リドカインテープを表面麻酔として用いた浸潤麻酔の刺入時・注入時の痛みを20%アミノ安息香酸エチルと比較し、さらに知的障害のある患者20名で浸潤麻酔中の外部行動を評価した研究(朝比奈ら 2019・障害者歯科)
浸潤麻酔で痛みを与えると、知的障害のある患者は興奮状態になり、そのあとの治療が難しくなります。「表面麻酔は効かない」という報告が古くからある一方で、リドカインテープなら90%が無痛だったという報告もある。松本歯科大学のグループが、5分貼って・浅く刺して・2分かけて注入するという一連の手順を、痛みと行動の両方から評価しました。
①「表面麻酔は効かない」を、どこまで信じるか
浸潤麻酔で痛みを与えると、知的障害のある患者は興奮状態になり、そのあとの歯科治療が難しくなります。痛くない浸潤麻酔は、障害のある患者だけでなく、すべての患者にとって重要です。
表面麻酔についての報告は、じつは割れています。刺入時に痛みを感じなかった者の割合は、8%リドカインで44.8%、20%アミノ安息香酸で8.3%あるいは29%。さらに深山は、通常の塗布時間を大幅に超えて20分作用させても痛みに差はなく、市販の表面麻酔薬に効果はないと結論しています。
一方で、三浦らは60%リドカイン含有の貼付用局所麻酔剤(ペンレステープ18 mg)で90%が無痛だったと報告し、小笠原らは平均11 mmの深さまでの刺入が無痛だったと報告しています。注入速度についても、1.8 ml/2分は1.8 ml/1分や1.8 ml/40秒より痛みが少ないことが分かっています。
ここまでは、部品ごとの話です。「5分間貼付して浅く刺入し、2分間で注入する」という一連の方法として、浸潤麻酔時の痛みを評価した報告はありませんでした。さらに、その最中に知的障害のある患者が平静を維持できるかどうかも報告がない。この2つの空白を埋めるのが、この論文です。
②まず健常成人で痛みを、次に知的障害のある患者で行動を
調査1(健常成人9名・平均30±3歳)… 上顎左右側犬歯部の歯肉頬移行部を刺入部位とし、被験者には目隠しをして薬剤の種類が分からないようにした。同じ被験者の左右で両薬剤を使い、順序を入れ替えて2回行った結果を合算している(割合は2回分の合算と考えられる)。ランダム化の記載はなく、術者の盲検化の記載はない(テープとゼリーは外見で区別できる)。刺入時と注入時に分けて、5段階のカテゴリカルスケール(痛くない/違和感/少し痛い/耐えられる痛み/激烈な痛み)とVAS(100 mm)で評価。
調査2(知的障害のある患者20名)… 多動・不随意運動がなく診療台で静止でき、注射筒を見ても嫌がらない者に限定(浸潤麻酔以外の要因で不適応行動が出ないよう配慮)。浸潤麻酔をビデオ撮影し、研究者と異なる歯科医師2名が、どちらの薬剤かを伏せたまま、体動・発声・啼泣・表情の変化を評価した。
設計で丁寧なのは、調査2の対象者選定です。「注射筒を見ても嫌がらない」者に絞ることで、浸潤麻酔の痛みだけに対する行動の表出を取り出そうとしています。両群の発達年齢は中央値でともに4歳6か月で、患者背景のすべての項目に有意差はありませんでした。
③結果その一——「少し痛い」が、一人もいなかった
リドカインテープ群では、刺入時に「痛くない」と評価した者が77.8%、残りは「違和感」で、「少し痛い」以上の痛みを評価した者はいませんでした。薬液注入時も55.6%が「痛くない」、「少し痛い」はゼロです。
対するアミノ安息香酸エチル群は、刺入時に「痛くない」が16.6%、「少し痛い」が55.6%。注入時は「少し痛い」が77.8%。刺入時・注入時ともに有意差が認められました。VAS値でも、リドカインテープ群のほうが刺入時・注入時とも有意に痛みが少なかったという結果です。
1つだけ、著者らが正直に書いている点があります。注入速度がリドカインテープ群124.3±5.2秒、アミノ安息香酸エチル群121.0±5.4秒で、有意差が出てしまいました(p=0.04)。つまりリドカインテープ群のほうが平均3秒ゆっくり注入していたことになります。著者らは、機械注入で1.8 ml/2分なら90.9%が痛くないと評価している先行研究を引いて、3秒の差が結果に影響したとは考えにくいとしています。著者らがこの差を隠さず書いている点は評価できますが、影響を否定する根拠は先行研究からの推論で、術者の盲検化の記載もないため、完全に統制された比較とは言えません。
④結果その二——項目ごとには差がつかず、まとめると差がついた
リドカインテープ群は、体動・発声・啼泣・表情の変化のいずれも「平静」が100%でした。
アミノ安息香酸エチル群には、「わずかな体動」20%、「抑制」10%、「発声」40%、「啼泣」10%、表情の変化で「眉をひそめる」10%、「目を閉じる」20%が現れました。ただし統計学的には、個々の項目でリドカインテープ群との有意差は認められませんでした——各群10名という規模では、40%対0%でも有意差に届かなかったということです。
ところが、4項目のうち1つでも不適応行動が認められた者を「不適応」と判定すると、リドカインテープ群の不適応が0%、アミノ安息香酸エチル群が50%で、有意差が認められました(p<0.05)。
この判定基準は論文の方法の項に明記されています(P=0.03・Fisherの直接確率計算、図5)。この「項目ごとには差がつかないが、まとめると差がつく」という構造は、統計の性質としては当然でもあります(1項目あたりの人数は同じでも、いずれかが起きる確率のほうが高くなる)。なお著者らは、個々の項目については「サンプル数の影響で有意差は認められなかったが、わずかな痛みにより体動や表情の変化が惹起される可能性が示唆された」と書き、断定を避けています。
もうひとつ興味深い記述があります。アミノ安息香酸エチル群でも、発達年齢が高かったことから「少し痛い」程度では不適応行動を起こさない者も存在した——痛みの強さと行動の出方は、患者側の要因でも変わるということです。一方で啼泣した者が存在したことから、浸潤麻酔時の痛みは、そのあとの歯科治療を困難にさせる可能性があると結論づけています。
⑤明日の臨床へ
②注入速度は、時計を見ながら。この研究では術者が見える位置にデジタル時計を置いている。「ゆっくり」は主観なので、秒数で管理する。
③0.6 ml注入してから、傍骨膜へ進める。先に浅いところで効かせてから深部へ進む手順。著者らも「リドカインテープの効果のみならず最初の0.6 mlの薬液の麻酔効果があったと判断できた」(0.6 mlを先に入れない群とは比べていない)と書いている。
④適用外使用であることを、必ず説明して同意を得る。著者ら自身が本文で明記している。はがれたテープが咽頭・気管・食道に迷入すると、透明なこともあって取り出すのは困難——これは知っておかないと危ない。
⑤障害のある患者に限った話ではない。著者らは冒頭で「痛みのない浸潤麻酔法は、障害のある患者だけでなく、障害のない患者にとっても重要である」と書いている。
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
健常成人9名では、リドカインテープ群で「少し痛い」以上と評価した者が、刺入時も注入時も一人もいなかった(刺入時に「痛くない」77.8%、残りは「違和感」)。対するアミノ安息香酸エチル群は刺入時に55.6%、注入時に77.8%が「少し痛い」と評価し、有意差がついた。VASでも刺入時・注入時ともリドカインテープ群が有意に痛みが少なかった。知的障害のある患者20名では、リドカインテープ群は体動・発声・啼泣・表情の変化のすべてで100%が「平静」。アミノ安息香酸エチル群には発声40%、わずかな体動20%、抑制10%、啼泣10%、目を閉じる20%、眉をひそめる10%が現れた——個々の項目では有意差がつかなかったが、1つでも不適応行動があった者を不適応とすると0%対50%で有意差がついた(p<0.05)。ただし著者らはリドカインテープの口腔粘膜への使用が「適用外使用」であること、はがれたテープが咽頭や気管・食道に迷入すると透明なため取り出しが困難であることを明記し、事前の説明と同意が不可欠だとしている。


