1問1答 論文 歯周病
修復もスケーリングも、原因である細菌の状況を変えていない——2003年に Elderton が投げかけた問題提起を、いまの外来で読み直します。
①「今日もお掃除しておきますね」——その先に、何がありますか
リコールで来院した患者さん。歯石を取って、研磨して、「またお待ちしています」。詰め物の縁が少し崩れていれば、削って詰め直す。この診療は、いま日本中の医院で毎日繰り返されています。
2003年、英国 Bristol 大学の Richard J. Elderton は、この「日常」そのものに疑問を投げかけました。修復もスケーリングも、う蝕と歯周病の原因である細菌の状況を、実は変えていないのではないか——と。
②なぜ「削る・取る」が治療の中心になったのか
著者は歴史から説き起こします。G.V. Black の窩洞形成の原則が世界中に広まり、そこから1975年頃まで成形歯科学(operative dentistry)が爆発的に成長しました。歯科大学には広大な臨床実習スペースが置かれ、カリキュラムの大部分を占めるようになります。
Hume はこの状況を、「飼いならし、向きを変えさせる必要がある restorative tiger(修復という虎)」と表現しました。Elderton は、G.V. Black が今日生きていたなら、その「虎を手なずける」側の先頭に立っていただろう、とも書いています。
その結果として起きたのが、患者も歯科医師も「処置を受ければ口は自動的に健康になる」と素朴に信じてしまうことでした。著者は、多くの歯科医師が疾病コントロールそのものの臨床経験に乏しい、と指摘します。
③この論説の一手:連鎖を1枚の表に書き出した
Elderton がこの論文で行ったのは、新しい実験ではありません。それまで20年ほどの研究をつなぎ合わせ、「伝統的な修復治療が抱える欠点の連鎖」を1枚の表(Table 1)として書き出したことです。
連鎖の出だしはこうです。診査は単純で大まかになりがちで、う蝕の診断検査はかなり主観的。だから診断はしばしば不正確になる。同時に、う蝕の活動性やリスク因子は十分に考慮されない。そして疑わしい場面でも「修復しておくのが良い歯科医療」とみなされる——。ここから、長い長い連鎖が始まります。
④空回りするスケーリングの輪
歯周病について、著者がとくに手厳しいのがこの部分です。
スケーリングをする。その日は歯がきれいになる。けれど細菌性プラークは戻り、病気は進み続ける。そして歯周病そのものは適切に評価されず、記録もされない。だからまたスケーリングをして、また1日きれいになる——。この輪が何年も回り続けるあいだに、不可逆的な歯槽骨の吸収が進んでいきます。
著者は具体的な数字も挙げます。適切な縁下スケーリングとルートプレーニングには1歯あたり5〜7分、あるいはそれ以上かかる。「ときどきのスケーリングとポリッシング」で歯周治療になっていると思うのは幻想だ、というのが著者の見方です。
さらに、不十分なスケーリングと研磨は目的を達成しないばかりか、付着や硬組織を傷つけ、歯の表層にある高フッ化物の層まで削り取ってしまうことがある、とも述べています。
⑤修復の繰り返しサイクル(repeat restoration cycle)
修復側の連鎖は、さらに長く続きます。
再修復のたびに窩洞は大きくなり、歯は弱くなる。前の修復物にあった問題は、新しい修復物でも繰り返される。修復は大きく複雑になり、歯髄への細菌的・機械的・化学的な為害も起きやすくなる。やがて歯が破折し、クラウンが「万能の解決策」として被せられる。根管治療、ポスト、そして抜歯。ブリッジ、支台歯の喪失、より大きなブリッジ、義歯——。
著者が突きつけるのは、この過程のあいだ歯科医師は「自分は良い医療をしてきた」と感じ続けているという点です。患者もまた、健康にしてもらっているという思い込みのなかにいる、と。
そもそも修復物はそれほど長持ちするものではなく、数年しかもたないものも少なくありません。そして、修復はう蝕という病気そのものを治すわけでもないのです。
⑥修復物の半分は、人口の12%に集まっていた
論説とはいえ、著者は引用データも示しています。スコットランドの成人を対象にした前向き調査です。
5年間に受けた修復治療の量は、受診パターンと「すでに修復物が入っている歯の数」に強く関係していました。1回の治療コースあたりに修復された歯面数は、通院頻度によらずほぼ同じ。つまり、よく通う人ほど修復の総数が増えていきます。さらに、修復物の総数が多い人ほど、そのうち「再修復」が占める割合がはっきり高まっていました。
よく通い、教育水準も高く、きちんと受診する習慣のある人ほど、修復物を点検される機会が多い。だから形態的に不良な修復物が見つかり、置換の対象になりやすい。著者はここから、「広く行われているかたちの歯科医療が、必ずしも歯にとって良いとは限らない」と結論づけています。
⑦なぜ空回りするのか——「処置」と「疾患管理」は別物
著者の見立てはシンプルです。処置をすることと、病気を管理することは違う。
象徴的な指摘がひとつあります。「口腔清掃指導を与えること自体は、予防処置ではない」。予防が成功したと言えるのは、患者が実際に優れた日々の口腔清掃を達成したときだけだ、と著者は書いています。
同じ目線で、こんな問いも並んでいます。患者は本当にプラークを落とせているか。ブラッシングは今も「ローリング法」のままで、歯肉溝の清掃に届いていないのではないか。歯間清掃の指導は足りているか。抗菌性洗口液が機械的清掃の不足を補ってくれると、誤って信じていないか。喫煙者に禁煙を勧めているか(喫煙は歯周組織の炎症と治癒に著しく不利に働きます)。
ちなみに「1日に何度も磨かせる」ことについては、疾患を起こすプラークが成熟するには24時間以上かかるのだから、回数を増やすこと自体を万能薬のように扱うのは筋が通らない、とも述べています。
⑧明日の臨床へ:削らないという選択も、ひとつの予防処置
ここは誤読されやすいところなので、丁寧に確認しておきます。
Elderton は、必要な修復治療を否定していません。むしろ「修復が必要な場面では、必要最小限の侵襲で、高い技術水準で行う」ことを求めています。ラバーダム、拡大視野、鋭利な手用器具、よく適合した輪郭のあるマトリックスバンド——これらを日常的に、丁寧に使うことこそが、予防を基盤とした修復歯科学の一部になるのだ、と。
そのうえで、著者の結論はこうです。
・ひとつひとつのう蝕病変・歯周病変を評価し、自然な停止が起こりうるかを考える
・既存の修復物は、辺縁が中等度に崩れているというだけで必ずしも置換しない
・適切な場面で修復治療を「差し控えること」は、それ自体が一級の予防処置になりうる
「詰め物が2つ必要です」ではなく、「う蝕病変が2か所ありますから、お口の中で起きている化学的な過程を変えて、病変を止めにいきましょう」。著者が示した、この言い換えの例が印象的です。
⑨ここだけ、冷静に補助線
これは比較試験ではなく、2001年にクウェートで開かれた学術集会(Evidence Based Practice in Dentistry)で発表された論説・総説です。診療ガイドラインでもありません。したがって「どの処置がどれだけ有利か」という効果の大きさは示されていません。引用されている数字も多くは1980〜90年代の英国の調査に由来し、保険制度も材料も異なる現在の日本にそのまま当てはめられるわけではありません。
それでも20年以上たって読み返す価値があるのは、「自分の外来で、この連鎖はどこかで断ち切れているか」を点検する物差しになるからです。批判のための批判ではなく、日々の判断を見直すきっかけとして前向きに使いたい一本です。
今日のひとこと
処置を重ねること自体は、病気の管理にはなりません。今日のスケーリングと今日の修復が、その患者さんの「連鎖」を断ち切る側に働いているか——一人ずつ確かめるところから始めたいですね。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。本論文は比較試験ではなく著者による論説であり、診療ガイドラインではありません。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


