ペリオ / 診断・予後評価 ・ Ørstavik 1996
根管治療を終えた歯。「経過を見ましょう」と言ったものの、次に撮るのは半年後か、1年後か、それとも4年後か——迷ったことはありませんか。撮りすぎれば無駄な被曝とコスト、間を空けすぎれば見逃す。732根を4年間、毎年X線で追いかけた前向き研究が、この問いに具体的な数字で答えています。発生も治癒も、ピークは治療後1年。1年目の1枚に、驚くほど多くの情報が乗っていました。
「次のレントゲン、いつ撮ります?」に、あなたは何と答えるか
根管治療を終えた。根充もきれいに入った。「では経過を見ましょう」——そう言ったあと、次にX線を撮るのはいつでしょうか。半年後? 1年後? それとも「4年は診ないと結果は分からない」と習ったから、4年後? ここは意外と、はっきりした根拠を持たずに決めている領域です。結論から言えば、この論文の答えは「1年後」。1996年、Ørstavikが732根を4年間追いかけて出したデータは、病変の発生も、治癒の兆しも、そのピークはどちらも治療後1年目だと示しました。
従来の困りごと:「成功か失敗か」では、時間の話ができない
エンドの予後は長く「成功/失敗(success/failure)」という言葉で語られてきました。便利な物差しですが、弱点があります。それは「いつ」の情報が抜け落ちることです。カリエスや辺縁性歯周炎が「動くもの(dynamic)」として理解されるようになり、修復学や歯周病学では成功/失敗という言い方はほとんど姿を消しました。ところがエンドでは、この用語が残り続けた。
結果として、臨床の現場で本当に知りたいことが分からないままでした。治癒には何年かかるのか。病変が出るとしたら、いつ出るのか。これが分からないと、リコールの間隔を決められません。「4年以上診ないと個々の歯の評価はできない」(Strindberg 1956、Kerekes & Tronstad 1979)という主張もあり、では毎年4回撮るのか——という話になる。著者はここで発想を変えます。根尖性歯周炎の発生を「イベント(出来事)」として捉え、その年に実際にリスクを負っている歯が何本あるかを分母にして、年ごとの発生率・治癒率を計算する。疫学の考え方をエンドに持ち込んだわけです。
今回の一手:732根を、毎年X線で追いかける
舞台はオスロ大学。1980年代前半、学部学生が治療した571歯・810根が母集団です。ラバーダム+1%塩化ベンザルコニウムによる術野の消毒、1%次亜塩素酸ナトリウム下でのリーマー・Hファイル、水酸化カルシウムの貼薬、ガッタパーチャ+シーラーの側方加圧——当時としては厳格な無菌的手技(strict aseptic regimen)です。治療前に診断が曖昧だった78根(PAI=3)を除外し、732根を解析対象としました。
評価はPAI(periapical index)。根尖部の状態を1(正常)から5(骨の構造変化を伴う広がった透過像)までの5段階で、参照X線像と見比べて観察者ブラインドで採点する仕組みです。PAI 3以上を根尖性歯周炎(CAP)ありと定義しました。
ここで大事なのが、母集団を2つに分けたことです。治療前にPAI 1〜2=病変なしの577根と、PAI 4〜5=明らかに病変ありの155根。前者では「病変が出るか(at risk)」を、後者では「治るか(著者は”at hope”=治ってほしい側、と洒落て呼んでいます)」を追いました。治療後1・2・3・4年で記録します。
結果①:発生も治癒も、ピークは1年後に来る
まず病変が新しくできる側。治療前に健全だった根のうち、追跡できた473根中29根(6%)に根尖性歯周炎が生じました。そして、そのうち76%は1年後の時点ですでに検出可能。2・3・4年後に見つかったのは、それぞれ14%・7%・3%にすぎません。絶対数で言えば2〜4年後に新規で見つかったのは、たったの7根です。
次に治る側。治療前に病変があった根は、追跡できた126根のうち111根(88%)が治癒に向かいました。そして「治りはじめている」と判定できた根の88%は、1年目にすでにその徴候が見えていた(2年目7%、3年目5%)。一方、完全な治癒像(PAI 1〜2)に到達した年はもう少し散らばります。1年目51%、2年目35%、3年目12%、4年目3%。つまり「治る方向に向かっているか」は1年で分かるが、「完全に治りきる」には数年かかることがある——この2つは別の話だ、というのがこのグラフの読みどころです。
そしてもうひとつ。1年後に病変が出た22根は、その後2・3・4年のリコールでも全例で病変が残り続けました。1年目に出たものは、放っておいても消えない。
結果②:2年目以降のリスクは、ふつうの歯と変わらない
ここがこの論文のいちばん面白いところです。年ごとのリスクを計算すると、1年目の5.7%だけが突出し、2年目は1.2%、3年目は0.6%、4年目は0.5%まで落ちます。著者は、この2年目以降の数字を一般集団の疫学データと比べました。Petersson ら(1991)のデータから計算される、任意の歯が根尖性歯周炎になる年間リスクは、11年間で0.13%(根充歯を除く)〜0.22%(全歯)〜1.3%(根充歯のみ)。Eriksen ら(1988a, 1991)のデータからは、15年間でおよそ年0.2%と読めます。
つまり2年目以降の1.2%・0.6%・0.5%という数字は、見かけ上こそ高いものの、一般集団のリスクと統計的に区別できませんでした(検出数が4・2・1本と少なすぎて、95%信頼区間がPetersson らの値を含んでしまう)。著者の言葉を借りれば、1年目にだけ「上乗せされたリスク」があり、それはおそらく治療中の根管系の感染に関係している。逆に言えば、2年目以降に出てくる病変は、根管治療そのものの結果とは直接結びつけられないということです。
なぜそうなるのか──「遅発性の失敗」の正体
では、2年目以降に出てくる病変は何なのでしょうか。著者はここで踏み込んだ推論をしています。根充そのものは感染の侵入路として最も疑わしい存在ですが、それ以外の要因、とくに「修復が遅れた」「歯冠側の封鎖が不十分だった」といった事情が、治療より後になって根管の感染を招いている可能性がある。そうであれば、これらの症例を「根管治療の失敗」と分類してよいのかは疑わしい——そう書いています。いわゆるコロナルリーケージの問題です。
逆に治癒の側から見ると、話はシンプルです。根尖性歯周炎は根管内の細菌感染の結果(Sundqvist 1976)であり、根管系を効果的に消毒すれば治癒が始まる(Byström ら 1987)。自然治癒はほとんど起こらないので、治癒が観察されたなら、それはエンドの処置に帰属できる。だからこそ、1年目に治癒の徴候が見えるかどうかが、そのまま処置の質の答え合わせになるわけです。
面白いのは、この研究の累積治癒曲線が、水酸化カルシウム貼薬+ガッタパーチャというほぼ同一の術式で行われたCvek(1972)の半年時点の結果と、ぴったり一致したことです。20年以上、国も術者も違う2つの研究が、同じ速度で治っていた。治癒のスピードには、それだけ再現性があるということでしょう。
明日の臨床へ:リコールを1年で組む
①「1年後」を既定のリコールにする。この論文がいちばん強く支持しているのはこれです。治療前に病変がなかった歯では、出るものの76%が1年で出る。治療前に病変があった歯では、治るものの88%が1年で「治りはじめ」を見せる。1年目の1枚で、ほとんどの情報が手に入ります。Reit(1987)もリコール設計のコスト効果の観点から、同じく1年初回リコールが有利だと結論しています。
②1年で「治りはじめ」が見えないなら、そこが判断のタイミング。逆説的ですが、これがこの論文の実用的な使いどころです。治癒したすべての根の88%が1年時点で徴候を見せている以上、1年経っても全く動きがない歯は、その後も動かない可能性が高い。1年後にPAI 3が付いた根で、それ以前のリコールに来ていた歯は1本もなかった——つまり比較対象がないという限界はありますが、著者は「いずれ治る歯なら、1年で何らかのX線的変化を見せていたはず」と述べています。再治療や外科の検討は、4年待たずに1年で俎上に載せてよい。
③「透過像が残っている=失敗」と即断しない。これは②の裏返しです。完全な治癒像に至るのに4年かかった例が実際にありました(1年目51%、4年目までかけて残りが到達)。1年後に「小さくなっているが、まだ残っている」なら、それは順調な経過です。動いているかどうかを見る。ゼロになったかどうかで判定しない。
④2年目以降の「遅い失敗」は、エンドの外を疑う。遅発性の失敗は頻度が低く(2〜4年で7根)、しかも一般集団のリスクと区別がつかない。長期に発生する病変を見つけたときは、根充の質だけを反省するより、その後の補綴・修復の封鎖と、経過した年月に目を向けるほうが筋が通ります。
今日のひとこと
根管治療後の予後判定は、1年後の1枚でほぼ決着がつく。新たに病変が出るのも(76%)、治癒の兆しが見えるのも(88%)、大半は1年目に現れる。2年目以降に出てくる病変は数が少ないうえ、一般集団の発症リスクと変わらない——つまり「根管治療の失敗」というより、その後の環境(コロナルリーケージ等)の話かもしれない。1年でリコールを組み、そこで判断する。ただし完全な治癒像には4年かかることもあるので、「まだ透過像が残っている=失敗」と早合点しないこと。


