1問1答 論文 痛み・口腔顔面痛

女性の顔の痛みを「心因性」で片づけていない?——痛みの性差には生物学的な手がかりがあり、偏見は不十分なケアにつながり得ると説いた解説(2012年)

1問1答 論文 痛み・口腔顔面痛

口腔顔面痛|「女性によくある痛みだから心因性かも」と言われた患者さんの症例を題材に、痛みの性差を疫学・ホルモン・神経系の研究から説明した解説(Dao 2012・JADA)

所見のない、くり返す顔の痛み。患者さんは女性で、試験前など疲れやストレスがあると強くなる。そんなとき「女性に多い痛みだから、心因性かもしれませんね」と言ってしまったことはないでしょうか。この解説は、まさにその場面を題材にしています。著者の Dao 先生は、顎関節症(TMD)や多くの頭痛など女性に多い慢性痛がある一方で、男性に多い痛み・性差のない痛み・年齢で性差が入れかわる痛みもあると整理しました。この解説が紹介した研究では、口腔顔面痛の性差は思春期に現れ、生殖年齢で最も大きく、閉経で小さくなると報告されています。著者の結論は、女性と男性の体のちがいが痛みの調節のちがいの手がかりになること、そしてこうした知見は、不十分なケアにつながり得る女性患者への偏見を打ち消す助けになるはずだ、というものです。

論文
Sex differences in pain
著者
Thuan Dao(カナダ・トロント大学 歯学部 准教授)
掲載
Journal of the American Dental Association 2012;143(7):764-765. doi:10.14219/jada.archive.2012.0264
種類
解説(ナラティブ)(JADAの連載「Pain Update」。2ページ)。症例を題材に、文献17本を引いて痛みの性差を説明したもの。著者自身の研究データや患者数の集計はなく、系統的レビュー・メタ解析ではない。著者は開示事項なしと記載
PMID
22751978

①「女性に多い痛みだから、心因性かも」と言っていない?

くり返す顔の痛み。診ても、はっきりした所見は見つからない。患者さんは若い女性で、疲れやストレスがあると痛みが強くなると言う。

「女性によくある痛みですね。心因性のものかもしれません」。そう説明して終えたくなる場面です。

この論文は、米国歯科医師会雑誌(JADA)の連載「Pain Update」に載った2ページの解説です(2012年)。著者はトロント大学歯学部の Dao 先生。まさにこの場面の症例から話が始まります。

結論を先に書きます。
・顎関節症(TMD)や多くの頭痛など、女性に多い慢性痛はある。ただし男性に多い痛み・性差のない痛み・年齢で性差が入れかわる痛みもある
・この解説が紹介した研究では、一部の痛みは性ホルモンの変化で動き得ることが、くり返し観察されている
・「女性は受診しやすいから多く見える」という心理社会的な説明だけでは、すべての場合には当てはまらないと著者は述べる
・著者の結論:体のちがいは痛みの調節のちがいの手がかりになる。こうした知見は、不十分なケアにつながり得る女性患者への偏見を打ち消す助けになるはず

②題材の症例:「それは女性の病気ですか?」

著者が示した症例は、こうです。

28歳の女子大学生が、くり返す顔の痛みを歯科医に訴えました。痛みは「出たり引いたりし、ストレスや疲れがあると強くなる。特に試験の時期に」。歯科医は、はっきりした病気の徴候はないと伝えました。

そのうえで歯科医は、こうした痛みは女性に多く、特にストレスがあるときに多いので「心身症的なものかもしれない」と説明します。患者さんは、自分の痛みは本当に「女性の病気」なのか、「心の問題」から来ているのかを知りたいと思いました。

著者は、女性の痛みが心因性とされがちな背景として、女性に多いくり返す痛みの多くが原因不明で、客観的な所見や測定で裏づけられないことが多い、という臨床の実感を挙げています。

③性差は一方向ではない

著者はまず、いくつもの慢性痛は男性より女性に多い、と認めます。その多くは頭頸部に現れ、顎関節症や、さまざまな頭痛が含まれます。ただし頭痛のうち、群発頭痛と外傷後頭痛は男性に多い、と例外も書いています。

痛みの性差の現れ方(原著の記述から) 女性に多い ・いくつもの慢性痛  (多くは頭頸部) ・顎関節症(TMD) ・さまざまな頭痛  (群発頭痛・外傷後頭痛  を除く) 男性に多い ・群発頭痛 ・外傷後頭痛 ・ほかにも男性や男の子に  多い痛みがある 年齢・発達で変わる ・変形性関節症:45歳より  上は女性、下は男性に多い ・口腔顔面痛の性差:  思春期に現れ、生殖年齢  で最も大きく、閉経で  小さくなる 性差のない痛みもある 筆者なりにまとめると:「女性は痛みに弱い」の一言ではとらえられない 痛みの種類や年齢によって、性差の向きも大きさも変わり得る 原著の本文の記述を筆者が図にまとめたもの。多くは原著が引いた他の研究・総説の内容
痛みの性差の現れ方(原著の本文の記述を、筆者が図にまとめたもの)。多くは原著が引いた他の研究・総説の内容で、数値データの比較ではない

そして「しかし」と続けます。男性や男の子に多い痛みもあり、性差のない痛みもある。さらに、年齢によって変わる痛みもある。

この解説が紹介した、年齢や体の発達で変わる例
・変形性関節症:45歳より上では女性に多いが、45歳より下では男性に多い
・口腔顔面痛の性差:思春期に現れ、生殖年齢で最も大きくなり、閉経で小さくなる

筆者なりにまとめると、「女性は痛みに弱い」という一言では、この入り組んだ姿はとらえられません。性差は、痛みの種類や年齢によって向きも大きさも変わり得る、と読めます。

④一部の痛みは、性ホルモンで動き得る

口腔顔面痛の性差が思春期・生殖年齢・閉経と重なって動くことは、ホルモンの関わりを思わせます。著者は、この方向の研究をいくつも紹介しています。

この解説が紹介した研究では
・経口避妊薬やホルモン補充療法の使用は、顎関節症の有病率の高さと関連していた
・性別適合のためのホルモン投与で、痛みが変わったと報告されている
・実験室の研究の多くで、女性の参加者は実験的な痛みへの感受性が高かった
・外から入れたホルモンが、臨床の痛みにも実験の痛みにも影響することがくり返し観察されている
・経口避妊薬を使っていない女性では、臨床の痛みも実験の痛みも月経周期に合わせて揺れるが、経口避妊薬でホルモンの変動が安定した女性では、その揺れが見られない

著者はこれらをまとめて、「女性と男性は、痛みの病気から同じようには影響を受けない」ことをエビデンスは示唆している、と書いています。

⑤「受診しやすいから多く見える」だけでは説明しきれない

では、なぜ女性に多いのか。著者は、心理社会的な説明も公平に紹介しています。

痛みの性差を説明する2つの見方 心理社会的な説明 ・女性は受診しやすいので、多く見える ・体の感覚に気づきやすく、早めに対処する ・痛みに耐えることを男らしさとみなす社会 ・不安、過度の警戒、過去の痛みの体験 著者:すべての場合には当てはまらない (男性に多い痛みがある、年齢で有病率が  変わる、一部の痛みはホルモンで動き得る) 生物学的な手がかり(候補) ・性ホルモン:エストロゲンと神経成長因子  や神経伝達物質の関わり ・脳の反応:急な痛みで活動する場所や  反応の強さに男女差(脳画像研究の総説) ・痛みを抑えるしくみ(下行性の抑制系)  の男女差 ・交感神経と神経可塑性の男女差  (ラットの実験を含む) ただし、ちがいを性だけのせいにするのも難しい 痛みへの反応は、たくさんの要因が絡み合って形づくられる(著者) 原著の本文の記述を筆者が図にまとめたもの。どちらも原著が紹介した仮説や研究
痛みの性差を説明する2つの見方(原著の本文の記述を、筆者が図にまとめたもの)。どちらも原著が紹介した仮説や研究で、著者自身のデータではない
原著が紹介した心理社会的な説明
・女性は男性より受診しやすいため、慢性の口腔顔面痛の患者さんに女性が多く見える
・女性は体の感覚に気づきやすく、病気のサインと受け取りやすい。いくつもの役割を抱えるなかで、痛みの影響を小さくしようと早めに対処する
・痛みに鈍く、耐えることを男らしさとみなす社会もある
・不安、過度の警戒、過去の痛みの体験も、性差を説明する要因として挙げられている

そのうえで著者は、これらの説明はすべての場合には当てはまらないと述べます。理由は3つ。男性に多い痛みが数多くあること、女性と男性の有病率が年齢で変わること、そして一部の痛みが体の発達や性ホルモンで調節され得るというエビデンスがあることです。

同時に著者は、ちがいを性だけのせいにするのも難しいとも書いています。痛みへの反応は、たくさんの要因が絡み合って形づくられるからです。

⑥体のどこに、ちがいの手がかりがあるのか

著者は、性差を説明し得る生物学的な手がかりも挙げています。どれも「候補」として紹介されたもので、どれか1つで決まる、という書き方ではありません。

この解説が紹介した手がかり
・性ホルモン:エストロゲンと神経成長因子や神経伝達物質の関わりが、仕組みの候補として挙げられている
・脳の反応:脳画像研究の総説では、急な痛みで活動する場所や反応の強さに男女差が見られた
・痛みを抑えるしくみ:体に備わった下行性の痛みの抑制系にも男女差があり、性ホルモンの影響を受けるようだ
・交感神経と神経可塑性:ラットの実験で男女差が見られ、交感神経が関わる慢性痛(複合性局所疼痛症候群など)が女性に大きく偏ることの説明になるかもしれない、と著者は述べる

最後の項目は動物実験の話で、ヒトでそのまま起きていると確かめられたものではありません。著者も「説明になるかもしれない」と控えめに書いています。

⑦明日の臨床へ:性別で説明を終えない

著者の結論は短いものです。女性と男性の体のちがい(解剖・生理・ホルモン)は、痛みがさまざまな生物学的要因によって異なる形で調節されることの、重要な手がかりになる。そして、こうした知見は、不十分なケアにつながり得る女性患者への偏見を打ち消す助けになるはずだ、と。

ここからは筆者の読み(原著に書かれていることではありません)
・所見がないことは、痛みがないことではない。「女性だから心因性」で説明を終えると、患者さんは「気のせいと言われた」と受け取りかねない
・問診で、痛みが月経周期やホルモン剤の使用と関係して動くかを、体の側の手がかりとして聞いてみる視点もある
・一方で、性差は集団の傾向の話。目の前の1人を「女性だから痛みに敏感」と決めつけるのも、同じく性別で片づけることになる
・ストレスや疲れで悪化するという訴えも、「だから心の問題」ではなく、痛みを動かす要因の1つとして受け止める
ここだけ、冷静に補助線この論文は専門家による2ページの解説で、著者自身の研究データを示したものではありません。紹介された知見の多くは他の研究や総説からの引用で、実験室の研究や動物実験も含まれます。ここに並んだ関連は、ホルモンや神経の差が痛みの性差を生んでいると確かめたものではありません。
題材の症例が、その後どう診断され、どうなったのかも書かれていません。どの検査や問診をすればよいかといった、具体的な手順も示されていません。
引用文献は1983〜2007年のもので、その後も研究は進んでいます(ここは筆者の補足です)。
それでも、「女性の痛みだから心因性」という短絡を、生物学の側から問い直す視点を2ページで渡してくれる解説です。所見のない痛みの前で、説明を急がないための1本として手元に置いておきたい論文です。

今日のひとこと

この解説が伝えているのは、痛みの性差は「女性の痛みは心因性」という話ではなく、ホルモンや神経系のちがいに手がかりがある、一方向ではない現象だということです。女性に多い痛みもあれば、男性に多い痛み、年齢で入れかわる痛みもあります。歯科が持ち帰れるのは、所見が見つからない顔の痛みを、性別を理由に「心因性」で片づけないという姿勢。著者は、女性患者への偏見が不十分なケアにつながり得ると書いています。研究データを示した論文ではなく、専門家の解説であることは踏まえて読みます。

Dao T. Sex differences in pain. J Am Dent Assoc. 2012;143(7):764-765. doi:10.14219/jada.archive.2012.0264. PMID: 22751978
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。