カリオロジー|乳児期の唾液接触・母子伝播の助言・学童期のアレルギー
「スプーンを分けてください」「おしゃぶりを口で洗わないでください」——ミュータンス菌の母子伝播を減らすために、私たちは長くそう伝えてきました。その助言が、別の窓から見るとどう映るのか。和歌山県立医科大学を中心とした班が、小中学生3380名の親子に、乳児期の唾液接触と学童期のアレルギーを尋ねています。歯科の外から届いた、無視できない一本です。
①私たちが長く伝えてきた助言に、別の窓から光が当たった
「スプーンやお箸を分けてください」「おしゃぶりを口で吸って洗わないでください」。ミュータンス菌の母子伝播を減らすために、歯科は長くそう伝えてきました。
この助言そのものは、う蝕予防の文脈で組み立てられたものです。ではう蝕以外の窓から見ると、どう映るのか。
スウェーデンからは2013年、おしゃぶりを親が口で吸って清掃していた子は、18か月時点の湿疹とぜんそくが少なかったという報告(Hesselmarら)が出ていました。同じ班は以前、乳児期の咀嚼食(premastication)と学童期のアレルギーの関連を日本で報告しています。今回はそれを、アジアで初めての大規模多施設研究として、食器の共有とおしゃぶりに絞って検証したのが、この論文です。
②3380名の親子に、10年前のことを尋ねる
- 対象:2つの市の小中学校に通う児童生徒3570名とその保護者。有効回答3380名(回収率94.7%)
- 年齢:平均10.8±2.7歳(中央値11歳・四分位範囲9-13歳)
- 調査法:自記式質問票91項目。アレルギー症状の把握には、国際的に検証されたISAAC(国際小児喘息・アレルギー研究)の質問を使用
- 曝露:生後12か月未満での①食器の共有(9.9%・336名)②おしゃぶりを親が口で吸って清掃(2.2%・76名)
- アウトカム:Table IIIで解析されているのは調査前12か月以内(=現在)の湿疹・アレルギー性鼻炎・ぜんそくの症状。なお原著が挙げる有症率18.3%・59.2%・27.1%については、現在/既往の別が明記されていません
- 調整した交絡因子:母親のアレルギー既往/妊娠中の母親の喫煙/保護者に口腔感染の知識があるか
回収率94.7%は、この種の調査としてはきわめて高い数字です。著者らは、日本には母子健康手帳があり、妊娠期から就学まで記録が残っていることが、想起バイアスを和らげていると書いています。
③結果——湿疹で一貫し、ぜんそくでは出なかった
調整後のオッズ比は次のとおりです。
- 湿疹 × 食器の共有:0.52(95%CI 0.32-0.84、p=0.007)
- 湿疹 × おしゃぶりの口での清掃:0.35(0.13-0.91、p=0.032)
- アレルギー性鼻炎 × おしゃぶり:0.33(0.14-0.73、p=0.007)
- アレルギー性鼻炎 × 食器の共有:0.69(0.43-1.09、p=0.110)=有意でない
- ぜんそく × 食器の共有:0.89(0.52-1.50、p=0.652)=有意でない
- ぜんそく × おしゃぶり:0.17(0.02-1.31、p=0.089)=境界域。信頼区間が非常に広く、判断できない
湿疹では2つの曝露がどちらも同じ向きを指したのが、この結果のいちばん強い部分です。逆にぜんそくでは、どちらも有意に届きませんでした。
④唾液接触をしている家庭には、傾向があった
もう一つ、押さえておきたい表があります。そもそも、どんな家庭が唾液接触をしていたかです(原著Table I。なおおしゃぶりの列の割合は、おしゃぶりを使っていた子の中での割合です)。
- 食器を共有していたのは:妊娠中に喫煙していた母親(15.3% 対 9.0%、p<0.001)、きょうだいがいる子(10.4% 対 5.1%、p=0.001)、口腔感染の知識が無い保護者(18.0% 対 9.5%、p=0.003)に多い
- おしゃぶりを口で清掃していたのは:アレルギー既往の無い母親(8.7% 対 4.7%、p=0.007)・父親(8.6% 対 3.8%、p=0.002)、妊娠中に喫煙していた母親(13.6% 対 5.7%、p<0.001)、口腔感染の知識が無い保護者(22.6% 対 5.8%、p<0.001)に多い
つまり唾液接触をする家庭と、しない家庭は、そもそも別の集団です。とくに「親にアレルギー既往が無い家庭ほど、おしゃぶりを口で洗っていた」という関係は重要で、アレルギーの家族歴そのものが結果を作っている可能性を残します。著者らは母親のアレルギー既往・妊娠中の喫煙・口腔感染の知識で調整していますが、父親のアレルギー既往・きょうだいの有無は調整因子に入っていません。
⑤明日の臨床へ
この論文は「食器を共有しましょう」とは言っていません。読むべきはもっと手前の一点です。
- 断定の温度を下げる:「唾液を移すと虫歯になります、絶対にやめてください」という言い方は、この研究1本でも支えが揺らぎます。(本論文の範囲外の話ですが)ミュータンス菌の伝播経路や、伝播を防ぐことでう蝕が防げるのかどうかについても、議論は続いています
- う蝕予防の主役は別にある:フッ化物と、砂糖の量と回数と、清掃の習慣です。唾液接触の回避は主役ではありません。主役でないものを強く言うと、保護者の負担だけが増えます
- 保護者の罪悪感を作らない:「同じスプーンを使ってしまった」と悔やむ保護者に、この結果は別の視点を渡してくれます
歯科の外の雑誌に載った論文ですが、私たちの日常の助言をまっすぐ撃ってきます。
今日のひとこと
乳児期に食器を共有していた子の学童期の湿疹は、調整後オッズ比 0.52(95%CI 0.32-0.84)。おしゃぶりを親が口で清掃していた子は、湿疹 0.35(0.13-0.91)、アレルギー性鼻炎 0.33(0.14-0.73)。ぜんそくは有意に届かなかった(おしゃぶりは境界域・p=0.089)。横断研究であり因果は示せないが、「唾液を移さない」という助言を、う蝕以外の窓からも点検する必要があることを示している。なお本論文はアレルギー専門誌の研究で、う蝕は一度も測定されていない。


