エンド|歯髄を露出させずに、象牙質を通して歯髄の圧を推定した研究。ジュネーブ大学とジョージア医科大学のCiucchi・Bouillaguet・Holz・Pashleyが、矯正のため抜歯予定の小臼歯5本に窩洞を作り、密閉した小部屋と毛細管で象牙細管液の動きを測った(Ciucchi・Bouillaguet・Holz・Pashley 1995・J Endod)
歯髄の組織圧は、歯髄の循環の状態を映す重要な指標で、炎症が起きると上昇します。ところがこれを測ろうとする過去の試みは、そのほとんどがドリルで歯髄を直接露出させる侵襲的な方法でした。露出させた瞬間に、測りたい状態そのものが変わってしまうという難点があります。歯髄の間質圧は象牙細管の側にも伝わっているはずだ——この前提に立って、健全な象牙質を残したまま外から測る試みも1965年にありましたが、スメア層の重要性と、象牙質が液の流れに対して持つ高い抵抗が理解されておらず、うまくいきませんでした。本研究の設計はそこを踏まえています。12〜15歳の子どもの、矯正のために抜歯予定だった下顎小臼歯5本(本人と保護者の同意を得たうえで)に、血管収縮薬を含まない2%リドカイン約1.0 mLの下顎孔伝達麻酔をかけ、ラバーダム下で頬側に直径約4 mm・深さ約1.5 mmの円形のV級窩洞を形成。37%リン酸で1分間エッチングしてスメア層とスメアプラグを除去し、窩洞のまわりにコンポジットレジンの輪を接着して円錐形の密閉した小部屋を作り、滅菌したリン酸緩衝生理食塩水で満たして空気を追い出します。そこから伸びたチューブの先には、内径0.7 mmのガラス毛細管と赤外線の検出器があり、中の気泡の動きを毎秒1回、ナノリットル単位で読み取ります。外圧はチューブの高さで与えます。結果、外圧ゼロでは5本すべてが外向きに流れました(平均 毎分1 cm²あたり0.35 µL)。外圧を5 cmずつ上げていくと外向きの流れは遅くなり、やがて止まり、さらに上げると逆流します。5分間連続で流れが止まった外圧=歯髄の組織圧とみなすと、平均14.1 cmH₂O(標準誤差2.48・n=5/個々は7.5〜22)でした。象牙質の水力学的コンダクタンスは3.23×10⁻² µL cm⁻² min⁻¹ cmH₂O⁻¹(回帰直線の傾きから)で、別の求め方による2.80×10⁻²と有意差はなく(p>0.56)、残存象牙質厚(平均1.06 mm)との相関もありませんでした(r=0.39・p=0.52)。5本という小さな研究で、疼痛や術後経過は評価していません。
①エッチングした窩底から、何が出てきているのか
窩洞を形成し、エッチングして、乾燥させる。その瞬間、窩底で何が起きているのか。答えは1995年のこの研究にあります。
結論を先に言います。スメア層を取り除いた窩底からは、外圧をかけなくても外向きに液が流れ続けていました。生きたヒトの歯5本すべてで、平均して毎分1 cm²あたり0.35 µL。そしてその流れを止めるのに必要な圧から推定した歯髄の組織圧は、平均14.1 cmH₂Oでした。歯髄を一切露出させずに、象牙質の外側から測った数字です。
②歯髄の圧を測ろうとすると、測りたいものが壊れる
歯髄の組織圧は、歯髄の循環の状態を映す重要な指標で、炎症が起きると上昇します。だから測れれば診断に使える。ところが過去の試みは、そのほとんどがドリルで歯髄を直接露出させる侵襲的な方法でした。露出させた瞬間に、測りたい状態そのものが変わってしまいます。
のちにPashleyらは、もっと大きな表面積、もっと長い測定時間、そして酸によるエッチングでスメア層を除去という3点を変えて再挑戦します。窩洞内の圧をゆっくり定常状態に達させ、その時点で窩洞の圧=歯髄の組織圧とみなす方法で、正常なイヌの大臼歯で32.6 cmH₂O(24.1 mmHg)を得ました。さらにVongsavanとMatthewsが、ネコの歯で外圧を段階的に上げて液の動きがゼロになる点を探す方法を使い、15 cmH₂O(11 mmHg)という値を報告します。
残っていた問いは単純でした。ヒトの、生きた、正常な歯では何 cmH₂Oなのか。
③今回の一手:窩洞を密閉して、気泡の動きを1秒ごとに読む
測定装置の仕組みが、この研究の面白いところです。窩洞から伸びたチューブの先に、水平に固定した内径0.7 mmの精密ガラス毛細管があります。そこへ赤外線を通し、反対側の光センサーで管内の気泡の動きを検出する。マイクロメートル単位の直線移動をナノリットル単位の液量へ換算し、毎秒1回読み取ってPCに記録します。要するに、髪の毛より細い動きを、目盛りの代わりに気泡で読んでいるわけです。
外圧の与え方も単純です。排出側のチューブの高さを、歯冠中央を0として上下に動かすだけ。5 cm上げれば5 cmH₂Oの圧がかかります。測定は窩洞形成直後に開始し、45分以内に完了。外圧0での自発的な外向き流量を得たあと、5 cm刻みで外圧を上げ、各段階で5分間=約300回流量を測ります。そして5分間連続で流れがゼロになった外圧を、歯髄の組織圧と推定しました。
④結果:外圧ゼロで、5本すべてが外向きに流れた
外圧をかけていない状態で、5本すべてが外向きに流れていました。平均は毎分1 cm²あたり0.35 µL(抄録と考察では0.36と書かれており、原著の中で表記が揃っていません)。外圧を上げていくと外向きの流れは遅くなり、やがて止まり、さらに上げると窩洞から歯髄へ向かって逆流します。
歯ごとの値は22・12・12・17・7.5 cmH₂Oで、平均14.1(標準誤差2.48)。最小と最大で3倍近い開きがあります。象牙質の水力学的コンダクタンス(単位圧あたり、どれだけ液が通りやすいか)は、流量と外圧の回帰直線の傾きから3.23×10⁻² µL cm⁻² min⁻¹ cmH₂O⁻¹。これを「自発的な外向き流量÷歯髄組織圧」という別の求め方で計算すると2.80×10⁻²で、両者に有意差はありません(p>0.56)。
興味深いのは、残存象牙質厚とコンダクタンスの間に統計学的な相関がなかったこと(r=0.39・p=0.52)です。厚みだけでは通りやすさが決まらない。なお著者らは、表に載せた厚みは最短の直線距離であって、実際の象牙細管の走行は10〜20%長いと断っています。
この14.1という値を、著者らは過去の報告と並べています。歯髄穿刺法として最も慎重な努力を払ったものと原著が評するAndrewsらの13.6 cmH₂Oとほぼ同じ(原著はこの研究の対象の種を書いていません)。象牙質を残したまま測ったネコの15 cmH₂Oとも非常に近い。一方でサルの22 cmH₂O(歯髄穿刺法)より低く、イヌの33 cmH₂Oの半分以下です(この33は、本文②で「失敗に終わった」と紹介したMoistとYanofの研究の値として原著が引いています。Pashleyらの32.6とは別の研究です)。ただしイヌの測定は窩洞形成から2時間以上経ってから行われており、著者らは歯髄の炎症がある程度反映されている可能性を指摘しています。
そして反対側の極が、歯髄を直接露出させて微小穿刺で測った7.5 cmH₂O(ネコ)です。本研究の値はそのおよそ2倍。著者らは、露出させた歯髄は本来よりコンプライアンス(膨らみやすさ)が高くなるという従来の批判が妥当かもしれないと述べています。測り方が値を作ってしまう、という話です。
⑤なぜ「外向き」なのか、そして麻酔の選び方まで設計のうち
理屈は単純です。歯髄側には組織圧という正の圧があり、外側(口腔側)にはそれがない。だから象牙細管を通じて、液は内から外へ押し出され続けます。スメア層はこの流れに対する抵抗として働くと考えられており、原著も過去の測定が失敗した理由としてスメア層の重要性と、象牙質が液の流れに対して持つ高い抵抗が理解されていなかったことを挙げています。この研究は全例をエッチング後に測っており、スメア層を残した対照はありません。ここで測られているのは「抵抗を外した状態」の流量だけです。
設計上の細やかさは、麻酔の選び方に表れています。血管収縮薬を含まない2%リドカインを選んだのは偶然ではありません。エピネフリン1:100,000を含むリドカインは、イヌで歯髄血流を浸潤麻酔で72%、伝達麻酔で67%低下させると報告されていました。組織圧は血流に比例するはずなので、血管収縮薬を使えば測りたい値そのものが下がってしまう。ヒトでも2%リドカイン単独なら歯髄血流を下げないことが確認されており、だからこの選択になっています(ただし血管収縮薬なしのリドカインは一過性に歯髄圧を上げるという報告もあり、著者らはリドカインの血管拡張作用と整合すると書いています)。
窩洞形成そのものが圧を変えた可能性についても、著者らは正直に検討しています。熱や乾燥の刺激、あるいはその後の局所的な炎症。これについて原著は、著者ら自身が非外傷的とみなす窩洞形成の後のヒト歯髄を多数組織学的に調べ、この研究の実験時間の範囲では炎症がほとんど見られなかったというHolzとBaumeの報告を挙げています(Holzは本論文の共著者でもあります)。そして測定した歯髄圧はおそらく正常に近いという結論は、その前段にあるリドカインと歯髄血流の議論から導かれています。「正常である」ではなく「おそらく正常に近い」という書き方です。
⑥明日の臨床へ:窩底は「乾く面」ではなく「湧き続ける面」
⑦ここだけ、冷静に補助線
5本だけの研究です。対照群はなく、疼痛・術後経過・充填後の変化はいずれも評価していません。対象は12〜15歳の小児の小臼歯で、歯髄腔が大きく細管も太い年代です。著者ら自身、高齢の歯ではコンダクタンスはより低くなると予想されると書いています。成人の、しかも修復の既往がある歯に、この数字をそのまま当てるべきではありません。
方法にも著者らが認める弱点があります。理想的には外圧を予想される歯髄圧の上下にランダムに振るか、上げる順と下げる順を繰り返すべきだったが、技術的な難しさのためにできなかった。また外圧を段階的に上げること自体が歯髄組織圧を押し上げている可能性も残ります(イヌでの検証では、コンダクタンスの計算を大きく誤らせるほどではないとされています)。2通りのコンダクタンスの値が完全には一致しないのは、片方が30〜45分離れた2点だけから計算されているためだろう、とも説明されています。
数字の表記にも揺れがあります。自発的な外向き流量は、表と結果では0.35、抄録と考察では0.36と書かれており、原著の中で揃っていません。四捨五入の差ですが、引用するときは注意が要ります。
それでも、この論文が今も引かれる理由ははっきりしています。歯髄を壊さずに歯髄の圧を測るという方法を、ヒトの生きた歯で成立させたからです。しかも装置は、毛細管の中の気泡ひとつ。接着・覆髄・知覚過敏・歯髄診断のどれを考えるときも、「窩底は外へ向かって湧き続けている面だ」という前提はここから来ています。
今日のひとこと
著者らの結論:この簡便な方法で、象牙細管液の流量・象牙質の水力学的コンダクタンス・歯髄の組織圧の3つを、歯髄を露出させずに測れる。得られた数字は、エッチングして封じていない窩底からは、外圧ゼロでも5本すべてで外向きに液が流れ出ていた(平均 毎分1 cm²あたり0.35 µL)こと、そしてその流れを止めるのに必要な外圧=歯髄の組織圧が平均14.1 cmH₂O(個々は7.5〜22 cmH₂O)だったこと。この値は、同じく象牙質を残したまま測ったネコの15 cmH₂Oや、歯髄穿刺法として最も慎重な努力と原著が評するAndrewsらの13.6 cmH₂Oと近く(原著はAndrewsらの対象の種を記していません)、一方で歯髄を直接露出させて微小穿刺で測った7.5 cmH₂Oのおよそ2倍でした。著者らは、露出させた歯髄はコンプライアンスが高くなるという従来の批判が妥当かもしれないと述べています。筆者の読みでは、この論文の値打ちは数字そのものより「スメア層を取った窩底は、外に向かって液が流れ続けている面である」という事実を、生きた歯で直接見せた点にあります。接着でも覆髄でも知覚過敏でも、前提になる条件です。ただしn=5・対照群なしで、疼痛や術後の経過は評価していません。


