カリオロジー|10%ハイドロキシアパタイト・1450ppmフッ化物・非劣性試験
「フッ素なしでも大丈夫ですか」と聞かれたとき、これまで示せる根拠は子どもと矯正患者のものしかありませんでした。大人のデータが無かったのです。ポーランドの2大学が、18〜45歳の194名を18か月追いかけて、10%ハイドロキシアパタイト歯磨剤と1450ppmフッ化物歯磨剤を二重盲検で比べています。結論は「劣らなかった」。ただし、この試験が何を証明して何を証明していないのかは、丁寧に分けて読む必要があります。
①「フッ素なしでも大丈夫ですか」に、大人のデータが無かった
売り場にはフッ素なしのハイドロキシアパタイト(HAP)歯磨剤が並び、患者さんから聞かれる回数も増えました。
これまで示せる根拠はありました。ただし子ども(Paszynska 2021)と、矯正中の高リスク青年(Schlagenhauf 2019)のものです。大人で確かめた試験は、無かった。
今回はそこを埋めにいった研究です。ポーランドのポズナン医科大学とビャウィストク医科大学で、18〜45歳の194名を無作為に2群へ分け、18か月追いかけた二重盲検試験。
②比べたのは、有効成分だけが違う2本のチューブ
この試験の設計で、いちばん効いているのは2本の歯磨剤の作り方です。
- 試験品:10%ハイドロキシアパタイト・フッ素ゼロ(市販のKarex相当)
- 対照品:フッ化ナトリウム 1450ppmF
- それ以外の成分は同一——水・含水シリカ・グリセリン・キシリトール・香料まで揃えてあり、違うのは有効成分だけ。両方とも同じ形の無地のチューブに入れられ、被験者も検査者も中身を知りません
その他の条件も揃えられています。
- 電動歯ブラシで1日2回・3分(ブラシヘッドは2か月ごとに交換)
- 試験期間中、他のフッ化物/HAP製品(洗口液・ジェル・サプリ・プロによる塗布)はすべて禁止
- 組み入れ条件は「う蝕のない大臼歯・小臼歯が10本以上」。未処置う蝕・重度歯周炎・矯正中・唾液に影響する疾患や薬剤は除外
- 評価はDMFS(視診)に加えて、DIAGNOcam(近赤外光透照法)とプラークコントロールレコード(PCR)。DMFSとPCRは0・6・12・18か月の4回、DIAGNOcamはベースラインと18か月の2回
主要評価項目は「18か月でDMFSが増えなかった人の割合」。非劣性マージンはΔ=20%と事前に設定されました。
③結果——ほぼ9割が、どちらの群でも増えなかった
194名が無作為化され、ITT集団189名、プロトコル遵守(PP)集団171名で解析されました。脱落は20名(10.3%)で、う蝕の発生を理由に脱落した人は一人もいません。
PP解析で、DMFSが増えなかった人はHAP群 89.29%(75/84)、フッ化物群 87.36%(76/87)。差(ΔDMFS%)は−1.93%で、片側95%信頼区間の上限は6.84%——非劣性マージン20%を大きく下回りました。ITT解析でも90.43%対88.42%、上限5.68%で同じ結論です。
両側95%信頼区間は−12.2%〜8.24%(PP)。ゼロを含んでいるので、優越性は主張できません。著者らは「同等性のマージンを−20%〜+20%と置けば、非劣性だけでなく同等性を示す結果とも言える」と書いています。
ここは読み方に注意が要る箇所です。群の中での変化を見ると、フッ化物群では18か月でDMFSが統計的に有意に増加し(95%信頼区間が0を含まない)、HAP群では有意な増加が無かった。平均増加量は0.31 対 0.02です。
ただしこれは「群内での前後比較」であって、両群を直接比べた検定ではありません。前述の信頼区間(−12.2%〜8.24%)は主要評価項目=「増えなかった人の割合の差」のもので、平均ΔDMFSの群間信頼区間は原著に示されていません。「HAPのほうが優れていた」と読むのは行き過ぎです。
④DIAGNOcamとプラークでも、同じ向きの結果
- DIAGNOcam(近赤外光透照)で数えたう蝕病変:増えなかった人はHAP群 60.71%、フッ化物群 57.47%。差は−3.24%で、上限9.27%=ここでも非劣性。視診のDMFSより「増えた人」が多く出るのは、この方法が表面下の病変も拾うためです
- プラークコントロールレコード(PCR):両群とも18か月で有意に低下(p<0.001)。群間差は有意ではありません(p=0.59)。著者らは「HAP群のPCRに下がる傾向があった」と書いていますが、検定では差がついていません
- 安全性:重篤な有害事象はゼロ。有害事象と歯磨剤の因果は、ほぼすべて「考えにくい」と判定されています(対照99.0%・試験99.4%)
もう一つ、副次的にわかったことがあります。18か月でDMFSが増えるリスクは、女性より男性で高かった——男性 13/57(22.8%)に対し女性 7/114(6.1%)。原著が示した調整後のオッズ比は4.7(歯磨剤・施設・性別・年齢を共変量に入れたロジスティック回帰の値)。本文の実数から計算したリスク比は約3.7です(オッズ比は「倍」で語れる数字ではないので、割合の比が知りたければこちらを見ます)。年齢や施設ではリスクは変わりませんでした。
⑤明日の臨床へ
この論文が使える場面と、使えない場面を分けておきます。
- 使える:「フッ素をどうしても避けたい」という大人に対して、18か月の無作為化二重盲検試験で1450ppmフッ化物に劣らなかったという根拠を、はじめて大人のデータとして示せます。しかも成分表が有効成分以外まったく同じ2本を比べた、条件のそろった試験です
- 使えない:「HAPのほうがフッ素より優れている」という説明。この試験は優越性を示していません
- そのまま当てはめられない:対象はう蝕のない大臼歯・小臼歯を10本以上もつ、健康な若年成人です。実際、両群とも約9割が18か月で1面も増えていません——もともと増えにくい集団だということです。高リスクの患者さん、根面う蝕を抱えた高齢者、唾液が少ない方に、この結果をそのまま持っていくことはできません
- 環境の違い:全員が電動歯ブラシで1日2回3分、6か月ごとに歯科を受診し、他のフッ化物製品を一切使わない——という条件下の話です
今日のひとこと
18か月でDMFSが増えなかった人の割合は、HAP群 89.29%/フッ化物群 87.36%(PP解析)。差の片側95%信頼区間の上限は6.84%で、あらかじめ決めた非劣性マージン20%を大きく下回った=非劣性が示された。ただし「優れている」は示されておらず、対象は低リスクの健康な若年成人で、資金と著者3名は製品メーカー由来である。


