エンド|矯正用のニッケルチタン合金ワイヤーで根管用ファイルを試作し、ステンレス製と曲げ・ねじりの性質を比べた、NiTiファイルの出発点となる実験室研究(Walia・Brantley・Gerstein 1988・J Endod)
湾曲根管で起きるレッジ、ジップ、穿孔、器具の破折。著者らはこれらに共通する原因を、ファイルの材料であるステンレス鋼の「硬さ」に求めました。そこで1988年、マーケット大学のWaliaらは、弾性率がステンレスの4分の1〜5分の1しかない矯正用ワイヤー合金Nitinolから、根管用ファイルを作ることを試みます。直径0.020インチのワイヤーにK型ファイルの溝を直接削り出し、#15・三角断面のファイルを作製。同じ製法で作ったステンレス製ファイルと、先端から3 mmの位置で曲げ・時計回りのねじり・反時計回りのねじりを各5本ずつ比べました。結果、Nitinolファイルは曲げとねじりの両方で2〜3倍しなやかで、ステンレスが約30°の曲げで永久変形し始めたのに対し、90°まで曲げてもほぼ元に戻りました。ねじりに対しても折れにくく、時計回りでは平均1¾回転に対して2½回転、反時計回りでは225°に対して450°まで破断しませんでした。
①湾曲根管のトラブル、根っこは「硬さ」
湾曲した根管を#15から広げていく。サイズを上げるたびにファイルがまっすぐに戻ろうとして、外側の壁を削りすぎる。レッジができる、先端がジップする、最悪は穿孔や器具の破折。エンドをする歯科医師なら、誰もが一度は冷や汗をかく場面です。
この1988年の論文は、そうしたトラブルに共通する原因を、ファイルの材料であるステンレス鋼の硬さに求めました。そして材料そのものを矯正用のニッケルチタン合金「Nitinol」に替えてみたのです。結論を先に言うと、同じ製法・同じ#15で比べたとき、Nitinolファイルは曲げでもねじりでも2〜3倍しなやかで、ねじっても折れにくかった。ただし実験室で各5本ずつを比べた、著者ら自身が「初期の検討」と呼ぶ研究です。
②当時は、ステンレスしかなかった
当時の臨床家は、湾曲根管の形成でさまざまな工夫をしていました。ファイルをあらかじめ曲げておく(プレカーブ)、テレスコピックに段階的に広げる、先端を切って中間サイズを作る、などです。
ステンレスのファイルは、サイズが大きくなるほど大きく硬くなることも知られていました。小さいサイズは根管の湾曲によく沿うのに、大きいサイズではそうはいきません。メーカーは断面形状や設計を変えた新製品を出していましたが、材料はすべてステンレス鋼でした。
そこで著者らが目をつけたのが、矯正のワイヤーに使われていたNitinolです。弾性率(変形のしにくさ)がステンレスの4分の1〜5分の1しかなく、弾性的に変形できる範囲がとても広い合金です。根管用ファイルの材料にこの合金を使った報告は、これが初めてだと著者らは書いています。
③矯正用ワイヤーから、ファイルを削り出す
作り方:通常のK型ファイルは、テーパーをつけて研削した素材をねじって刃を作ります。この研究では、ワイヤーの素材に溝を直接削り出す独自の製法を使いました。Nitinolは曲げ癖がつきにくいため、ねじる製法は難しいと著者らは考えていたからです。
比べたもの:Nitinol製の#15・三角断面のファイルと、同じ製法・同じサイズ・同じ断面のステンレス製ファイル(対照)。ステンレス製は製造元で電解研磨されていて、Nitinol製はされていません。
試験:ADA規格No.28に準じた装置と手動で負荷をかけるトルク計を使い、先端から3 mmの位置で3種類の試験をしました。①カンチレバー曲げ:10°刻みで90°まで。②時計回りのねじり、③反時計回りのねじり:45°刻みで360°まで、その後は90°刻みで破断するまで。
本数と解析:各群5本。各角度でのモーメント(曲げ・ねじりの力)を平均して曲線に描き、しなやかさと破断までの角度を比べました。統計学的な検定はしていません。各角度の5本のばらつき(変動係数)はおおむね10%程度でした。
観察:走査電子顕微鏡(SEM)で、作製直後の先端・刃部と、ねじりで破断した面を観察。
通常のK型ファイルを対照にしなかった理由も書かれています。同じ研究室が以前に7ブランドの#15の曲げ・ねじりを詳しく測っていたこと、そしてNitinolと同じ製法で作った対照が必要だったことです。今回のステンレス製の対照は、以前測ったKerr K-FlexやWhaledentとよく似た曲線を示しました。
④結果1:曲げても、元に戻る
曲げの曲線を見ると、ステンレス製は約30°で先端3 mmの永久変形が始まっていました。一方でNitinol製は90°まで曲げても、大部分が弾性変形のまま。試験後に外して目で見ても、曲がりが残ったものはほとんどありませんでした。
曲げとねじりの両方で、曲線の立ち上がり(初期の傾き=硬さ)はステンレス製がNitinol製のおよそ2〜3倍(目安)でした。ここは著者らも慎重で、トルク計の針が小さい値(0.05インチオンス=3.60 g・cm未満)を読めないため、原点付近の曲線の描き方には判断が入る、と断っています。
⑤結果2:ねじっても、折れにくい
反時計回りのねじり:Nitinol製は大部分が弾性変形のまま、平均450°(1¼回転)で破断。ステンレス製は平均225°(½〜¾回転の間)で破断し、その前の135〜225°で永久変形の平らな区間が見られました。
破断面(SEM):両者で大きな違いはありませんでした。時計回りの破断面はおおむね平らで、ファイルの軸に対して傾いており、三角断面の角の近くだけ平らでない部分がありました。反時計回りの破断面はどちらもかなり平らでした。
意外だったのは、この折れにくさのほうだった、と著者らは書いています。Nitinolは矯正で曲げ癖をつけにくいことで知られていたので、ねじりに対してこれほど粘る(延性がある)とは予想していなかったのです。
⑥なぜ、しなやかなのか
しなやかさの理由は、合金の弾性率の低さです。曲げの初期の傾きは引っ張りの弾性率(ヤング率)に、ねじりの初期の傾きはせん断弾性率に比例するはずで、Nitinolワイヤーのヤング率はステンレスワイヤーの約4分の1〜5分の1。せん断弾性率も同じ比になると著者らは見積もっています。
ただ、実測の傾きの比は2分の1〜3分の1で、理論上の4分の1〜5分の1ほどの差は出ませんでした。著者らはその理由を、小さい角度での曲線の描きにくさと、同じ#15でも断面の寸法に少し差があるためだろうと説明しています。
折れにくさのほうは、合金の延性で説明しています。時計回りのねじりで大きく永久変形してから破断したこと、そしてSEMで刃の縁に沿って金属がめくれ上がった稜線(ロールオーバー)が見えたことが、その裏づけです。この稜線は電解研磨していないNitinol製で目立ち、電解研磨したステンレス製では少なめでした。
プレカーブについても確かめています。#15のNitinolファイルは、ステンレスと同じように曲げ癖をつけることができました。ただ、弾性的に戻る性質が強いので、プレカーブ自体が要らないと考える臨床家もいるだろう、と添えています。
⑦明日の臨床へ
補足(筆者の読み):
・当時の文脈では、この論文は「湾曲根管のトラブルを、術式の工夫ではなく材料で減らせるかもしれない」という発想を初めて数字で示しました。ステンレスで身につけたプレカーブや段階的に広げる方法は、ファイルが硬いことを前提にした工夫だった、と読み直すことができます。
・今の臨床での読み方として、数値をそのまま今のNiTiファイルに当てはめないことが大切です。この研究の対象は、矯正用ワイヤーから削り出した手用の#15で、試験は連続回転ではなく、ゆっくり曲げる・ねじる静的な試験でした(繰り返しの疲労は調べていません)。著者ら自身も、超弾性をうたう新しいNiTiワイヤーや、熱処理で性質を変えられることに触れ、合金と製法の選び方しだいで性質の違うファイルが作れるだろうと書いています。
・「しなやか」と「折れにくい」は別の性質です。この研究でも、しなやかさは弾性率、折れにくさは延性と、著者らは別々の理由で説明しています。NiTiファイルを使うときも、よく曲がることと、折れないことを同じものとして扱わないのが素直です。
・折れ方にも目を向けたいところです。時計回りのねじりでは、両者とも破断の前にかなり永久変形していました。一方、反時計回りでは、Nitinol製は永久変形の平らな区間をほとんど示さないまま450°で破断しています。ただしこれは曲線の読み取りで、著者らは反時計回りと時計回りの曲線は同じ角度の範囲ではよく似ていると書いており、破断前の変形を目で見て確かめてはいません。原点付近の値も不確かです。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
著者らの結論:Nitinolファイルは、ステンレス製ファイルの2〜3倍の弾性的なしなやかさを持ち、時計回り・反時計回りのどちらのねじりにも折れにくかった。しなやかさは合金の弾性率の低さ、折れにくさは合金の延性によるもので、湾曲根管の形成に特に有望と考えられる。筆者の読みでは、この論文の値打ちは「NiTiは折れない」ではなく、根管形成のトラブルの原因をファイルの材料の硬さに求め、材料そのものを替えるという発想を数字で示した点にあります。今のNiTiファイルは製法も合金も使い方も当時とは別物なので、数値をそのまま当てはめず、出発点として読むのが素直です。


