エンド|「有機質の汚れが残っていると蒸気が届かず滅菌できないのでは」という長年の懸念を、細菌を実際に培養して確かめた研究。洗浄法による差も定量した(Van Eldik ほか 2004・Aust Dent J)
使用済みの根管治療用ファイルは再使用します。しかし刃の溝に有機質の汚れ(バイオロジカルデブリ)が残っていると、蒸気が届かずに滅菌が不十分になるのではないか——長く言われてきた懸念です。オーストラリア・アデレード大学のVan Eldikらは、抜去した小臼歯50本の根管に、根管内感染を模した3菌種の培養液(Fusobacterium nucleatum、Porphyromonas gingivalis、Streptococcus mutans を各約10の8乗/mLで混合)を接種し、ステンレスのHファイルとNiTiのロータリーファイルを実際に操作して汚染させました。そのうえで、超音波洗浄(5分)か熱水洗浄器で洗浄し、細菌数を嫌気チャンバー内で培養・定量しています。結果、洗浄そのものは両方とも高い減少率を示しました(Hファイルで超音波99.99%・熱水洗浄器100%、ロータリーで99.76%・99.96%)。ただし「細菌がゼロ」になった本数には差があり、熱水洗浄器では30本中1本にしか細菌が残らなかったのに対し、超音波洗浄では30本中17本に残っています。そしていちばん重要な結果は最後にありました。蒸気滅菌(134℃・27 psi・12分以上)をかけた90本からは、事前の洗浄法やファイルの種類、汚れの有無にかかわらず、細菌が1本も検出されなかったのです。未使用のファイル30本からも細菌は出ませんでした。ただしこれは培養できる細菌の生存を見た研究で、プリオンそのものは検査されていません。今回の3菌種は芽胞をつくらず熱に弱い菌であることを著者ら自身が断っており、著者らは「有機質の除去の重要性を軽んじてはならない」(CJD伝播の理論的リスクと切削効率の維持のため)とも結んでいます。
①「汚れが残っていたら滅菌できない」は本当か
使用済みのファイルを洗浄して、オートクレーブにかけて、また使う。日常の流れです。そのときふと気になります——刃の溝に象牙質の削片や有機質の汚れが残っていたら、蒸気が届かずに滅菌が不十分になるのではないか。
この懸念には理屈があります。有機質が化学的な消毒薬の作用を妨げることは古くから知られていますし、細菌や芽胞を土・油・脂に埋め込むと熱に対する抵抗性が上がるという報告もありました。水分の少ない汚れがファイルに付いていれば、同じことが起きるかもしれない。
2004年、アデレード大学のVan Eldikらはこれを実際に確かめました。結論を先に言うと、蒸気滅菌をかけた90本からは、事前の洗浄法やファイルの種類、汚れの有無にかかわらず、細菌が1本も検出されませんでした。
②ファイルは「クリティカル器材」
感染管理の分類で、無菌の組織に触れる・血管系に入る・口腔粘膜を貫通する器材は「クリティカル器材」とされ、使用前に無菌でなければなりません。根管治療用ファイルはここに含まれます。そしてファイルは再使用する器材です。
著者らは冷静な前置きを置いています。根管治療によって病気が伝播したという証拠は、文献上は見当たらない。ただし適切な感染管理がなければ、器具を介して病原微生物が伝播する現実的な可能性はある——だから調べる価値がある、という立て方です。
当時、ファイルの再使用は洗浄で汚れを完全に除去できるかが不確かであることを理由に厳しく見直されつつあり、再使用・洗浄・滅菌のプロトコルが議論の最中にありました。
③今回の一手:本物の感染根管を模して汚染させる
この研究の丁寧さは、汚染のさせ方にあります。滅菌した抜去歯の根管に、根管内感染に近い菌叢を作ってから、実際にファイルを操作しました。
接種した菌:根管内感染における嫌気性菌と通性嫌気性菌の比率を再現するため、偏性嫌気性菌Fusobacterium nucleatum(ATCC 10953)・Porphyromonas gingivalis(W50)と、通性嫌気性菌Streptococcus mutans(Ingbritt)を各約10の8乗/mLで混合。根管に0.3 mL(約10の7乗個)を注入し、滅菌フィンガースプレッダーでポンピングして全長に行き渡らせた。
器具:ステンレスのHファイル(ISO 15・25・35)とNiTiロータリーファイル(テーパー0.04・0.06・0.08)。各処置につき6群×5本=30本。
汚染の手順:Hファイルは歯冠方向へ60ストローク(刃部の全周に削片が付くよう円周方向にファイリング)、ロータリーは250 rpmで15秒。この群が陽性対照。
洗浄:超音波洗浄(酵素入り洗浄液・5分。1容器10本まで、1回に1容器)または熱水洗浄器。いずれも汚染後ガーゼ上に最大10分置いてから実施。
滅菌:134℃・27 psi・12分以上の蒸気滅菌。
評価:刃部を滅菌ワイヤーカッターで切断して血液寒天培地に置き、嫌気チャンバー内で培養してcfu/mLで定量。有意水準はp<0.05。
④結果:洗浄には差が出た。滅菌は全部消した
洗浄による減少率:Hファイルで超音波99.99%・熱水洗浄器100%、ロータリーで99.76%・99.96%。この指標では2法に統計的な有意差はありません。
「ゼロになった本数」:ここで差が出ました。細菌が検出されたファイルは、熱水洗浄器で30本中1本、超音波洗浄で30本中17本。この差は統計的に有意です。
ファイルの種類:洗浄後に細菌が検出された本数はロータリー14本 対 Hファイル4本で、ロータリーのほうが有意に多く残りました(検出された菌数そのものには有意差なし)。
ファイルの太さ・テーパー:汚染直後はISO 35のHファイルとテーパー0.08のロータリーが同種の細いものより有意に多くの細菌を保持。ただし洗浄後は、太さ・テーパーによる差はなくなりました。
蒸気滅菌:90本すべてで細菌は検出されず。サイズ・テーパー・種類を問わず、事前の洗浄の有無にもかかわらず同じ結果でした。
減少率が99.76〜100%と横並びなのに、「細菌がゼロになった本数」では1本 対 17本という開きが出ている。ここが読みどころです。菌数をほとんど落とすことと、確実にゼロにすることは別の話だということを、この2つの指標が示しています。
⑤なぜ汚れがあっても滅菌は効いたのか
著者らは、汚れが滅菌を妨げるという原則には科学的根拠がないと述べ、本研究と芽胞菌を使った先行研究(Johnsonら)を合わせて、「ファイル上の有機質は蒸気滅菌の効力を落とさない」と提案できる、という慎重な言い方をしています。断定ではありません。
洗浄法の差については、著者らの説明ははっきりしています。熱水洗浄器は、熱水の噴流で汚れを物理的に落とすことに加え、洗浄サイクル中に93℃を10分間保つ加熱そのもので菌を不活化します。一方の超音波洗浄は、音響エネルギーによる物理的除去と洗浄液の化学的作用に頼ります。そして、有機質が化学薬剤の効きを落とすことは古くから報告されている一方、熱に対する同様の阻害はよく記録されていない。著者らは、この違いが「ゼロになる確実性」の差を生んだのではないかと述べています。
ロータリーファイルで残存が多かった点については、著者らは自分たちの別の研究では、ロータリーのほうが汚れの表面積はむしろ少なかったと正直に断ったうえで、表面積の測定は2次元で厚みを捉えられないこと、ロータリーの攻撃的な切削がU字型の溝に汚れを押し込むこと、その溝形態が汚れを保持して細菌を守ることを理由に挙げています。
⑥明日の臨床へ
臨床に持ち帰れること:
・「汚れが少し残っているかもしれないから滅菌が心配」という不安に対して、細菌の生存という点では根拠が示されたということです。滅菌工程そのもの(温度・圧・時間)を正しく回すことが第一。
・とはいえ洗浄を省いてよい話ではありません。洗浄機器を選べる立場なら、熱水洗浄器のほうが「ゼロにする」確実性は高い(1本 対 17本)という具体的な数字が使えます。
・ロータリーファイルは汚れが落ちにくい。テーパーの大きいもの、太いものほど汚染直後の保持量が多く、洗浄後の残存もHファイルより多い。洗浄の手間を器具によって変える理由になります。
読み替えの注意:この研究が調べたのは培養できる細菌の生存だけで、プリオンは検査されていません。そして重要なのは、著者ら自身が「有機質の除去の重要性を軽んじてはならない」と結んでいることです。理由として、CJD伝播の理論的リスクとファイルの切削効率の維持の2つを挙げています。「細菌が死ぬなら汚れは残っていてよい」という読み方は、原著の立場とは逆です。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:蒸気滅菌は、有機質の汚れの有無にかかわらず、ファイル上の細菌をすべて消失させた。超音波洗浄・熱水洗浄器のいずれでも細菌の大部分は除去されるが、「ゼロにする」確実性は熱水洗浄器のほうが高かった(細菌が残ったファイルは30本中1本 対 17本)。筆者の読みでは、この論文の値打ちは「汚れが残っていると滅菌できない」という広く信じられてきた懸念を、細菌の生存という一点に絞って否定した点にあります。ただし調べたのは培養できる細菌の生存だけで、プリオンは検査されていません。そして著者ら自身、CJD伝播の理論的リスクと切削効率の維持を理由に「有機質の除去の重要性を軽んじてはならない」と結んでいます。


