カリオロジー|フッ化ナトリウム・モノフルオロリン酸ナトリウム・耐酸性・XMR(in vitro)
歯磨剤の裏面を見ると、フッ化物の種類が書いてあります。NaFかMFPか。どちらも950ppmFなら同じことだろう——そう思って説明していないでしょうか。花王ヘルスケア研究所と愛知学院大学のグループが、この2つを同じフッ素濃度に揃えて22日間のpHサイクル試験にかけ、エナメル質の中で何が起きているかをX線マイクロラジオグラフで見ました。結果は、まるで対照的でした。
①NaFとMFP、違いを説明できますか
歯磨剤の成分表示には、フッ化物の種類が書かれています。フッ化ナトリウム(NaF)か、モノフルオロリン酸ナトリウム(MFP)か。どちらも950ppmFなら同じでしょう——そう説明していないでしょうか。
この研究は、その2つを同じフッ素濃度(0.05M=950ppmF)に揃えて22日間のpHサイクル試験にかけ、エナメル質の中で何が起きているかをX線マイクロラジオグラフ(XMR)で見ました。結果は、まるで対照的でした。
②ウシの歯を、22日間かけて酸にさらす
- 試料:30週齢前後のウシ切歯のエナメル質。厚さ約400μmの切片に約400×2,000μmのウインドウを作製。1群6切片・計18切片
- フッ化物溶液:NaF・MFPともフッ素濃度0.05M(950ppmF)に調整
- pHサイクル試験(試験1):NaF群・MFP群はそれぞれの溶液に3分間浸漬、脱イオン水で30秒洗浄。これを室温で朝夕2回。それ以外の時間は37℃・pH4.5の脱灰ゲルに浸漬。対照群はイオン交換水で同じ操作
- 期間:22日間(対照群は、先行実験で脱灰8日目から表層の喪失が始まるため、あらかじめ6日間で終了)
- 評価:XMRからΔZ(脱灰量)と Ld(脱灰深さ)を算出。数値が小さいほど耐酸性が高い
- 耐酸性層の構造確認(試験2):22日間のフッ化物処理を終えた試料を、さらに厳しい pH4.0 の脱灰ゲルで2日間・6日間処理し、耐酸性層の形と厚みを比較
- 統計:6日目までは一元配置分散分析+Tukey-Kramer法、それ以降の2群間はt検定
ポイントは「日常のセルフケアを想定した条件」だと著者らが明記していることです。1日2回・3分間という設定は、歯磨剤の使用を意識したものです。
③脱灰量で見れば、NaFが優勢
- 2日目:NaF 116±149/MFP 673±320/対照 1,708±508(NaF-MFP p<0.05、フッ化物2群と対照はいずれも p<0.01)
- 4日目:NaF 1,208/MFP 1,191——この時点だけは数値上MFPがわずかに小さく、順位が入れ替わっている(有意差なし)
- 6日目:NaF 1,390/MFP 2,294/対照 7,799。NaFとMFPの差は4日目・6日目では有意ではなかった
- 10日目以降:NaF 1,947 対 MFP 3,341(p<0.01)。22日目は 2,637 対 3,689(p<0.05)
- Ld(脱灰の深さ)も同じ傾向:22日目でNaF 172.0μm 対 MFP 331.7μm(p<0.01)
初期の立ち上がりが速いのはNaFです。2日目の時点で、脱灰量は対照の約15分の1(116 対 1,708)まで抑えられていました。ただし116という値の標準偏差は±149——平均を上回るばらつきで、1群6切片という規模も踏まえて割り引いて読む必要があります。MFPも673と抑えていますが、NaFほどではありません。
④ところが、層の作られ方がまったく違う
- NaF処理:表層の上部は脱灰2日目には消失しており、その下の約100μmだけが耐酸性を示して残っていた。さらにその下部には強い脱灰が認められた
- MFP処理:表層に軽度の脱灰は見られたものの、耐酸性を有する層は約300μmの厚みを持っていた
- 耐酸性層の厚み Alt(表層喪失Slを差し引いた表面から、脱灰が最も進んだ深さVminまでの距離として算出):NaF 93.0μm/MFP 303.0μm(2日目)、NaF 115.0μm/MFP 295.3μm(6日目)(ともに p<0.01)
- 脱灰深さ Ld:NaF 216.8→269.7μm/MFP 356.3→435.2μm(ともに p<0.01)
- 表層喪失量 Slは逆で、NaFのほうが大きい(2日目 21.7 対 8.0μm、6日目 27.2 対 16.8μm、ともに p<0.05)
- この試験2では、ΔZには有意差がありませんでした(2日目 6,114 対 7,303、6日目 9,496 対 11,183、いずれもNS)
つまり——NaFは薄く硬い盾を表面近くに作り、MFPは表層近くの守りでは劣るが、厚く均一な盾を深くまで作る。ΔZという「合計の脱灰量」だけを見ていると、この違いは見えません。試験2でΔZに差がつかなかったのに、層の構造にははっきりした差があったことが、それを示しています。
⑤なぜ効き方が分かれるのか
著者らはメカニズムの違いをこう説明しています。
- NaF:溶液中でフッ素イオンとして存在し、複分解反応を主なメカニズムとして歯面にフッ化カルシウム(CaF₂)様物質を形成する。反応が速く、表面で完結しやすい
- MFP:フッ素がリン酸と結合した状態(PO₃F²⁻)で存在する。歯面で急速に反応しにくいぶん、エナメル質の内部へ拡散していける——それが300μmという厚みにつながる
NaFの「表層の上部が2日目に消失した」という所見は、CaF₂様物質は酸に溶けやすいことと整合します。速く効くが、酸にさらされると先に失われる。一方MFPは立ち上がりは遅いが、深部に残る。速効性と浸透性——著者らの言い方を借りれば、この2つは互いに対照的です。
⑥明日の臨床へ
- 「NaFのほうが良い歯磨剤です」とは言えません。この研究が示したのは効き方の違いであって、う蝕の発生率を比べたわけではありません
- 著者らは使い分けを提案しています——健全なエナメル質のう蝕予防には速効性の高いNaF、初期う蝕病変には浸透性と耐酸性の高いMFPまたはNaFとの併用。ただしこれはin vitroの所見からの提案であって、臨床で検証されたものではありません
- ΔZだけで判断しないという読み方の練習にもなります。総量が同じでも、守っている場所が違うことがある
- 患者説明で使うなら——「フッ素は種類によって、歯の表面を固める働き方が少し違うことが実験でわかっています。どちらも950ppmなら、まずは毎日使い続けることのほうが大事です」くらいが、この研究から言える範囲です
今日のひとこと
同じ950ppmFでも、NaFは表層近くに強い耐酸性層を作り(Alt 93〜115μm)、MFPは深くまで浸透して厚く均一な層を作った(Alt 約300μm)。22日間の脱灰量ΔZはNaF 2,637・MFP 3,689でNaFが有意に小さい。ただしこれはウシ歯を使った実験室の話で、唾液も細菌もプラークもなく、筆頭著者は歯磨剤メーカーの研究所所属である。「NaFのほうが優れている」ではなく「効き方が違う」——臨床にはそこまでを持ち帰りたい。


