1問1答 論文 エンド

酸とアルカリ、象牙質を越えて歯髄まで届く?

1問1答 論文 エンド

エンド|ヒト抜去智歯の歯冠を2つの液槽の仕切りにし、窩洞側に置いた材料・酸・アルカリで、反対の歯髄側の液のpHが変わるかを最長16〜20日追った古典(Wang&Hume 1988・Int Endod J)

水酸化カルシウムは高いpHで歯髄に働きかける。酸エッチングの酸は歯髄に届くかもしれない——どちらも「象牙質の向こうでpHが変わる」ことを前提にした話です。オーストラリアのWangとHumeは、この前提を直接確かめました。18〜24歳から抜いた埋伏智歯の歯冠を、象牙質の厚さ約2 mmの窩洞にして2つの液槽の仕切りにし、窩洞側に材料や酸・アルカリを置いて、歯髄側の生理食塩液のpHを測り続けたのです。結果は予想に反していました。水酸化カルシウム粉末もDycalもリン酸亜鉛セメントも、16日間、歯髄側のpHを対照と有意に変えませんでした。0.1 Nの塩酸でも同じです。一方、別の歯(両側の液槽を同じ液で満たした各9本)で調べると、トリチウムで標識した水は象牙質を通り抜けていました。pHを動かしたのは、2 mmの穴で露髄させた上のDycal(1時間でpH 9.78)、50%の乳酸(1時間後から有意、8日後2.85)とクエン酸(1日後から有意)、そして8日目以降の0.1 N水酸化ナトリウムでした。なお、対照を含む全群で歯髄側のpHは最初の1時間に6.54前後から7.3前後へ上がっており、比べているのは対照との差です。著者らは、象牙質そのものが酸を強力に中和(緩衝)しているためと考えています。

論文
Diffusion of hydrogen ion and hydroxyl ion from various sources through dentine
著者
J.-D. Wang(University of Adelaide 歯学部。本務は北京医学院 口腔医学部)、W. R. Hume(University of Sydney・Westmead Hospital Dental Clinical School)
掲載
International Endodontic Journal 1988;21(1):17-26
種類
抜去歯を使った実験室研究(in vitro)。全身麻酔下で抜いた18〜24歳の埋伏第三大臼歯を使用。歯根と歯髄を除き、咬合面に大きな窩洞を作って象牙質の厚さを2.0±0.2 mmにそろえ、歯冠をワックスで2つの液槽(各4 mLの緩衝していない生理食塩液)の仕切りにした。窩洞側にZOE・リン酸亜鉛セメント・水酸化カルシウム粉末(上をZOEで覆う)・Dycal(露髄なし/0.8 mm・2.0 mmの露髄の上)、または塩酸・水酸化ナトリウム・リン酸・クエン酸・乳酸を濃度別に置き、歯髄側の液のpHを最長16〜20日測定。ワックスを詰めた歯を対照とした。あわせて①16日後の象牙質を3層に削ってpHを測定②0.1 N塩酸・生理食塩液・0.1 N水酸化ナトリウムの各9本でトリチウム標識水の透過を比較③象牙質の削片とハイドロキシアパタイトに酸・アルカリを少しずつ加えて緩衝能を調べた。統計はStudentのt検定。オーストラリア国立保健医療研究評議会の助成による
PMID
3273292

そのpH、本当に歯髄まで届いている?

深い窩洞に水酸化カルシウム製剤を裏層する。高いpHが歯髄に働きかけて、硬組織の形成を促してくれる——そう習いました。逆に、象牙質に強い酸を塗れば、その酸が歯髄を傷めるかもしれない、とも。どちらも「象牙質の向こう側でpHが変わる」ことが前提です。では、その前提を実際に測った人はいたのでしょうか。

1988年のこの実験が、正面から測りました。結論を先に言うと、厚さ約2 mmの象牙質を挟むと、水酸化カルシウム粉末・Dycal・リン酸亜鉛セメント・0.1 Nの塩酸のどれを置いても、歯髄側の液のpHは16日間、対照と有意差がありませんでした(対照を含む全群で、最初の1時間に6.54前後から7.3前後へ上がっています)。一方、50%の乳酸・クエン酸では下がり、2 mmの穴で露髄させた上のDycalと、8日目以降の0.1 N水酸化ナトリウムでは上がりました。抜去歯を使った実験室の研究である点は、最初に押さえておきます。

「小さな分子ほど通る」はずだった

当時は、シリケートセメントによる歯髄の反応はリン酸が歯髄まで拡散するため、酸エッチングも酸が直接歯髄を傷める可能性がある、と考えられていました。水酸化カルシウムについても、歯髄組織のpHが変わることで石灰化が進む、と説明されていました。ただし、水酸化カルシウムについては、そうした離れた場所でのpH変化の直接の証拠はない、と著者らは指摘しています。

一方、Pashleyらの一連の研究は「象牙質の透過性は分子が小さいほど高い」ことを示していました。水素イオン(実際にはヒドロニウムイオン)も水酸化物イオンも、水と同じくらい小さい。素直に考えれば、水と同じように象牙質をすいすい通るはずです。本当にそうなのかを、pHで直接確かめたのがこの研究です。

歯冠を「仕切り板」にして測る

歯:全身麻酔下で抜いた18〜24歳の埋伏第三大臼歯。抜歯後は緩衝していない生理食塩液に3〜24時間保存。
仕掛け:エナメル-セメント境で歯根と歯髄を切り離し、咬合面から大きな窩洞を注水下で形成。ノギスで10か所を測り、象牙質の厚さを2.0±0.2 mmにそろえる。歯冠をワックスで2つの液槽の間に封じ、窩洞側と歯髄側をそれぞれ4 mLの生理食塩液で満たしました。
窩洞側に置いたもの:①臨床の材料=ZOE、リン酸亜鉛セメント、水酸化カルシウム粉末(水で練り、上をZOEで覆う)、Dycal。Dycalは露髄なしのほか、直径0.8 mmと2.0 mmの穴で意図的に露髄させた上にも置いた。②液体=塩酸と水酸化ナトリウム(各0.1・0.01・0.001 N)、リン酸(0.1 Nと50%)、クエン酸、乳酸(0.1 Nと50%など)。対照はワックスを詰めた歯。
測ったもの:(1)歯髄側の液のpHを最長16〜20日。(2)16日後に象牙質を歯髄側・中間・窩洞側の3層に削り、削片のpH。(3)別の歯で、トリチウムで標識した水(³H₂O)が歯髄側へ抜ける割合。(4)象牙質の削片とハイドロキシアパタイトに酸・アルカリを少しずつ加えたときのpH(緩衝能)。

ポイントは、pHという「イオンの動き」と、標識した水という「水の動き」を、並べて見たことです。ただし標識した水の実験は、pHを測った歯とは別の歯(両側の液槽を同じ液で満たした各9本)で行われています。

結果1:材料を置いても、歯髄側のpHは動かない

0 4 8 12 16日後の歯髄側の液のpH 7.25 7.12 7.18 7.57 7.13 7.23 10.35 対照(ワックス) ZOE リン酸亜鉛セメント 水酸化Ca粉末 Dycal露髄なし Dycal露髄0.8mm Dycal露髄2.0mm 原著の表Iの16日後の平均値(各群3〜6本)。対照と有意差があったのは露髄2.0mmのDycalだけ(1時間後から16日後まで全時点・P<0.001)。象牙質の厚さは約2 mm
窩洞に材料を置いて16日後の、歯髄側の液のpH(原著の表I)。対照と有意差があったのは露髄2.0 mmのDycalだけ
露髄なし:ZOE、リン酸亜鉛セメント、水酸化カルシウム粉末、Dycalのどれも、1時間後から16日後まで、歯髄側のpHに検出できる変化はありませんでした。16日後の値は対照7.25に対して、水酸化カルシウム粉末7.57、Dycal 7.13、リン酸亜鉛セメント7.18です。
露髄0.8 mm:Dycalを置いても、全時点で対照と有意差なし(16日後7.23・3本)。
露髄2.0 mm:Dycalを置くと、1時間後にはpH 9.78。その後も10台が続き、16日後は10.35。すべての時点で対照と有意に高くなりました。

ただし、象牙質のには変化がありました。16日後に象牙質を3層に削って測ると、水酸化カルシウム粉末の下では窩洞側9.66・中間9.07・歯髄側8.88と、窩洞から歯髄に向かって下がるアルカリの勾配ができていました(対照は3層とも8.3〜8.4)。Dycalや0.1 N水酸化ナトリウムの下でも同様です。一方、リン酸亜鉛セメントの下には、酸性側の勾配は見られませんでした。水酸化カルシウム材料の下では「アルカリは象牙質に染み込んでいるが、歯髄側の液までは出てこない」という像です(0.1 N水酸化ナトリウムは8日目から歯髄側の液でも有意に上昇)。

結果2:塩酸は通らず、50%の有機酸で下がった

0 3 6 9 2日後の歯髄側の液のpH 7.06 7.13 6.55 7.01 6.44 6.19 6.78 5.08 対照(ワックス) 塩酸0.1N リン酸0.1N リン酸50% クエン酸0.1N クエン酸50% 乳酸0.1N 乳酸50% 原著の表IIIの酸7群すべてと表Iの対照の2日後の平均値(各群3〜9本)。オレンジ=対照と有意差あり(P<0.05)。50%の乳酸は1時間後、50%のクエン酸は1日後から有意に低下。この2群は4日目に歯冠が完全に脱灰したため、それより前の2日後を示した
窩洞に酸を入れて2日後の、歯髄側の液のpH(原著の表IIIの酸7群すべてと、表Iの対照)。オレンジ=対照と有意差あり

意外だったのは酸の結果です。0.1 Nの塩酸は、16日間、歯髄側のpHを対照と有意に変えませんでした。50%のリン酸も、16日間を通して有意な変化はなし。塩酸やリン酸のような強い無機酸は、象牙質をほとんど通らなかったのです。

対照的に、弱い有機酸はよく通りました。50%の乳酸は1時間後(6.63)から有意に下がり、2日後には5.08。50%のクエン酸は1日後(6.54)から有意に下がり、2日後6.19。この2群では、4日目に歯冠そのものが完全に脱灰してしまいました。0.1 Nのリン酸・クエン酸・乳酸でもpHはやや下がりましたが、有意差はつかず、0.1 Nの塩酸では下がる様子すらありませんでした。

アルカリはその中間です。0.1 Nの水酸化ナトリウムは、6日目の測定までは対照と有意差がなく、8日目(8.55)から有意に上昇し、16日後には10.22に達しました。0.01 N・0.001 Nの塩酸と水酸化ナトリウムでは、どの時点でも変化はありませんでした。

水は通るのに、イオンは通らない

「象牙質がふさがって何も通らなくなっただけでは?」という疑問に答えるのが、別の歯(両側の液槽を同じ液で満たした)で行った標識した水の実験です。窩洞側の濃度に対する歯髄側の割合は、16日後に生理食塩液の歯で33.4%、0.1 N水酸化ナトリウムで30.2%とほぼ同じでした。0.1 N塩酸の歯では、最初の2時間はむしろ生理食塩液より多く通り(1時間後0.1134% 対 0.0616%)、8日目以降は少なくなって16日後は18.9%でした。著者らはこれを、イオンの動きが検出できなかった時期にも、水の透過はほぼ保たれていたと解釈しています。

では、イオンはどこへ消えたのか。象牙質の削片とハイドロキシアパタイトに塩酸を少しずつ加えると、水だけならすぐに下がるpHが、両者ではしばらくほとんど動きませんでした。象牙質の削片は、ハイドロキシアパタイトよりも最初からアルカリ寄りで、酸を加えたときのpHの下がり方もゆっくりでした。水酸化ナトリウムに対しても緩衝は働きましたが、酸ほど強くはありませんでした。

著者らの解釈はこうです。酸の水素イオンは、象牙質のハイドロキシアパタイトを溶かしながらその場で中和(緩衝)されて消える。塞がったからではない根拠として、薄い酸が濃い酸より通りやすいわけではなかったこと、標識した水の透過は大きく落ちなかったことを挙げています。弱い有機酸がよく通った理由は、分子のまま(電離せずに)移動して緩衝をすり抜けた、あるいはカルシウムをキレートして緩衝を妨げた、という2つの可能性を示していますが、いずれも推測の段階だと著者ら自身が断っています。

明日の臨床へ

著者らの結論:強い酸の水素イオンは、弱い酸や標識した水に比べて象牙質をほとんど通らなかった。その理由は、ハイドロキシアパタイトなど象牙質の成分による緩衝である可能性が非常に高い。水酸化物イオンも水より通りにくかった。
補足(筆者の読み):
間接覆髄の水酸化カルシウムについて。約2 mmの象牙質越しに水酸化カルシウム粉末やDycalを置いた条件では、歯髄側の液のpHは対照と有意差がなく、アルカリは象牙質の中にとどまっていました(抜去歯)。水酸化カルシウムの働きを「歯髄のpHが上がるから」とだけ説明するのは、少なくともこの条件では当てはまりません。材料で高いpHが歯髄側に届いたのは、Dycalを2 mmの露髄の上に置いたときでした(0.8 mmの露髄では有意差なし)。
リン酸亜鉛セメントは表面のpHが低いことで知られますが、その下の象牙質にも歯髄側の液にも酸性化は見られませんでした。著者らは、この材料が臨床で受け入れられてきたことと矛盾しない、と述べています。
酸エッチングについては、著者らは「試した無機酸は、とくに短時間なら、歯髄を直接傷めない可能性が高い」とする一方、スメア層を除くことで他の化学物質や細菌が入りやすくなる可能性は強く残ると明記しています。「酸が届かないから何をしてもよい」とは書いていません。
・むしろ注意したいのは弱い有機酸です。むし歯の細菌が作る乳酸のような酸は象牙質をより通りやすく、歯髄の細胞を傷めうる、と著者らは考察しています。象牙質(歯冠や根面)のクエン酸処理も、リン酸より歯髄側へのイオンの流れを起こしやすいかもしれない、とし、さらに検討が要るとしています。

ここだけ、冷静に補助線

読むときの補助線:まず、これは抜去した智歯を使った実験室の研究で、歯髄も血流もありません。生きた歯では、歯髄の圧で象牙細管の中を液が外向きに流れていますが、その影響はこのモデルに入っていません。著者らも「生体外と生体内のあいだの外挿には通常の注意が要る」と書いています。第二に、象牙質の厚さは約2 mmにそろえてあります。これより薄い、露髄寸前の深い窩洞で同じことが言えるかは分かりません。第三に、pHの検出は定性的で、歯髄側は緩衝していない生理食塩液でした。著者らは「大まかなイオンの流れをとらえる設計」と位置づけています。第四に、本数が少なく、記載に食い違いもあります。材料群は3〜6本、表IIの0.01 N・0.001 Nの塩酸と水酸化ナトリウムは各1本のデータで、方法の記載(各6本)と一致しません。50%リン酸も方法では6本、表IIIの脚注では「9本中1本」と書かれています。50%乳酸が有意に下がり始めた時点も、表と結果では1時間後、考察では2時間後です。そして検定は時点ごとのt検定の繰り返しです。第五に、Dycalは1988年当時の製品で、今の材料とは組成が同じとは限りません。それでも、「象牙質越しにpHが変わる」という広く信じられていた前提を、水の透過と並べて実測で確かめたこの設計は明快で、覆髄や裏層の意味を考え直すきっかけをくれる1本です。

今日のひとこと

著者らの結論:強い酸の水素イオンは、弱い酸の水素イオンや標識した水に比べて象牙質をほとんど通らなかった。その理由は、象牙質のハイドロキシアパタイトなどによる緩衝である可能性が非常に高い。水酸化物イオンも水より通りにくかった。筆者の読みでは、この論文の値打ちは「象牙質越しにpHが変わる」という暗黙の前提を、実際に測って崩した点にあります。材料の中で高いpHが歯髄側まで届いたのは、Dycalを2 mmの露髄の上に置いたときだった——ただし抜去歯の実験で、歯髄の血流も象牙細管内の液の流れもない条件です。

Wang J-D, Hume WR. Diffusion of hydrogen ion and hydroxyl ion from various sources through dentine. Int Endod J. 1988;21(1):17-26. PMID: 3273292
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。