9種類の口腔細菌を混合培養槽(ケモスタット)で育て、毎日ブドウ糖を加えたあと6時間、pHの下限を5.5・5.0・4.5に固定して10日間続け、菌の顔ぶれの変化を数えた実験研究(Bradshaw & Marsh 1998・Caries Research)
糖を頻繁に摂るとう蝕が増え、う蝕の多い人ではミュータンス菌が多いという報告も多くあります。では、ミュータンス菌を増やしているのは「糖そのもの」なのか、「糖から作られる酸」なのか。口の中では、この2つは必ず同時に起きるので切り分けられません。英国のグループが、pHを人工的に固定できる培養槽で確かめました。
①ミュータンス菌を増やすのは「糖」か「酸」か
糖を頻繁に摂るとう蝕が増えることは、動物実験でも人を対象にした研究でも示されてきました。う蝕の多い人ではミュータンス菌(MS)が多いという報告も多い一方、糖の摂取そのものでMSが増えるかは、研究によって結果がまちまちでした。
その仕組みには2つの説がありました。MSはほかの菌より糖を取り込むのがうまいという説と、MSは糖から作られる低いpHに耐えられるという説です。ところが口の中では、糖を摂れば必ずpHが下がるので、この2つを切り分けられません。
著者らは1989年に、同じ培養系で「pHを7に保ったまま糖を加えてもMSは選ばれず、pHが下がるのを許したときだけ増えた」ことを示していました。今回はさらに、pHの下限を5.5・5.0・4.5に固定して、どのpHで群集の変化が起きるのかを細かく調べました。
②9種の口腔細菌を、pHの下限を変えた培養槽で10日間
50%ブドウ糖5 mL(槽内28 mM)を1日1回、10日間加えた。糖を加えたあと6時間は、pHが下限(5.5・5.0・4.5のいずれか)より下がらないよう水酸化ナトリウムで保ち、6時間後に試料を採ってからpH 7に戻して、18時間後に次の糖を加えた。下限ごとに別の培養槽を使った。
菌数は、希釈して選択培地・非選択培地にまき、コロニーを数えた(log CFU/mLと総菌数に占める割合)。乳酸・酢酸・プロピオン酸も測定した(下限5.5の槽は未測定。乳酸の濃度はpHの下がり方と一貫した関係がなく、最高は制御なしの55 mM)。
pH 7に固定した条件と、pHを制御しない条件は、著者らの1989年の研究のデータと比べている。
③結果その一——酸に強い菌は、pHの下限を下げるほど増えた
pHを7に保ったまま糖を加えると、どの菌も数は増えましたが、著者らの表現では群集のバランスは「比較的」変わらず、S. mutansは1.0%、L. rhamnosusは0.2%のままでした。
pHの下限を下げると様子が変わります。S. mutansは5.5で4.2%、5.0で7.9%、4.5で9.6%、L. rhamnosusは2.4%、6.2%、13.9%と、下限が低いほど割合が増え、数そのものもpH 7のときより多くなりました。pHを制御しない条件では、S. mutans 18.9%、L. rhamnosus 36.1%に達しています。L. rhamnosusは糖を加えるたびに段階的に増えていきました。
いちばん多かったのは、乳酸を利用するV. disparで、下限5.5で77.0%、5.0で69.1%、4.5で60.8%を占めました。
④結果その二——健康側の菌は、下限4.5まで10⁷前後の数にとどまった
pH 7で優勢だった、酸に弱いS. gordonii・S. oralis・P. nigrescens・F. nucleatumは、pHの下限を下げると割合は下がりました。数もpH 7のとき(log 7.67〜8.32)より減りましたが、下限5.5〜4.5の3条件では10⁷/mL前後(log 6.85〜7.63)にとどまりました。
変化がはっきりしたのはpH 4.5です。P. nigrescens・F. nucleatum(表ではS. gordoniiも)の数が、わずかに10⁷を下回り(log 6.85〜6.90)、N. subflavaは3回目の糖以降、検出されなくなりました。そしてS. mutansとL. rhamnosusの合計(23.6%)が、pH 7で優勢だった4菌種の合計(15.7%)を上回りました。下限5.5(6.7%対16.3%)と5.0(14.1%対16.8%)では、まだ逆転していません(合計は原著本文の値。表の値から足すと小数点以下がわずかに異なります)。
pHを制御しない条件(以前の研究)では、P. nigrescensは0.0006%、F. nucleatumは0.00002%まで激減し、L. rhamnosus・S. mutans・V. disparの3種で96%超を占めました。
⑤著者らのモデル——pHの下がり方で、群集は段階的に崩れる
著者らは、この結果から次の段階モデルを提案しています。pHの低下が小さい(5.5以上)うちは、酸を作る菌も酸に弱い菌もほとんど影響を受けない。5.5〜5.0まで下がると、酸に強い菌が増えるが、健康と結びつく菌も多く残り、競合や抗菌物質で酸を作る菌の働きを抑え続ける。4.5以下まで下がると、健康と結びつく菌が抑えられて均衡(ホメオスタシス)が崩れ、場合によっては元に戻らない——というものです(なお本研究の下限5.5の槽でも、割合はすでに大きく動いていました)。
著者らはまた、群集の均衡が崩れたpH(4.5以下)は臨界pH(5.0〜5.5)より低いものの、う蝕のエナメル質ではpHが4.0前後まで下がりうること、S. mutansと乳酸菌は低いpHまで下がって初めて増えたこと、そしてS. oralisやS. gordoniiのようなMS・乳酸菌以外の菌も、脱灰しうるpHで数を10⁷前後に保って生き残れた(著者らの言葉では “thriving”)ことを挙げ、う蝕の始まりにはより幅広い菌が関わりうると述べています。これは、局所の環境の変化(ここでは低いpH)が常在菌のバランスを崩して病気につながるという、Marshの「生態学的プラーク仮説」と一致する、としています。
そのうえで、菌の酸産生を抑える手段があれば、このような群集の変化を防げるかもしれない、と述べ、同じ系でフッ化物やキシリトールが酸産生を和らげ、MSの増加を防いだ自分たちの以前の研究を挙げています。
⑥明日の臨床へ
②pHの下がり方を左右するのは、糖の量と回数、唾液の流れる速さ、ほかの食品、フッ化物などだと、著者らはモデル図の注記で挙げている。食事指導で「糖の回数」を聞く理由の説明につながる(この点は筆者の読み)。
③MS以外の菌も、脱灰しうるpHで10⁷前後の数を保った。菌の検査の数字だけで、う蝕のリスクを語りきれない一つの理由になる(この点は筆者の読み)。
④4.5や5.5という数字は、培養槽での値である。口の中のプラークで、この値がそのまま群集の分かれ目になると示したわけではない。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
ブドウ糖を加えても、pHを7に保つと群集のバランスは著者らの表現で「比較的」変わらず、S. mutansは1.0%、L. rhamnosusは0.2%にとどまった(以前の研究のデータ)。pHの下限を下げるほど両菌の割合は増え、S. mutansは5.5で4.2%・5.0で7.9%・4.5で9.6%、L. rhamnosusは2.4%・6.2%・13.9%、pHを制御しない条件では18.9%と36.1%になった。一方、健康と結びつく菌(S. gordonii・S. oralis・P. nigrescens・F. nucleatum)は、pH 7のとき(log 7.67〜8.32)より数は減ったが、下限5.5〜4.5の3条件では10⁷前後(log 6.85〜7.63)にとどまった。pH 4.5ではN. subflavaが検出されなくなり、制御なしではP. nigrescensとF. nucleatumが激減した。著者らは、酸による選択圧の強さに応じて群集が段階的に崩れるモデルを提案している——ただし9種の浮遊菌を培養槽で育てた実験で、条件ごとに1回ずつの結果である。


