カリオロジー|フッ化物歯面塗布・APFゲル・歯ブラシ法・1歳6か月児・残留フッ素量
「フッ素、飲み込んで大丈夫ですか」。1歳半の子に塗るとき、保護者から必ず出る質問です。トレーは嫌がる、綿球は時間がかかる、そして泣いて動く。歯ブラシで塗ればいい——現場の工夫としては当たり前に見えますが、その方法で実際にどれだけ口腔内に残るのかを測った研究は、意外に多くありません。新潟大学のグループが、1歳6か月児44名で実測しました。
①吐き出せない子に塗るとき、何がいちばん気になるか
1歳半。トレーは受け入れてくれない、綿球法は時間がかかる、そして泣いて体を動かす。歯ブラシで塗ればいい——現場の工夫としては、ごく自然な発想です。
ただ、この年齢には決定的な制約があります。吐き出せない。うがいもできない。塗ったフッ素は、そのまま口の中に残ります。では実際、どれだけ残るのか。
②新潟市の1歳6か月児健診で、44名分を実測する
- 対象:新潟市東保健所管内の地区保健センターの1歳6か月児歯科健診でフッ化物歯面塗布を希望した44名(男児27名・女児17名)
- 背景:平均体重10.9±1.3kg、平均現在歯数15.34±1.45本(16本が32人・範囲10〜17本)。う蝕有病者率11.4%・Mean dmft 0.39
- 材料:2%APFゲル(フロアゲル)。チューブごとにフッ素イオン濃度が違い、10,900ppmと9,020ppmの2本を使用
- 術式:パイル皿のくぼみにゲルをすりきり1杯/小児の頭部を術者の膝に載せて仰臥/ロールワッテ2個で簡易防湿/乳児用歯ブラシで塗布(術前の歯面清掃は行わない)/塗布後、平滑面の余剰ゲルをワッテ1枚で拭き取り、口の周りをティッシュ1枚で拭き取り
- 指示:30分間の飲食禁止のみ。唾液の嚥下や排出については、何も指示していない(排唾も吐唾もなし)
- 測定:使用した全器材を水道水に浸けてゲルを溶出させ、フッ素イオン電極で定量。口腔内残留フッ素量=準備フッ素量−回収フッ素量。回収率88.0%で補正
- 施術者:歯科衛生士3名
「歯ブラシで塗る」という工夫の要点は、ゲルの粘度と流動性が歯ブラシに向いていたという点にありました。著者らは、従来のフッ化物歯面塗布法は低年齢児の受け入れが余り良好でないため術式の改善が望まれていた、と動機を書いています。
③体重1kg当たり、平均0.19mg
- 準備ゲル量:平均0.81±0.09g(最大1.06g・最小0.64g)。応用ゲル量は平均0.66±0.10g。この量で全対象児の歯に万遍なく塗ることができた
- 口腔内残留フッ素量:平均2.09mg・最大3.46mg
- 残留率:平均25.8%・最大44.5%
- 体重1kg当たり:平均0.19mg・最大0.31mg(0.20〜0.25mgF/kgの範囲が最多で13名)
著者らが引く急性中毒発現量は、体重1kg当たり1.35〜1.8mg以上。本研究の最大値0.31mg/kgは、その下限のさらに4分の1以下です。吐かせも、排唾もしていない条件でこの値だという点が、この研究の核心です。
④使う量そのものも、上限をはっきり下回っていた
小児の歯面塗布では、使用薬液量を約2mL(18mgF)以下に抑えるべきとされています。本研究の準備量は平均0.81g=8.17mgF、最大でも1.06g=10.25mgF——上限18mgFに対して平均で45%、最大でも57%です。入口の段階で、すでに大きく下回っていたということになります。
著者らは、パイル皿のくぼみですりきり1杯を取るという運用が、応用フッ素量の上限を一定以下に規定するために簡便かつ有用だったと評価し、専用の器材が製造されることが望まれると書いています。
⑤残留量を左右していたもの——泣く子ほど、残らない
著者らは、残留量に影響しそうな4つの要因を検討しています。
- 応用フッ素量:残留量とr=0.496(p<0.01)。塗った量が多いほど残る(当然の関係が確認された)
- 現在歯数:r=0.455(p<0.01)。歯が少ないと応用量も残留量も少なくなる。ただし著者らは、実際には萌出歯数に合わせて応用ゲル量が調節されるので、準備するゲルの量を歯数で変える必要はないと結論しています
- 子どもの受け入れ状況:〔A〕泣かずにおとなしく/〔B〕泣いていたが体を動かさない/〔C〕泣きながら体を動かした——の3群。口腔内残留フッ素量はA・B・Cの順に多く、どの2群間の比較でも有意差が出ました(A-B間とA-C間は p<0.001、B-C間は p<0.05)。応用フッ素量もA群が多い傾向で、A-B間にのみ有意差(p<0.05)
- 施術者:衛生士3名の間で、応用フッ素量にも残留フッ素量にも差はなかった(施術者不明の2名は除外)
読み方に注意が要るのはここです。応用フッ素量もA群が多い傾向でしたが、A-C間の差は有意ではありません。そして著者らの結論はこうです——受け入れ状況が良くない小児において口腔内残留フッ素量が多くなるという傾向は認められなかった。「騒ぐ子ほど飲み込んでしまうのでは」という心配は、このデータでは支持されなかった——そこが著者らの読み筋です。
⑥明日の臨床へ
- 「吐き出せない子だから危ない」ではない。余剰ゲルを拭き取るだけで、安全域に十分収まっていた——これがこの研究のいちばん使える結論です
- 拭き取りは省かない。著者らは「吐唾ができない小児の場合には拭き取りだけでも充分であるといえる」と書き、余剰ゲル拭き取りの有用性については別報(Arakawaら)を根拠に挙げています。ただし本研究に「拭き取りをしない群」は無いので、拭き取り単独の寄与量までは分かりません
- 量を規定する道具を持つ。パイル皿のくぼみ1杯という運用が、上限を自動的に決めていました。「目分量で多めに」を避ける仕組みが効きます
- 術式は1〜2分。低年齢児の受け入れという点でも、歯ブラシ法は現実的でした
- 保護者への説明に使うなら——「吐き出せない年齢でも、拭き取りをすれば、中毒が起きる量の4分の1以下しか残らないことが測られています」。数字があると、安心のさせ方が変わります
今日のひとこと
1歳6か月児44名に2%APFゲルを歯ブラシで塗り、余剰を拭き取ったときの口腔内残留フッ素量は平均2.09mg・最大3.46mg。体重1kg当たりでは平均0.19mg・最大0.31mgで、急性中毒発現量の下限(1.35mg/kg)の4分の1以下だった。吐き出させず排唾もしない条件で、この値に収まっている。著者らは「受け入れ状況が良くない小児で残留が多くなる傾向は認められなかった」とも結論している。術式にかかった時間は1〜2分である。


