ペリオ|歯周病の診断・予後評価
「ここ、歯ぐきが下がってきていますね」。私たちは毎日のように言います。でも、その言葉を受け取る側はどう感じているのか。J Clin Periodontol 2013年のこの研究は、96人・783か所の歯肉退縮を測り、患者さん本人に聞きました。答えは意外なものでした。72%は、そもそも気づかれていなかったのです。
①「歯ぐきが下がってますね」と言われた側は、どう感じているか
メインテナンスの口腔内診査。上顎小臼歯の頬側、3mmほどの退縮。私たちは自然にこう言います。「ここ、歯ぐきが下がってきていますね」。
言った瞬間、患者さんの顔が少し曇る。「え、まずいんですか」。そこから説明が始まり、歯ブラシ圧の話になり、場合によっては根面被覆の話になる——というのが典型的な流れでしょう。
ですが、そもそもの前提を疑ったことはあるでしょうか。その退縮を、患者さんは気にしていたのか。そもそも、気づいていたのか。
Nieri らはイタリア・フィレンツェの診療室で、この当たり前を測りました。120人の患者さんに質問票に答えてもらい、較正された検査者が頬側の歯肉退縮をすべて計測。そのうえで、退縮を1か所ずつ本人に示し、気づいていたか/症状はあるか/原因は何だと思うか/治したいかを尋ねたのです。
②なぜこの研究が必要だったのか
歯肉退縮は、口腔清掃状態のよい集団でも悪い集団でも高頻度に見られる、ありふれた所見です。そして根面被覆の術式は数多く開発され、完全被覆率は術式によって7.7%から91.6%まで幅広く報告されています。
問題は、誰が「治す」と決めているかです。著者らはここを鋭く突きます。「一般に、歯肉退縮を治療するかしないかの決定は、歯周病専門医が自身の知識・臨床経験・そして経済的な利益に基づいて下すことのみに依存している」。論文の中で経済的利益(financial benefit)に言及するのは、なかなか勇気のいる書き方です。
先行研究として、Zaher らが2005年にスイスの歯科医師3,780人(同国の歯科医師の約95%)へ郵送調査を行い、歯科医師にとって根面被覆の主要な適応は「審美」だったことを示しています。ところがこの調査は、あくまで術者側の意見を集めたもの。患者本人が退縮をどう感じ、治療が必要だと思っているかを調べた研究は、この時点で1本も存在しませんでした。
③結果——気づかれていない、が圧倒的多数
120人のうち96人に、合計783か所の頬側歯肉退縮が見つかりました。それを患者さんに1つずつ提示した結果が、これです。
565か所(72%)は、そもそも気づかれていませんでした。 気づいていた218か所のうち、160か所は無症状。知覚過敏があったのは36か所、審美的な悩みは13か所、審美+知覚過敏が9か所です。
つまり審美を訴えたのは合計22か所、全体のわずか3%。歯科医師が根面被覆の主要な適応と考えている「審美」は、患者側から見るとこれほど小さい。
そして治療の希望。治療を求めたのは120人中11人、対象となった退縮は57か所だけでした。783か所のうちの57か所ですから、7%ほどです。
④誰が気づき、誰が治したいと言うのか
多水準ロジスティックモデルで解析すると、気づく人と治したい人の輪郭が浮かび上がります。
退縮に気づくことと有意に関連したのは——若年(p=0.0077)、退縮が深いこと(p<0.0001)、切歯と犬歯であること(p<0.0001)、非う蝕性歯頸部病変があること(p=0.0441)の4つ。
治療を希望することと有意に関連したのは——若年(p=0.0118)、退縮が深いこと(p=0.0387)、切歯であること(p=0.0232)の3つでした。
整理すると、患者さんが気づき、かつ治したいと言うのは「若い人の、前歯の、深い退縮」に限られるということです。小臼歯や大臼歯の、浅い退縮。中高年の患者さんの退縮。これらは、こちらが指摘しなければ視野に入っていない可能性が高い。
ちなみに退縮そのものの「存在」と関連したのは、高齢であること(p<0.0001)、強すぎるブラッシング(p=0.0086)、歯種(小臼歯>大臼歯>切歯)でした。退縮が多いのは臼歯部の高齢者、気にしているのは前歯部の若年者——この二重のズレが、この論文の骨格です。
⑤そしてもう一つ——原因が伝わっていない
著者らは「この退縮の原因は何だと思いますか」も尋ねました。この結果が、個人的にはいちばん考えさせられます。
60%は原因を特定できませんでした。 挙げられた原因のうち最多は外傷性のブラッシング(13%)、次いで加齢(11%)、口腔清掃不良(5%)、喫煙(3%)、歯周病(2%)、遺伝(2%)と続き、以下は矯正(0.8%)・放射線治療(0.8%)・補綴(0.6%)・ピアス(0.5%)・隣在歯の欠損(0.5%)・交叉咬合(0.3%)などがわずかに挙がりました。
私たちは「歯ぐきが下がっている」という事実は伝えているのに、「なぜ下がったのか」は、6割の症例で伝わっていない。しかも本当の主因のひとつであるブラッシング圧は13%しか認識されていない。指摘だけして、原因を共有できていないのです。
⑥明日の臨床へ——指摘の前に、一度聞く
この論文の使い方は、たぶん2つあります。
1. 指摘する前に「気になっていますか」と聞く。 順番を変えるだけです。「ここ下がってますね」と告げる前に、「ここ、しみたり気になったりすることはありますか」と聞く。無症状で気づいていない退縮(全体の92%)なら、そこで不安を作らずに済みます。逆に「実は気になっていて」と返ってきたら、それは相手の主訴として扱えます。
2. 根面被覆の適応を、術者の判断だけで決めない。 著者らの結論は静かですが明確です。「歯肉退縮に対する患者の知覚と治療の要望は、意思決定を進める前に慎重に評価されるべきである」。審美を主適応と考えているのは歯科医師側で、患者側で審美を訴えたのは3%。このギャップを埋めずに術式の話を始めるのは、順番が違う。
そして、原因は必ず言葉にして返す。 「下がっています」で終わらせず、「おそらく歯ブラシの当て方の影響が大きいです」「加齢による変化も入っています」まで言い切る。原因が分かれば、患者さんは自分で止められる。治療の必要がない92%にこそ、この一言が効きます。
⑦ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
783か所の頬側歯肉退縮のうち、92%は無症状か気づかれていない。治療を希望したのは120人中わずか11人。患者さんが気づき、治したいと思うのは「若い人」「深い退縮」「前歯」に限られます。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


