カリオロジー|隣接面う蝕・修復介入の閾値・う蝕リスク評価・探針
隣接面の透過像がエナメル質の内側1/2まで来ている。削りますか。教科書はエナメル質内の非齲窩性病変を修復するのは適切でないと言います。でも実際の閾値は国ごとに大きく違ってきました。日本の歯科医師189名に同じ5枚の画像を見せると——う蝕リスクが高い患者では73.8%が、低い患者では46.5%が、エナメル質内で削ると答えました。
①同じレントゲンを見て、削るかどうかが分かれる
隣接面の透過像。エナメル質の内側1/2まで来ている。あなたは削りますか。
教科書的な答えは決まっています。原著が冒頭で引くとおり、非齲窩性のエナメル質病変は再石灰化しうるという合意は得られており、エナメル質内に留まる非齲窩性う蝕を修復することは適切でないとされてきました。背景にあるのはEldertonの修復サイクル——必要になる前に削り始めると、その歯は詰め替えの連鎖に入っていく、という指摘です。
ところが実際の判断は、国によってこれほど違います。エナメル質内側1/2までの病変で切削すると答えた歯科医師の割合は、スウェーデン1%、ノルウェー3.6%、ブラジル54.5%。エナメル質・象牙質境まででは、スカンジナビア0〜21%、米国8〜86%。閾値は集団ごとに違うのです。
では、日本はどこにいるのか。この研究はそれを測りました。
②日本の歯科医師189名に、同じ5枚の画像を見せた
2011年5月〜2012年2月、日本の診療所歯科医師を対象とした横断調査です。JDPBRN(日本版 歯科診療所ベース研究ネットワーク)を通じて全国7地域へ質問紙を配り、282名中189名(67%)から回答を得ました。使ったのは米国・スカンジナビアのDPBRN研究とまったく同じ質問紙の日本語版です(比較できるように翻訳されています)。
配布282名に対し回収189名(67%)、そのうち閾値の設問に回答したのは187名です。回答者の平均卒後年数は18.5±9.9年、82.4%が男性。カリエスリスク評価を治療計画の一部として日常的に行っている歯科医師は25.9%、初発の咬合面う蝕の診断に探針を使う歯科医師は84.1%でした。
③結果:高リスクなら4人に3人がエナメル質で削る
う蝕リスクが高い患者では、エナメル質内で切削すると答えた歯科医師が73.8%(138名)。象牙質まで待つのは26.2%(49名)でした。
う蝕リスクが低い患者では、エナメル質内が46.5%(87名)、象牙質が53.5%(100名)。差は有意(p<0.001)です。
つまり日本の歯科医師は、患者のう蝕リスクによって閾値を動かしていました。同じ画像でも、高リスクなら早く介入する。リスクに応じて判断を変えること自体は、う蝕の管理として理にかなった方向に見えます(これは筆者の受け取り方で、原著がそう評価しているわけではありません)。ただし原著は、高リスクで73.8%がエナメル質内を削るという水準そのものを「良し」とはしていません——冒頭で「エナメル質内に留まる非齲窩性う蝕の修復介入は適切でない」というコンセンサスを引き、結語では「この結果は、日々の診療を自己評価してもらうために歯科医師へ報告されるべきである」と、点検の対象として提示しています。
ただし国際比較を並べると、位置づけが見えてきます。原著が対照に置くGordanら(2009)のDPBRN全体は高リスク75.4%・低リスク40.4%——日本(73.8%/46.5%)とほぼ同じでした。一方スカンジナビアの歯科医師29名は、高リスクで21%・低リスクで0%。著者らの言葉では「DPBRNとJDPBRNは同様の傾向を持ち、スカンジナビアの割合が最も低かった」。
④閾値を動かしていたのは、病変ではなく歯科医師側だった
多変量ロジスティック回帰の結果が、この研究のもう一つの見どころです。高リスクシナリオで有意だったのは5因子——歯科医師の性別(男性/基準は女性:オッズ比 3.58、95%CI 1.10–11.70)、都市規模(政令指定都市/基準はそれ以外:3.69、1.28–10.61)、開業形態(自院開業/基準は勤務医:0.32、0.11–0.98)、カリエスリスク評価(行っていない/基準は行っている:2.85、1.00–8.10)、食事指導の実施割合(0.98、0.97–1.00)。
低リスクシナリオでは3因子——都市規模(2.78、1.14–6.75)、開業形態(0.37、0.14–0.95)、そして探針の使用(12.67、2.82–56.86)。なおこの12.67という値は、初発の咬合面う蝕の診断に探針を「毎回(100%)使う」歯科医師を、「まったく使わない(0%)」歯科医師と比べたものです。中間の使用頻度はきれいな用量反応にはなっておらず、有意だったのは50〜74%(7.47)と100%(12.67)の2区分でした。
方向を、考察の記述に沿って読み解きます。男性歯科医師は女性より、高リスクシナリオでエナメル質内の切削を選ぶ割合が有意に高い。共同経営でない自院開業の歯科医師(105名)は、他の歯科医師のもとで働く勤務医(77名)より、エナメル質内での切削を選ぶ割合が有意に低い。食事指導に力を入れている歯科医師ほど、エナメル質内では削らない傾向(有意だったのは高リスクモデルのみ)。カリエスリスク評価を行っていない歯科医師のほうが、高リスクシナリオでエナメル質内の切削を選ぶ傾向があった、とも記されています。
そして最も大きな数字が探針の使用でした。原著は「先の尖った探針を咬合面う蝕の診断に使うことは、すでに脱灰で脆くなった部位に硬い金属の先端を差し込んで物理的な損傷を与える危険があるため、国際的には受け入れられていない」と述べたうえで、それでも84%が何らかの形で探針を使っていた——著しく高い割合であると書きます。そして探針をより頻繁に使う歯科医師ほど、低リスク患者でもエナメル質内の切削へ早く踏み込む傾向があった。
ここは注意して読む必要があります。断面調査なので因果関係は言えません(原著自身が限界として明記しています)。それでも著者らは、「これらを合わせると、探針の適切な使い方に関する情報をさらに広めることが、隣接面のエナメル質内で切削するという閾値をとる歯科医師を減らす助けになるかもしれない」と結んでいます。
⑤明日の臨床へ——自分の閾値を、一度言葉にしてみる
第一に、この研究は「あなたの閾値が間違っている」とは言っていません。言っているのは、閾値が病変の深さだけでは決まっていないということです。性別、都市規模、勤務形態、リスク評価をするかしないか、探針を使うかどうか——病変とは関係のない要素が、削るかどうかの判断に関連していました。
第二に、リスク評価と食事指導は、閾値の方向とセットで動いていた。リスク評価を行う歯科医師は患者のリスクに応じて閾値を変えている可能性があると原著は解釈します。ただし日常的にリスク評価を行っているのは26%——DPBRNの約69%と比べて明確に低い。食事指導を受ける患者も平均21%でした。
第三に、探針。この論文が示したのは「診断精度」の話ではなく、探針を使う習慣と、早く削る判断が結びついていたという関連です。使うか使わないかを一度立ち止まって考える価値はあるでしょう。
原著が挙げる限界は3つです。①参加者は無作為抽出ではない(JDPBRNのウェブサイトと郵送で募集した189名)。②横断研究なので、因子と閾値のあいだの因果関係は評価できない。③判断材料はレントゲン画像と仮想シナリオだけで、実際の患者では他の臨床情報が加わるため、現場の閾値は異なりうる。加えて、示されたオッズ比はリスク比(何倍なりやすいか)ではありません。この論文は各因子ごとの群別の割合を報告していないため、リスク比を計算して併記することができませんでした——エナメル質内切削のように「起きる割合が高い」アウトカムでは、オッズ比はリスク比より1から遠い方向へ振れます(1より大きい値はより大きく、1より小さい値はより小さく出る)。探針の12.67という値も、そのまま「12.67倍なりやすい」とは読めません(信頼区間も2.82–56.86と非常に広い)。それでも、日本の閾値が同じ質問紙を使ったDPBRN全体(米国とスカンジナビアを合わせた500名)とほぼ同じ位置にあり、スカンジナビアだけが大きく低いという事実は、自分の判断を眺め直す座標軸になります。原著の結び自身が「この結果は、日々の診療を自己評価してもらうために歯科医師へ報告されるべきである」でした。
今日のひとこと
日本の歯科医師は、患者のう蝕リスクによって切削の閾値を動かしていた——エナメル質内で削ると答えたのは高リスク73.8%・低リスク46.5%。ただし閾値に関連していたのは病変の深さだけではない。性別、都市規模、勤務形態、リスク評価をするかしないか、そして探針を使うかどうか。とくに探針を毎回使う歯科医師ほど、低リスク患者でも早く削る側にいた。位置づけとしては、日本(73.8%・46.5%)は同じ質問紙を使ったDPBRN全体=米国とスカンジナビアを合わせた500名(75.4%・40.4%)とほぼ同じで、スカンジナビアの29名(21%・0%)が最も低かった。


