エンド|歯髄診断・可逆性/不可逆性・臨床診断と組織像の一致
「症状と組織像は対応しない」——SeltzerやDummerの古典はそう教えます。では、僕らが毎日使っている「可逆性/不可逆性」の判定も当てにならないのか。基準を文章で定義したうえで、抜いた歯を連続切片にして答え合わせをした研究があります。「残せる」側の判定は57/59=96.6%が的中。ただし「残せない」側は27/32=84.4%でした。
①「残せますか」に、僕らは何を根拠に答えているか
深いう蝕。冷たいものにしみると患者さんは言う。でも自発痛はない。打診も触診も陰性で、X線の根尖部はきれい——さて、残すのか、抜髄するのか。
この判断を、僕らは問診と歯髄診査とX線という「臨床の手がかり」だけで下しています。歯髄の中身を直接見ているわけではありません。ではその判定は、実際の組織の状態とどれくらい合っているのでしょうか。
この論文の著者ら自身、Seltzerら(1963)やDummerら(1980)が臨床所見と組織像のあいだに明確な関連を見出せなかったことを引いたうえで、「自分たちの結果はそれらの研究とは異なる」と述べています。同じ問いに、違う答えが出た研究です。
②なぜ「症状は当てにならない」と言われてきたのか
かつての歯髄炎の分類は、炎症の型と重症度で分けるものでした(急性漿液性歯髄炎、急性化膿性歯髄炎、慢性潰瘍性歯髄炎…)。ところがこの分類は組織像との相関が乏しいことが繰り返し示され、臨床では使いものにならなかった——原著はそう整理しています。
代わって定着したのが、いま僕らが使っている「予後で分ける」分類です。刺激を取り除けば元に戻れる見込みがあるのが可逆性、刺激を取り除くだけでは戻る見込みが乏しく歯髄の一部または全部の除去が要るのが不可逆性。治療方針に直結する、実用的な分け方です。
ただし、その判定が組織の実態と合うかは別の話です。原著が引く2012年のシステマティックレビュー(Mejàreら)は、症状の有無・性質・持続が歯髄炎症の広がりについて正確な情報を与えるかどうか、判断するにはエビデンスが不十分と結論していました。
露髄していれば話は早い。しかし大きな修復物の下、あるいは段階的う蝕除去や間接覆髄を選ぶ場面では、露髄しているかどうかを確かめられません。だから他の手がかりで決めるしかない——ここが、この研究の出発点です。
③今回の一手=基準を文章で決めて、抜いて、連続切片で答え合わせ
イタリアの一般開業医1人の診療所で、5年間に連続して集まった95本(79人・女性50人/男性29人・18〜75歳・平均37.9歳)。抜歯の理由は補綴・歯周・矯正の都合や治療計画上の必要、あるいは患者さんがその歯の治療を望まなかったことで、この研究のために抜いた歯は1本もありません。内訳は未処置のう蝕が58本、アマルガムまたはコンポジット修復が33本、無傷が4本。
この95本を、あらかじめ文章で定義した臨床基準で仕分けます。予後が同じなので「正常歯髄」と「可逆性歯髄炎」はひとまとめにされました。
・自発痛の既往がない
・冷刺激や甘味刺激への感受性は軽度のみ
・歯髄生活反応は正常範囲内、または温度診でわずかに過敏な程度
・刺激で誘発された痛みは数秒以内、または刺激を除くと同時に消える
・全例で打診・触診が陰性
・X線写真で根尖周囲は正常
・受診を促すほどの強い痛み、または痛みの反復エピソード(鎮痛薬の自己服用に至ることも多い)
・痛みは誘発性(温度変化・体位変化・咀嚼)か自発性で、持続性になっていた
・夜間に目が覚める、日常活動が中断される例もあった
・痛みの性質は拍動性・鈍痛・鋭痛とさまざまだが、全例で「重度」
・全例が原因歯の特定に難渋(上下顎を取り違える例も)。耳・側頭部・眼窩部・頸部への放散も
・温度診(温・冷)で過剰反応。刺激を除いても痛みが消えない
・打診は陰性、一部で軽度陽性
・X線で明らかな根尖部の変化はなし(ごく一部で歯根膜腔の拡大のみ)
ここは読み流さないでください。不可逆群でも打診はおおむね陰性、X線の根尖部も明らかな変化なしです。生活反応がなく歯髄壊死が明らかな症例は、根尖性歯周炎の有無を問わず除外されています。つまりこの研究が扱ったのは「まだ生きている歯髄をどちらに振り分けるか」という、いちばん迷う場面です。対照として、う蝕のない上顎大臼歯4本(すべての検査に正常応答)が置かれました。つまり95本=判定対象91本+対照4本です。
抜去後は、髄角が現れるまで注水下で削合してからホルマリン固定・脱灰・パラフィン包埋。歯髄が尽きるまで連続切片を作り、大臼歯では500〜600枚にのぼりました。5枚ごとにHE染色でスクリーニングして最も炎症が強い場所を突き止め、その隣接切片をすべて染色。加えて選んだ切片にはBrown and Brenn変法で細菌を染めています。各歯髄の判定は「観察された最も悪い組織像」を採用。2名(D.R.とS.L.)が別々に評価し、食い違いは合議で決めました。
組織学的な判定基準(Andersonらの基準を一部改変)はこうです。不可逆=冠部歯髄に部分的または全部の壊死があり、ごく小さくてもよいので液化・凝固した領域が生死の好中球に囲まれ、細菌の集塊やバイオフィルムが定着している。可逆=炎症がなかったり萎縮性であったり、慢性炎症細胞が中等度に集まっていても正常な構築を覆い隠さず、壊死も細菌もない。健全=象牙質・前象牙質・象牙芽細胞の複合体に変化がなく、三次象牙質も炎症細胞もない。
④結果——「残せる」は96.6%、「残せない」は84.4%
臨床で「正常歯髄/可逆性歯髄炎」と判定した59本のうち、組織学的にも可逆と判定されたのは57本=96.6%。臨床で「不可逆性歯髄炎」と判定した32本のうち、組織学的にも不可逆だったのは27本=84.4%でした。
「残せない」と判定(不可逆性歯髄炎・32本)
面白いのは外れた7本の中身です。「残せる」と判定して外れた2本は、いずれも組織学的には不可逆でした。1本は3年前の大きな近心コンポジット修復の歯で、髄室内に膿瘍があり、残存象牙質(0.2mm)の細管が細菌に埋め尽くされていた。もう1本は20歳女性の下顎第三大臼歯で、深い咬合面う蝕がありながら、訴えは冷刺激へのわずかな感受性だけで歯髄診査も正常範囲内。切片を見ると近心髄角に限局した微小膿瘍があり、そこから少し離れれば歯髄は正常な像を保っていました。
逆に「残せない」と判定して外れた5本(15.6%)は、組織学的には可逆でした。う蝕の影響を受けた象牙細管の直下に炎症細胞が限局して集まり、血管が拡張し、三次象牙質が旺盛に作られてはいたものの、壊死も細菌感染もなかったのです。強い痛みで受診し、抜髄を勧められた歯が、実は残せる歯髄だった——そういう歯が約6本に1本あったことになります。
もう一つ、静かだけれど効く発見があります。臨床的に「正常歯髄」とされた歯で、組織学的に「健全」だったものは1本もありませんでした。健全な歯髄を示したのは、無傷の対照4本だけ。修復物の下の歯髄は、明らかな炎症がなくても、散在する炎症細胞・充血した血管・線維化・象牙芽細胞層の減少・三次象牙質という「normalityからの逸脱」を必ず抱えていました。著者らはここから、可逆性歯髄炎の歯髄は正しく処置しても無傷の歯の組織像には二度と戻らないのではないか、と示唆しています。ただしその歯髄は生き続けて機能する、とも添えています。
⑤なぜ今回は一致したのか——基準を言葉で定義し、細菌まで見た
先行研究と結果が分かれた理由について、著者らは3つを挙げています。臨床の診断基準を定義したこと、組織学的な判定基準を定義したこと、そして連続切片と組織細菌学的処理という手法の改善です。過去の研究の多くは細菌染色をしておらず、歯髄への細菌の定着の有無が組織診断に織り込まれていませんでした。著者らは、この種の解析を可逆性/不可逆性の判定に系統的に組み合わせたのは本研究がおそらく初めてだ、としています。
ここで大事なのは、この研究の組織学的な基準そのものが「壊死+細菌の定着」で不可逆を定義していることです。細菌がいるかどうかを組織診断に正面から組み込んだ——それがこの研究の特徴であって、結果として出てきた発見ではありません。読むときはそこを分けておきたいところです。
そのうえで本研究が示したのは、明らかな露髄の前でも不可逆になりうるということ。う蝕は象牙質を壊しながら歯髄に近づき、露髄すれば歯髄はう蝕バイオフィルムの細菌と直接触れて重度の炎症→壊死→感染へ進みます。ただし非常に深く広範なう蝕では、露髄していなくてもバイオフィルムの下の象牙細管に細菌が大量に侵入し、いわば「機能的露髄(functional exposure)」を作ってしまうからです。
⑥明日の臨床へ——基準は「束」で使う。特に不可逆の判定こそ慎重に
第一に、この96.6%は「6項目が全部揃ったとき」の数字です。自発痛の既往がなく、しみるのは軽度で数秒で消え、打診も触診も陰性で、X線の根尖部が正常。この束が揃ってはじめて「高い確率で組織も可逆」と言えます。1つでも外れたら、この数字は自分の症例には使えません。症状ひとつを取り出して翻訳する読み方ではなく、基準の束として当てはめる——ここがこの論文の使い方です。
第二に、「残す」判断の後押しになります。臨床で「残せる」と判定した59本には、連続切片のどこにも露髄がありませんでした。そして組織学的に可逆と判定された歯髄には、細菌の侵入が一度も見られなかった。露髄していない深いう蝕で、上の6項目が揃っているなら、歯髄温存に舵を切る根拠がある。深いう蝕を見ると反射的に抜髄へ寄りがちですが、その反射を一度止める材料になります。
第三に、そして最も実務的なのは、外れやすいのは「残せない」側だという事実です。一致率84.4%の裏返しで、15.6%=約6本に1本は、抜髄しなくてよかった歯髄でした。「残せる」側も2本(3.4%)が外れていますが、そちらは不可逆を見逃す向きの誤りで、しかも数はずっと少ない。だからこそ不可逆の判定は慎重に。う蝕を除去して露髄の有無を直接確かめられる場面なら、確かめてから決める。診断名を先に決めて処置を選ぶのではなく、確かめられる情報を全部使ってから決める、という順番です。
一般開業医1人の診療所で集まった連続症例95本(判定対象91本+対照4本)=単施設の小規模研究です。抜歯理由は本研究と無関係とはいえ、抜歯に至った歯であって、日常のすべての歯を代表するわけではありません。臨床診断者と組織評価者を分けた(盲検化した)という記載も論文にはありません。著者ら自身、不可逆性歯髄炎の判定については「より信頼できる歯髄診断の手段が今なお必要」と結んでいます。それでも、基準を言葉で定義しさえすれば臨床診断は組織像とよく一致する、と示した点でこの論文は貴重。SeltzerやDummerの古典が突きつけた「症状は組織を語らない」の、その先を見せてくれる一本です。
今日のひとこと
症状ひとつでは歯髄の中身を語れない。けれど基準を「束」にして当てはめれば、「残せる」の判定は96.6%が組織像と一致した。外れやすいのは「残せない」側で、一致率84.4%の裏返しの15.6%は抜髄しなくてよかった歯髄だった。だから残す判断より、抜く判断こそ慎重に。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


