1問1答 論文 虫歯

日本の虫歯はなぜ減ったのか——歯磨剤の市場占有率と、世代別のDMFTを重ねてみる

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|歯科疾患実態調査・出生年コホート・フッ化物配合歯磨剤の市場占有率

12歳児の一人平均う蝕経験歯数は、昭和50年と56年の5.9本をピークに、平成23年には1.4本まで減りました。この激減は何が起こしたのか。大阪歯科大学のグループが、10回分の歯科疾患実態調査を出生年コホートに組み直し、フッ化物配合歯磨剤の市場占有率の推移と重ね合わせました。

論文
フッ化物配合歯磨剤の市場占有率が世代別の永久歯う蝕経験に及ぼす影響
著者
福嶋克明、川崎弘二、神原正樹(大阪歯科大学口腔衛生学講座)
掲載
歯科医学 2014;77(2):66-75
種類
生態学的研究(歯科疾患実態調査10回分の出生年コホート分析+市場占有率の推移比較)
PMID
なし(日本語誌のためPubMed未収載)

5.9本から1.4本へ。何が起こしたのか

12歳児の一人平均う蝕経験歯数は、昭和50年と56年の5.9本をピークに、平成23年の調査では1.4本まで減りました。激減、と言っていい変化です。

この数字は歯科界の外でも引用されます。でも——何がこれを起こしたのか。フッ化物か、砂糖の消費か、歯科受診行動か、それとも全部か。この論文は、その問いに「フッ化物配合歯磨剤がどれだけ普及したか」という一本の軸を当てました。

先に結論: 戦前生まれの世代はDMFT指数が生涯直線的に増え続けるのに対し、戦後生まれの世代は途中から平衡状態に入る。しかもその平衡値は、昭和36〜40年生まれの約15歯から、昭和54〜58年生まれの約10歯へと世代ごとに下がっていく。平衡へ移行した時期は、フッ化物配合歯磨剤の市場占有率が急増した時期とほぼ重なっていた。

10回の実態調査を、出生年で組み直す

  • 資料昭和32年から平成23年までの10回の歯科疾患実態調査と、フッ化物配合歯磨剤の使用占有率調査(ライオン株式会社)
  • コホートの作り方昭和12年生まれから平成13年生まれまでを5年間隔で11の世代に分け、これを出生年コホートとした
  • アウトカム:各コホートの50歳代までのDMFT指数とDFT指数を、実態調査が行われたそれぞれの時点で算出
  • 比較:その時点に一致する年度のフッ化物配合歯磨剤の市場占有率と重ね合わせた

ここでDMFT(未処置+喪失+処置)とDFT(未処置+処置=喪失を含まない)を分けて見ているのが、この研究の設計上の要です。2つの差が「喪失歯」——つまりDMFTだけが増え続けてDFTが頭打ちになるなら、増えているのは喪失歯ということになります。

戦前生まれと戦後生まれで、曲線の形が違う

  • 昭和12〜16年生まれ群・昭和18〜22年生まれ群(戦前から戦後すぐ):DMFT指数は加齢とともに直線的に増加し、50歳代になっても増え続ける傾向を示した。一方DFT指数は30歳以降で増加が鈍化し、平衡に近づいていく。この2群では、市場占有率とう蝕経験歯数の推移に関連は認められなかった
  • 昭和24〜28年生まれ群DMFT指数の増加傾向に鈍化が観察された最初の世代
  • 昭和24〜28年・昭和30〜34年・昭和36〜40年生まれ群DFT指数が平衡に近づく時期とほぼ同時に、DMFT指数も平衡へ近づいたこの鈍化の時期は、とくに昭和30年代生まれ群において、市場占有率が急増した時期にほぼ相当していた
  • 昭和42〜46年・昭和48〜52年・昭和54〜58年生まれ群DMFT指数とDFT指数がほぼ同じ値で推移。この3群では、平衡へ移行した時期と、市場占有率が50%に達した時期がほぼ一致していた
  • 昭和60年〜平成元年・平成3〜7年・平成9〜13年生まれ群:やはり両指数はほぼ同じ値で推移し、永久歯の萌出時期には既に市場占有率が50%に達していた

DMFTとDFTが重なるということは、喪失歯がほとんど無いということです。戦前生まれの世代では、う蝕は最終的に歯を失う方向へ進んだ。戦後生まれの世代では、処置された歯として止まった——曲線の形は、そういう歴史を映しています。

世代が若くなるほど、平衡値そのものが下がる

0 5.7 11.3 17 平衡状態に達したDMFT指数(歯数) 15 13 12 10 昭和36〜40年生まれ 昭和42〜46年生まれ 昭和48〜52年生まれ 昭和54〜58年生まれ 原著Fig.1のE〜Hから読み取られた「約」の値。戦前生まれ世代(Fig.1A・B)ではDMFT指数が平衡状態に達せず、加齢とともに直線的に増加していた
平衡状態に達したDMFT指数の値(原著Fig.1のE〜Hから)
  • 昭和36〜40年生まれ 約15歯昭和42〜46年生まれ 約13歯昭和48〜52年生まれ 約12歯昭和54〜58年生まれ 約10歯
  • DFT指数の平衡値は、昭和12〜16年生まれ群で約11歯。そこから昭和36〜40年生まれ群の約14歯をピークに増えたあと、減少に転じた昭和48〜52年生まれ群以降は、DMFT指数とほぼ近似した値を示す

DFT指数がいったん増えてから減ったのは示唆的です。歯を失っていた時代から、削って詰める時代へ。そして、そもそも削らずに済む時代へ——3段階の移り変わりが、2本の指数の関係に表れています。

12歳のDMFTと、その子が6歳だったときの市場占有率

0 1.8 3.7 5.5 12歳時のDMFT指数(歯数) 4.9 3.6 2.4 昭和50年生まれ 昭和56年生まれ 昭和62年生まれ 同じ児が6歳だった時点のフッ化物配合歯磨剤の市場占有率は、順に16%・12%・43%。昭和56年生まれでは占有率が下がっているのにDMFTも下がっており、単純な対応ではない
12歳時のDMFT指数。同じ児が6歳だった時点の市場占有率は順に16%・12%・43%
  • 昭和50年生まれ:12歳時DMFT 4.9歯/6歳時点の市場占有率 16%
  • 昭和56年生まれ:12歳時DMFT 3.6歯/市場占有率 12%下がっている
  • 昭和62年生まれ:12歳時DMFT 2.4歯/市場占有率 43%急上昇
  • その後の年代でも、DMFT指数の減少と市場占有率の上昇が観察された

ここは慎重に読む必要があります。昭和56年生まれでは、市場占有率が16%→12%へ下がっているのにDMFTも下がっています市場占有率だけで説明できる話ではないことを、この論文自身のデータが示しています。著者らが「関連が認められた」と書けるのは昭和62年生まれ以降の並びです。

明日の臨床へ

  • 「あなたの世代は、こういう時代でした」と説明できる——これが実務的な使い道です。50代・60代の患者さんに「あなたが子どものころ、フッ素入り歯磨剤はまだ市場の1割程度でした」と言えると、今の口腔内が本人の努力不足のせいではないことを共有できます
  • 喪失歯の有無が世代で分かれるという視点は、初診時の見立てにも効きます。戦前生まれの世代ではDMFTが増え続けた——メインテナンスの目標設定を、世代で変える根拠になります
  • 若い世代ほど平衡値が低い。それはこれから来る患者層の「持ち歯」が増えていくということでもあります。修復中心から、歯周とメインテナンス中心へという診療の重心移動を裏づける数字です
  • ただし「フッ素入り歯磨剤のおかげで虫歯が減りました」と単純化して伝えるのは避けたい。この研究が示したのは時期の重なりであって、因果ではありません
ここだけ、冷静に補助線 — この研究は生態学的研究(ecological study)です。個人単位で「フッ化物配合歯磨剤を使ったか」と「う蝕になったか」を結びつけたデータは、一切ありません。集団の平均どうしを重ね合わせているだけなので、生態学的誤謬(集団で見えた関連を個人に当てはめる誤り)を避けられません。次に、この60年間にはフッ化物以外の変化が山ほど起きています——砂糖の消費動向、学校歯科保健の整備、歯科医院数の増加、シーラントの普及、そして予防意識そのものの変化市場占有率の上昇と同じ時期に動いた要因は、他にいくらでもある。実際、⑤で見たように占有率が下がった世代でもDMFTは下がっており、単一要因の説明では足りません。また市場占有率は「その年に売れた歯磨剤のうちフッ化物配合品の割合」であって、対象者本人が使っていたかどうかではありません。さらに歯科疾患実態調査は横断調査で、同じ人を追跡したわけではなく、出生年でグループ化した「疑似コホート」です。各時点の対象者は別人であり、調査ごとの標本の性質の違いもそのまま乗ります。それでも、60年分の国の調査を出生年で組み直し、「世代ごとに曲線の形が変わった」ことを見える形にした——この整理そのものに価値があります。因果の証明ではなく、時代を読むための地図として使うのが正しい読み方でしょう。

今日のひとこと

戦前生まれの世代ではDMFT指数が生涯にわたり直線的に増え続けたのに対し、戦後生まれの世代は途中から平衡状態に入る。しかもその平衡値は、昭和36〜40年生まれの約15歯から、昭和54〜58年生まれの約10歯へと世代ごとに下がっていく。DFT指数とDMFT指数が同時期に平衡へ移行した時期は、フッ化物配合歯磨剤の市場占有率が急増した時期とほぼ重なっていた。ただしこれは集団単位の重ね合わせであり、因果を示すものではない。

福嶋克明、川崎弘二、神原正樹. フッ化物配合歯磨剤の市場占有率が世代別の永久歯う蝕経験に及ぼす影響. 歯科医学. 2014;77(2):66-75.
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。