRMで再封鎖して直ちに屠殺、抜歯。歯冠側の開口部以外をスティッキーワックスで被覆し、ペリカンインクに48時間浸漬。脱灰・脱水して透明標本にし、2名の術者が盲検で独立に、セメント・エナメル境から色素先端までの距離を0.1 mm単位で測定。
除外:窩洞形成で穿孔した歯、抜歯時に破折した歯。
サルを使う意味はここにあります。本物の唾液、本物の咀嚼、本物の口腔細菌——人工唾液では再現できない条件が全部そろいます。
④結果:どの群も漏れた。差は出なかった
対照群:陽性対照(シーラーなし)1.2 mm(n=8・SD 2.0・範囲0〜4.8)、陰性対照(仮封を外さない)1.5 mm(n=6・SD 2.4・範囲0〜5.5)。実験群と対照群の間にも有意差はありませんでした。
どこまで入ったか:多くの症例で1〜4 mm。2本では根管の全長に色素が達しています。
ばらつき:どの群にも色素がまったく入らなかった根管が含まれています。
傾向としては、試験管内の研究と同じくAH26がいちばん深く、Sealapexがいちばん浅い。しかしその差は統計的に有意ではありませんでした。著者らは、先行する試験管内研究の結果が生体内では再現されなかった、と正直に書いています。
⑤対照群が教えてくれること
この論文でいちばん考えさせられるのは、実は対照群です。
まず陽性対照。シーラーをまったく使わずガッタパーチャだけを詰め、仮封も外した群です。当然よく漏れるはずが、色素がまったく入らなかった根管がありました。著者らは屠殺時の観察から、ひとつの説明を挙げています。多くの開口部にサルの餌が詰まっていた——食物が物理的な栓になって色素の進入を妨げた可能性がある、と。さらに、動物の全唾液に含まれるタンパクやムチンが根管の入り口を塞いだのかもしれない、とも述べています(人工唾液にはこれらが含まれていません)。
次に陰性対照。IRMの仮封を最後まで外さなかった群なのに、6本中2本から色素が検出されました。著者らはこれを、IRMの仮封が十分な歯冠側封鎖を与えられなかったためだろうと説明しています。サルの餌の硬さと研磨性を考えれば予想できたことで、アマルガムのような永久修復であれば防げたはずだ、とも書いています。仮封材そのものが弱点になり得る、というのが著者らの読みです。
この2つは、色素浸透試験の結果を読むときの重要な補助線になります。色素が入った=封鎖が破れた、色素が入らない=封鎖されている、とは単純に言えない。陽性対照が漏れず、陰性対照が漏れる試験系で得られた群間差を、そのまま臨床の優劣に読み替えることには慎重さが要ります。
⑥明日の臨床へ
臨床に持ち帰れること:
・シーラーの選択で歯冠側漏洩を防げるとは、この研究からは言えません。サルの口の中では、どのシーラーでも平均1.0〜2.0 mmの色素進入があり、群間の差は統計的に検出されませんでした(傾向はAH26が最も深く、試験管内の研究と同じ方向でしたが、有意ではありません)。守るべきは充填材の内側ではなく歯冠側の封鎖そのものだ、という順序が見えてきます。
・著者らは論文の結びで、歯冠側の封鎖は根管充填のときだけでなく、仮封を置くときにも重視されるべきだと述べています。
・浸透は多くが1〜4 mmでしたが、全長に達した根管が2本ありました。「浅い汚染で済む」と一律に考えられる結果ではありません。
・仮封が外れた期間が分かっている症例では、どこまで戻すか(歯冠側の再形成にとどめるか、再根管治療か)の判断材料になります。ただし本研究は1週間・色素という条件ひとつを調べたもので、期間ごとの基準を示すものではありません。
読み替えの注意:これは色素の進入距離を測った研究であり、細菌が到達したか、治療の成否がどうなったかは調べていません。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:生体内で歯冠側を1週間開放すると、どのシーラーを使っていても色素は根管に進入し、群間に有意差はなかった。同じグループの試験管内の研究でAH26が有意に多く漏洩した結果は、生体内では再現されなかった。筆者の読みでは、この論文の値打ちは、生体内でもシーラー間の差を検出できなかったという結果をそのまま報告した点、そして対照群の結果が示す色素浸透試験そのもののばらつきにあります。陽性対照に漏れない根管があり、仮封を外していない陰性対照から色素が出た——この事実は、結果の読み方に慎重さを求めます。


