1問1答 論文 虫歯

「グラスゴー効果」は消えた——18年でう蝕を74%から36%に減らした国の話

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|地域格差・公衆衛生プログラム・10回の横断調査

スコットランド・グラスゴーは、健康格差が世界でも最も大きい都市のひとつと言われてきました。貧困の指標では説明しきれないほど病気が多い——この不可解な現象は「グラスゴー効果」と呼ばれています。う蝕も例外ではありませんでした。1994年、グラスゴーの5歳児は74%に明らかなう蝕があり、平均d3mft 4.3。ところが2012年の調査では36%・d3mft 1.6まで下がり、貧困度を揃えて比べたときのグラスゴー効果は消えていました。のべ92,564人の5歳児を18年間追った、10回の横断調査の記録です。

論文
Elimination of ‘the Glasgow effect’ in levels of dental caries in Scotland’s five-year-old children: 10 cross-sectional surveys (1994-2012)
著者
Blair YI, McMahon AD, Gnich W, Conway DI, Macpherson LMD(グラスゴー大学歯学部ほか)
掲載
BMC Public Health 2015;15:212
種類
反復横断研究(スコットランド全国歯科検診プログラムNDIPの10回分・のべ92,564人)
主題
グラスゴーと他地域の5歳児のう蝕格差が、貧困指標で説明できるか。またその差が時間とともに変わったか

「貧困のせい」で説明しきれない差

地域によってう蝕の多さが違う。その理由を聞かれたら、多くの人が「経済的な背景の違いです」と答えるでしょう。実際それは大きい。

ところがスコットランドのグラスゴーでは、貧困の指標を揃えて比べてもなお病気が多いという現象が知られていました。これが「グラスゴー効果」です。う蝕でも同じことが起きていました。

先に結論: 1994年に確かにあったその上乗せは、2012年には消えていた。しかも消えた方向が重要で、グラスゴーのほうが少し良くなる側に振れたのです。

92,564人の5歳児を、18年間

使われたのはスコットランドの全国歯科検診プログラム(NDIP)のデータです。1994年から2012年までの10回の横断調査、5歳児のべ92,564人。グラスゴー地域が24,799人、他地域が67,765人という内訳です。

指標はd3mft(象牙質まで達したう蝕を数えた、う蝕経験歯数)と、明らかなう蝕経験がある子の割合。貧困度はDepCatという、郵便番号区画ごとの社会経済指標を使っています。過密世帯・男性の失業・低い社会階層の世帯・自家用車を持たない人の割合から作られたものです。

う蝕経験歯数は、4.3から1.6へ

0 1.7 3.3 5 5歳児の平均d3mft(う蝕経験歯数) 4.3 1.6 3 1.3 グラスゴー スコットランドの他地域 濃い棒=1994年/淡い棒=2012年。10回の横断調査・のべ92,564人の5歳児。グラスゴーは4.3から1.6へ、他地域は3.0から1.3へ低下した
5歳児の平均d3mft(1994年と2012年)。グラスゴーは4.3から1.6、他地域は3.0から1.3へ低下した

グラスゴーの5歳児の平均d3mftは4.3(1994年)から1.6(2012年)へ。他地域は3.0から1.3へ。どちらも下がっていますが、下がり幅はグラスゴーのほうが大きいのがわかります。

0 26.7% 53.3% 80% 明らかなう蝕がある5歳児の割合(%) 74% 36% 58% 33% グラスゴー スコットランドの他地域 濃い棒=1994年/淡い棒=2012年。グラスゴーは74%から36%へ、他地域は58%から33%へ低下。両者の差は16ポイントから3ポイントに縮まった
明らかなう蝕がある5歳児の割合。両地域の差は16ポイントから3ポイントに縮まった

う蝕がある子の割合で見ると、もっとはっきりします。グラスゴー74%→36%、他地域58%→33%1994年に16ポイントあった差が、2012年には3ポイントになりました。

調整後のオッズ比が、1を下回った

この研究の核心はここです。年齢・性別・DepCat(貧困度)で調整したうえで、グラスゴーと他地域のう蝕のオッズ比を年ごとに計算しました。

  • 調査開始時:オッズ比 1.34(95%CI 1.10–1.64、p=0.005)——貧困度を揃えてもなお、グラスゴーの子のほうがう蝕を持ちやすかった
  • 2012年:オッズ比 0.85(95%CI 0.77–0.93、p<0.001)——1を下回り、むしろグラスゴーのほうが少ない側へ

「グラスゴー効果」は、少なくとも5歳児のう蝕については消失したと著者らは結論しています。

指標の読み方: ここでの1.34や0.85はオッズ比です。う蝕のように有病率が高い集団では、オッズ比は「何倍なりやすいか」よりも大きめの数字になります。数字の向き(1より上か下か)と信頼区間を見るのが実用的です。

格差の「下の端」も動いたか

平均が下がっても、いちばん状態の悪い層が取り残されていたら意味がありません。著者らはそこを別の指標で確かめています。

  • SIC(う蝕の多い上位3分の1の平均d3mft):グラスゴーで9.39→4.80
  • SIC 10(最も悪い10分の1の平均d3mft):グラスゴーで12.98→8.82
  • SCIM 10(スコットランド独自の格差指標):グラスゴーで36.75→11.91(約68%減)、他地域で24.22→9.32(約62%減)

いずれも有意な低下(p<0.001)で、下がり幅はグラスゴーのほうが大きい。全体が良くなっただけでなく、最も不利な層でも改善したということです。

この18年に走っていたもの

同じ期間、スコットランドではChildsmileという全国口腔保健プログラムが動いていました(2006年開始)。全員向けの施策と、対象を絞った施策を組み合わせた設計です。

  • 保育園・幼稚園に通うすべての子に、監督下での毎日の歯みがき
  • 地域歯科医療を「出生時からの予防」へ方向転換
  • 最も貧困な20%の園に、フッ化物バーニッシュを重点配置
  • 歯科保健支援員(Dental Health Support Worker)が、最も不利な地域の家庭を支える

「歯みがき指導をしましょう」ではなく、園で毎日、大人が見ている前で全員がみがく。個人の努力に委ねず、仕組みにした点が目を引きます。

明日の臨床へ

  • 地域全体のう蝕は、18年で半分以下にできる。しかも格差の下の端まで動かせる——これは希望の持てる数字です
  • 個人の努力より、仕組みが効いている可能性。園での集団歯みがきのように「やらなくても済まない形」にするのが要点でしょう
  • 重点配分という考え方。全員に薄く配るのではなく、最も不利な20%に厚く配る設計が採られています
  • 日本で同じことをするなら、まず自分の地域の5歳児のデータを見るところから。数字が無ければ、変化も語れません
ここだけ、冷静に補助線これは反復横断研究であり、Childsmileがう蝕を減らしたと因果として証明したものではありません。同じ期間に生活水準や食習慣、他の保健施策も動いています。また貧困度の指標DepCatは2001年の国勢調査に基づく地域単位の指標で、個々の家庭の経済状況を測ったものではありません。2012年にオッズ比が0.85まで下がった理由——なぜ「同等」ではなく「逆転」なのか——は、この研究からは説明できません。それでも18年という現実的な時間で、これだけ動いた地域が実在するという事実の重みは変わりません。

今日のひとこと

地域ぐるみの予防は、18年で格差ごと動かせる。1994年、グラスゴーの5歳児のう蝕オッズ比は、年齢・性別・貧困度(DepCat)を調整してもなお1.34(95%CI 1.10–1.64)——貧困では説明しきれない上乗せがありました。これが2012年には0.85(95%CI 0.77–0.93)、つまり1を下回ったのです。平均d3mftはグラスゴーで4.3→1.6、他地域で3.0→1.3。明らかなう蝕がある子の割合は74%→36%58%→33%で、両者の差は16ポイントから3ポイントに縮まりました。しかも最も不利な層に絞って見た指標(SIC 10)でも改善しています——格差の下の端が、置いていかれなかったということです。この間に走っていたのがChildsmile(2006年開始の全国口腔保健プログラム)でした。全園児への監視下の毎日歯みがき、出生時からの予防へ舵を切った地域歯科医療、最も貧困な20%の園へのフッ化物バーニッシュ、そして家庭を支える歯科保健支援員の配置。もっともこの研究の設計では、改善をプログラムの効果だと因果として結論することはできません。

出典:Blair YI, McMahon AD, Gnich W, Conway DI, Macpherson LMD. Elimination of ‘the Glasgow effect’ in levels of dental caries in Scotland’s five-year-old children: 10 cross-sectional surveys (1994-2012). BMC Public Health 2015;15:212. PMID: 25879616
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。