焼結ジルコニア平板100枚に唾液を5分塗り、空気乾燥のみ・水洗・Ivoclean・アルミナブラストで処理してから、2種類のレジンセメント(Multilink Automix/RelyX Ultimate)のせん断接着強さを比べた実験研究(Radain 2018・ボストン大学 博士論文)
ジルコニア冠を口の中で試適すれば、内面には唾液がつきます。「水でよく洗って乾かしてから接着」で済ませている場面もあるはずです。その水洗で、接着はどこまで戻るのか。ボストン大学の博士論文が、ジルコニア平板で確かめました(試験管内の実験)。
①試適のあと、冠の内面には唾液がついている
ジルコニア冠を口の中で試適し、適合と咬合を確認する。そのとき、冠の内面には唾液がつきます。そこから接着までの間に、何をしていますか。
「水でよく洗って、乾かしてから接着」——手軽で、よく見る流れです。一方で、ジルコニアは唾液に含まれるリン酸基と強く結びつき、MDPが結合するはずの場所を先に塞いでしまう、という考え方があります。水で流しただけで、その汚れは取れているのか。
ボストン大学の博士論文(Radain 2018)は、この問いをジルコニア平板で確かめました。
②唾液を塗ったジルコニアを、4通りに処理してから接着
処理5群=①汚染なし(対照)②唾液のみ(マイクロブラシで唾液を5分→エア5秒)③唾液→水洗(水10秒→エア5秒)④唾液→水洗→Ivoclean(20秒塗布→水洗10秒→エア5秒)⑤唾液→水洗→アルミナブラスト(100 µm・約10 mm・2 bar・10秒。原著はこの段落の続きに「全試料を超音波洗浄5分」と記載し、ブラスト群のみか全群かは読み取れない)。唾液は健康な非喫煙者1人から採取し、すぐに使用。
セメント=Multilink Automix(Monobond Plus 60秒+Multilink Primer A/B)とRelyX Ultimate(Scotchbond Universal 20秒)。
Ultradentの治具で直径3.38 mmのセメント円柱を接着し、37℃の水中に24時間置いてからせん断試験(0.5 mm/分)。破断面は15倍で観察し、界面で剥がれた(接着破壊)かセメントの中で割れた(凝集破壊)かを記録した。統計は一元配置分散分析+Tukey法。
ポイントは、処理の順番が「唾液→水洗」を共通の土台にして、その上にIvocleanやブラストを足していく形になっていることです。水洗の上に何を足すと、どこまで戻るかが並んで見えます。
③結果その一——唾液は、どちらのセメントでも接着を下げた
汚染なしと唾液のみを比べると、Multilink Automixは4.90→1.57 MPa、RelyX Ultimateは2.86→2.11 MPa。どちらも有意に下がりました。
破断面はさらに対照的です。汚染なしの群は2種とも10本すべてがセメント内の凝集破壊だったのに対し、唾液のみの群は2種とも10本すべてが界面での接着破壊で、ジルコニア表面にセメントが残っていませんでした。
④結果その二——水洗だけで戻るかは、セメントで分かれた
ここがこの論文でいちばん読み飛ばされやすいところです。
RelyX Ultimateでは、唾液→水洗の群は1.73 MPaで、唾液のみ(2.11 MPa)と有意差がなく、汚染なし(2.86 MPa)より有意に低いままでした。破壊様式も10本すべてが接着破壊です。水で流しても、唾液がついたままの群と有意差がなかった、ということです。
一方Multilink Automixでは、唾液→水洗の群は4.70 MPaで、汚染なし(4.90 MPa)と有意差がなく、唾液のみ(1.57 MPa)より高くなりました。破壊様式は10本中8本が凝集破壊です。
著者はこの違いを、Multilink Automix側の前処理に理由を求めています。Monobond Plusのあとに使うMultilink Primer A/Bにもリン酸基があり、ジルコニアに結合できるリン酸基が多くなるためではないか、という解釈です(検証はされていません)。「水洗で足りた」のは、特定のセメントの系での話と読むのが正確です。
⑤結果その三——Ivocleanは汚染なしと同等以上、ブラストは2種とも最も高かった
Ivocleanで処理すると、Multilink Automixは10.9 MPa(汚染なしより有意に高い)、RelyX Ultimateは3.10 MPa(汚染なしと有意差なし)でした。アルミナブラストは、Multilink Automix 13.7 MPa、RelyX Ultimate 6.34 MPaで、2種ともすべての群より有意に高い値でした。この4群はいずれも10本すべてが凝集破壊です。
ただし、読み方には注意が要ります。ブラスト群は、汚染を落とすだけでなく、汚染なし群が受けていない「表面を粗くする処理」も受けています。なお著者は、ブラストとIvocleanが汚染なしを上回った理由を、取り扱い中についた別の汚れまで落としたからではないかと考察しています。つまり「ブラストが最強の洗浄法」というより、「未処理の平板より、ブラストした平板のほうがよく着いた」という結果も含んでいます。
⑥明日の臨床へ
②表面の処理をやり直す。この研究では、Ivocleanは2種とも汚染なしと同等以上、アルミナブラストは2種とも最も高い値だった。
③ブラストの数字は「洗浄+粗造化」の結果として読む。技工所ですでにブラストされた冠を試適後にもう一度ブラストした場合に、Ivocleanより上回るかは、この研究では分からない。
④セメントは、プライマーまで含めた「系」で考える。この研究の2種は、セメントだけでなく前処理材も違う。
⑦ここだけ、冷静に補助線
第一に、平らなジルコニア板とセメント円柱の試験で、歯質との接着、冠の形、咬合力は入っていません。
第二に、37℃水中24時間だけで、熱サイクルや長期の水中保管による耐久性は見ていません。
第三に、唾液は1人の提供者から採ったもので、各群n=10です。
第四に、セメントごとにプライマーも塗布時間も違うため、2種の差は製品というより系の比較です。
第五に、全体に接着強さの絶対値が低く(汚染なしで2.86〜4.90 MPa)、それでも凝集破壊と判定されている点は、試験方法の影響を考えながら読む必要があります。
そして本研究は査読誌に掲載された原著ではなく博士論文で、資金や利益相反の記載は見当たりません。
なお、原著には次の食い違いがあります。結論では「処理にかかわらずMultilink Automixが高い」とされていますが、唾液のみの群ではMultilink Automix(1.57 MPa)がRelyX Ultimate(2.11 MPa)を下回っています。RelyX Ultimateの結果の文章には、汚染なしとIvocleanについて「有意差なし」と「有意差あり」が並ぶ箇所があり、記事では表の文字表記(同じ文字=有意差なし)に従いました。また、要旨ページには2016年、表紙には2018年と記載されています。
それでも、「水で流したから大丈夫」が、セメントによっては成り立たなかったことを、破壊様式まで含めて見せてくれた点は、試適後の手順を見直すきっかけになります。
今日のひとこと
唾液が5分ついたジルコニアは、どちらのセメントでも接着強さが下がり、10本すべてが界面で剥がれた(Multilink Automix 4.90→1.57 MPa、RelyX Ultimate 2.86→2.11 MPa)。水洗だけの結果はセメントで分かれた——Multilink Automixは4.70 MPaで汚染なしと有意差がなく、RelyX Ultimateは1.73 MPaで唾液のみと有意差がなかった。Ivocleanは2種とも汚染なしと同等以上(10.9/3.10 MPa)、アルミナブラストは2種とも最も高かった(13.7/6.34 MPa)。ただしブラスト群は、汚染なし群にはない「表面を粗くする処理」も受けている。試適で唾液がついたら、水洗だけで済ませず、ブラストかクリーニング材で表面を処理し直す、が安全側の読み方になる(平板・24時間の試験管内の結果)。


