エンド|口腔顎顔面痛。顎関節や咀嚼筋に痛みのある患者は、起きている間にどのくらい上下の歯を当てているのか。下顎第一大臼歯に付けた無線式のスイッチで、咬頭嵌合位での歯の接触を安静・計算作業・嚥下の3場面で数え、健常者と比べた臨床研究(Yamashita 1991・J Oral Rehabil・東京医科歯科大学)
顎が痛い患者さんに「普段、歯が当たっていませんか?」と聞くことがあります。では実際にどのくらい当たっているのか。東京医科歯科大学のグループは、顎関節症の患者7人と健常者7人の下顎第一大臼歯に歯が咬頭嵌合位で当たると信号を出す無線スイッチを付け、歯の接触を直接数えました。安静にしている1時間で比べると、対照群は全員が1時間に100回未満だったのに対し、患者群は3人が200回を超え、20秒を超える長い接触が3人に見られました。合計で約17分(997.2秒)歯が当たっていた患者もいます。ただし患者の中にもほとんど当たらない人がいて、測ったのは実験室での1時間だけ・各群7人の小さな研究です。
①顎が痛い患者さん、ふだん上下の歯は当たっていませんか?
顎関節や咀嚼筋の痛みを訴える患者さんに、「普段、上下の歯が当たっていませんか?」と聞く場面は多いと思います。では、実際に起きている間、どのくらい歯が当たっているのか。これを口の中のスイッチで直接測った古典的な研究が、1991年の東京医科歯科大学のこの論文です。
著者らは、顎関節症(原著の表現は temporomandibular dysfunction)の患者7人と、症状のない7人の下顎第一大臼歯に小さな無線式のスイッチを付け、咬頭嵌合位で歯が当たった回数と時間を、安静・計算作業・水を飲み込む3つの場面で記録しました。
結論を先に言います。安静にしている1時間、患者群は対照群より歯が当たる回数も合計時間も多く、20秒を超える長い接触が患者3人に見られました。対照群は全員が1時間に100回未満でした。ただし患者7人の中にも、ほとんど歯が当たらない人がいて、全員が同じだったわけではありません。
②なぜ「歯の接触」を測ろうとしたのか
当時の教科書的な考え方(Ramfjord & Ash 1983など)では、咬合の不調和や心理的なストレスで顎の筋肉が過剰に働くと、それが何らかのブラキシズム(歯ぎしり・食いしばり)として表れ、顎の機能障害を起こすうえで重要な役割を果たすとされていました。
・しかし顎関節の機能との関係にはあまり目が向けられていなかった
・著者らは、口の中に機械的なスイッチを置いて顎関節症の患者の歯の接触を直接測った報告は見当たらないと書いている
・同じグループは以前、健常者でこの装置を使い、咬合高径を変えたときの接触パターンを調べていた(Yamashita 1988)
そこで今回は、同じ装置を患者と健常者に付けて、歯の当たり方を比べました。
③今回の一手:歯が当たると電波が飛ぶ小さなスイッチ
装置のしくみはシンプルです。下顎第一大臼歯の頬側面に、小さな発振器(9×6×5 mm)と電池を即時重合レジンに埋めて接着し、向かい合う上の歯の頬側面に金のバー(2.5×1 mm)を貼ります。上下の歯が咬頭嵌合位で当たったときだけスイッチが閉じて信号が出ます。唾液などでは回路がつながらないようにしてあります。信号は肩に付けた受信機を経由して数メートル先まで飛ばし、テープに記録しました。
・対照群:健常者7人(25〜30歳)
・測った場面:①安静=実験室内で自由に動いて1時間 ②作業=計算問題を10分 ③嚥下=水20 mLを一気に飲むのを10回
・数えたもの:歯の接触の合計回数、合計時間、1回ごとの接触の長さ
記録の前に、カチカチと咬頭嵌合位でタッピングしてもらい、歯の接触と信号がきちんと対応するかを確かめてから測っています。
④結果①:安静の1時間、患者群は歯が当たる回数も時間も多かった
安静時は、14人全員に歯の接触がありました。そのうえで、回数と長さに両群で違いが出ました。
本文に書かれた数字で言うと、対照群の7人は全員、接触回数が1時間に100回未満でした。一方、患者群では3人が1時間に200回を超えていました。図から読むと、患者A・B・Dが約210〜240回、Eが約170回です。
合計時間では、図で見た違いがさらに大きくなります(統計の検定は示されていません)。患者Gは1時間のうち997.2秒(約17分)、図から読むと患者Dは約600秒、Eは約400秒、歯が当たっていました。対照群はいちばん長い人でも図の上で30秒前後です。
・患者群ではD・E・Gの3人に、20秒を超える長い接触が何回か見られた(原著Fig. 3。対照群にはこうした長い接触は描かれていない)
・ただし患者Fは、回数も時間も対照群と変わらないほど少なかった。患者Cも回数は約70回で、対照群の上のほうと同じくらい
⑤結果②:計算作業中と、水を飲み込むとき
・一方、合計時間は患者B・E・Gで対照群より大きく、EとGは1時間あたり1000秒を超えていた(原著の単位は1時間あたり。記録は10分間)。長い接触も見られ、考察では30秒を超える接触があった患者もいたと書かれている
・嚥下(水20 mL×10回):対照群では、JとNを除いて1回の嚥下で当たるのは1回だけ。患者群では1回の嚥下で何度も当たることが多かった。1回の接触は患者群でも5秒未満だが、対照群より長く、ばらつきも大きかった
なお、このスイッチは咬頭嵌合位でしか反応しません。嚥下のたびに当たったのは両群合わせて6人で、残りの8人は当たらない嚥下がありました。著者らは、この8人は嚥下のとき咬頭嵌合位以外の位置(偏心位)で当たっていた可能性があると考えています。
⑥著者らはどう解釈したか
著者らは、安静時に患者群で接触が多く長かったことから、患者は咬頭嵌合位で長い時間、頻繁に食いしばっていたことが示唆されると述べています。そのうえで、ストレス下で歯の接触が長くなるという過去の報告(Butler & Stallard 1969)や、ストレスで咬筋の筋活動が高まるという報告(Yemm 1968)を引き、患者は何らかのストレス状態にあり、閉口筋の緊張が高まっているのではないか、と考えています。
要旨の結論も、顎関節症の患者では閉口筋の緊張が高まっており、それはおそらく咬合の不調和と心理的ストレスによるというものです。
・ただし、10秒を超える接触が頻繁に起これば閉口筋は当然疲労するだろう、という見立てを示している
・健常者でも睡眠中には10秒を超える接触が多いことを以前の研究で確認しており、睡眠中の接触も今後調べる必要があるとしている
ここで押さえておきたいのは、咬合の不調和やストレスが原因だという部分は、この研究で測ったものではないということです。この研究が示したのは「患者群のほうが歯が当たる回数と時間が多かった」という違いまでで、どちらが先か(接触が多いから痛むのか、痛むから接触が増えるのか)はわかりません。
⑦明日の臨床へ
・一方で、患者7人のうち接触がほとんどない人もいた。「顎関節症なら必ず歯を当てている」と決めつけず、一人ひとり確かめる
・健常者でも安静時に全員、歯の接触はあった。問題になりうるのは「当たること」そのものより、回数と長さという視点
・筆者の補足:日本ではその後、日中に上下の歯を接触させ続ける癖を「歯列接触癖(TCH)」と呼ぶ考え方が広まりました。ただしこの論文にTCHという言葉や概念は出てきません。この論文は、その考え方が出てくるより前に、歯の接触を直接測った報告として読むのがよさそうです
この研究から持ち帰るのは、「顎が痛い人の中には、起きている間に歯が当たっている回数と時間がとても多い人がいる」という事実です。原因や治し方までは、この研究だけでは言えません。
⑧ここだけ、冷静に補助線
ここからは筆者の読みです。スイッチは咬頭嵌合位での接触だけを拾うので、偏心位での接触やグラインディングは数えられていません。また、測ったのは歯が当たっているかどうかと時間で、噛む力の強さや筋電図は測っていません。「食いしばり」は著者らの解釈です。「有意に大きい」という表現がありますが、統計の方法や数値は書かれておらず、記事の数字の多くは図の棒から読み取った概数です。患者が接触を自覚していたかどうかも調べていません。それでも、口の中にスイッチを付けて歯の接触を直接数え、患者と健常者で当たり方がこれだけ違う人がいることを示した点は、今読んでも問診の視点を増やしてくれます。
今日のひとこと
無線スイッチで咬頭嵌合位での歯の接触を直接数えると、安静の1時間で、顎関節症の患者群は健常者より接触の回数も時間も多く、20秒を超える長い接触が患者3人に見られました。一方でほとんど当たらない患者もいて、全員が同じではありません。著者らは閉口筋の緊張の高まりと、その背景に咬合の不調和とストレスを考えていますが、原因や前後関係はこの研究では確かめていません。各群7人・実験室での1時間の結果なので、持ち帰るのは「顎が痛い人の中には、起きている間に歯が当たる回数と時間がとても多い人がいる。一人ずつ聞いて確かめる」という視点です。


