1問1答 論文 虫歯

妊娠中のフッ化物と、子どものIQ——聞かれる前に、原著を読んでおく

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|フッ化物の安全性・出生前曝露・疫学の読み方

「フッ素は赤ちゃんの脳に悪いと聞いたのですが」——この質問を受けたとき、僕らは何を根拠に答えているでしょうか。ネットで引用される論文の多くは、そのおおもとがこの2017年の報告です。Environmental Health Perspectivesという環境保健の主要誌に載り、メキシコの母子299組を追った前向きコホート研究。結果は「母親の妊娠中の尿中フッ化物が0.5mg/L高いと、子どもの認知指数が4歳で3.15点、6〜12歳のIQで2.50点低かった」。無視してよい論文ではありません。そして同じ論文が、もう一つ重要なことを報告しています——子ども自身の尿中フッ化物とIQのあいだには、はっきりした関連が見られなかった。この二つを両方伝えられるかどうかが、僕らの仕事だと思います。

論文
Prenatal Fluoride Exposure and Cognitive Outcomes in Children at 4 and 6-12 Years of Age in Mexico
著者
Bashash M, Thomas D, Hu H, Martinez-Mier EA, Sanchez BN, Basu N, Peterson KE ほか(トロント大学ダラ・ラナ公衆衛生大学院/ミシガン大学/インディアナ大学歯学部ほか)
掲載
Environmental Health Perspectives 2017;125(9):097017
種類
前向きコホート研究(メキシコのELEMENTプロジェクト。母子299組。妊娠中に保存された母親の尿と、6〜12歳時の子どもの尿でフッ化物をイオン選択電極法により測定)
主題
出生前のフッ化物曝露と、子どもの認知発達の関連

「フッ素は赤ちゃんの脳に悪いと聞いたのですが」

この質問に、はぐらかさずに答えられるでしょうか。

「そんな話はデマです」と言い切るのは簡単です。でも、その根拠を聞き返されたときに、元になっている論文を読んだうえで答えているかどうか——そこが分かれ目になります。

ネット上で引用される「フッ素とIQ」の話は、その多くがこの2017年の報告に行き着きます。掲載誌はEnvironmental Health Perspectives。環境保健の分野では主要な査読誌です。読まずに否定することも、読まずに怖がることも、どちらもできません。

先に結論: この論文は二つのことを同時に報告しています。①母親の妊娠中の尿中フッ化物が高いほど、子どもの認知得点は低かった(4歳のGCIで3.15点、6〜12歳のIQで2.50点)。②子ども自身の尿中フッ化物とIQのあいだには、はっきりした関連が見られなかった。両方を伝えるのが誠実な紹介です。

メキシコの母子コホートを、保存尿で追った

使われたのはELEMENT(Early Life Exposures in Mexico to Environmental Toxicants)という、環境有害物質の曝露を追う長期コホートです。

  • 妊娠中に採取・保存されていた母親の尿と、6〜12歳時の子どもの尿を、イオン選択電極法でフッ化物測定
  • 母親の尿はクレアチニン補正(MUFcr)、子どもの尿は比重補正(CUFsg)
  • 知能の評価は、4歳=McCarthy Scalesの一般認知指数(GCI)6〜12歳=WASIのフルスケールIQ
0 350人 700人 1050人 各段階で残った人数(人) 997人 971人 825人 515人 287人 211人 評価した母親 18歳以上 尿検体が足りた クレアチニン測定あり GCI解析 IQ解析 997名から出発し、最終的にIQの解析に載ったのは211組。著者らは欠測データを限界として挙げ、解析に含まれた群と除かれた群で女児の割合や母体血中水銀濃度に差があったことも報告している
解析に残るまでの人数の推移。997名から出発し、IQの解析に載ったのは211組だった

母親997名から出発し、18歳以上で971名、尿検体量が足りたのが825名、既にクレアチニンが測定されていたのが515名。ここから外れ値を除き、最終的にGCIの解析に287組、IQの解析に211組(どちらかのデータがある母子は299組、両方あるのは199組)が残りました。

曝露のレベルは次のとおりです。

  • 母親の尿中フッ化物:平均 0.90(SD 0.35)mg/L
  • 子どもの尿中フッ化物:平均 0.82(SD 0.38)mg/L

著者らはこれを「妊婦や非妊娠成人について他の一般集団で報告されている範囲」と位置づけています。特別に高濃度の地域を選んだ研究ではない、ということです。ただし考察では、エルサレム(0.29〜0.53mg/L)やポーランド(0.65〜0.84mg/L)の報告と比べて「本研究の母親たちの曝露は、先に挙げた集団よりわずかに高かった」とも書かれています。なお、至適にフッ化物添加された水を飲む健康な成人の尿中フッ化物は0.62〜1.5mg/Lと報告されています。

母親の尿が0.5mg/L高いと、3.15点と2.50点

0 1.3点 2.7点 4点 尿中フッ化物0.5mg/L高いことに対応する得点の低さ(点) 3.15点 2.5点 0.89点 母親の尿→4歳のGCI 母親の尿→6〜12歳のIQ 子ども自身の尿→IQ オレンジ=統計的に有意(95%CIが0をまたがない)。GCIは−3.15(95%CI −5.42〜−0.87)、IQは−2.50(95%CI −4.12〜−0.59)。グレー=有意でない。子ども自身の尿中フッ化物では−0.89(95%CI −2.63〜0.85)で信頼区間が0をまたいでいる
尿中フッ化物が0.5mg/L高いことに対応する得点の低さ。母親の尿では有意、子ども自身の尿では有意でない

交絡因子を調整した多変量モデルの結果です。母親の尿中フッ化物が0.5mg/L(およそ四分位範囲にあたる幅)高いことは——

  • 4歳時のGCIが 3.15点低いことと関連(95%CI −5.42〜−0.87、n=287)
  • 6〜12歳時のフルスケールIQが 2.50点低いことと関連(95%CI −4.12〜−0.59、n=211)

どちらも信頼区間が0をまたいでおらず、統計的に有意です。

ただし、直線ではなかったここは紹介記事でいちばん落ちやすい所見です。著者らは一般化加法モデル(GAM)でも解析しており、IQとの関係は直線的ではありませんでした。原著の記述はこうです——「調整済みGAMモデルの推定は非線形の関係を示唆しており、およそ0.8mg/Lを下回る値ではIQスコアとの明確な関連が無く、この値を上回ると負の関連がある」。なお線形モデルに二次項を加えたときの当てはまりの改善は有意ではありませんでした(p=0.10)。さらに、子どもの尿データがある189名に限った感度分析では「非線形性はより顕著で、母親の尿中フッ化物が1.0mg/Lを下回る範囲では関連の明確な証拠が無かった」と書かれています。「濃度が上がるほど比例して下がる」という読み方は、この論文からは出てきません。

そして、子ども自身の曝露では有意な関連が出なかった

ここが、紹介されるときにいちばん落ちやすい部分です。

著者らは子ども自身の尿中フッ化物とIQの横断的な関係も解析しています。結果は——

  • 子どもの尿中フッ化物が0.5mg/L高いことに対応するIQ差は−0.89(95%CI −2.63〜0.85)。信頼区間が0をまたいでいます
  • 出生前曝露(母親の尿)で調整しても−0.77(95%CI −2.53〜0.99、n=189)。やはり0をまたぐ

つまりこの論文が示したのは「出生前」の話であって、子ども自身がフッ化物に触れることの影響については、同じデータの中で有意な関連が見つかっていないのです。

ただし「関連が無い」と証明されたわけではありません。点推定は −0.89 で、信頼区間の下限 −2.63 は出生前の効果量(−2.50)と同程度の負の関連まで許容しています。n=189で、しかも横断的な解析ですから、検出力の限界を承知したうえで「有意ではなかった」と言うのが正確です。

ここを踏まえると、話し方が決まる: この研究は妊娠中の母体の全身的な曝露を扱っています。子どもの歯にフッ化物歯磨剤を使うこと・フッ化物を塗布することを評価した研究ではありません。混同して伝えないこと——これは、怖がらせないためではなく、論文に書いていないことを言わないためです。

曝露源はどこか——ここが日本と違う

この研究の対象がどんな環境にいたかは、日本に持ち帰るうえで決定的に重要です。

  • メキシコでは250ppmのフッ化物添加食塩が使われています(日本にはこの制度がありません)
  • メキシコ市の水道水の天然フッ化物は 0.15〜1.38mg/Lと報告されている地域があります
  • ただしメキシコでは、水道水のフッ化物濃度が水質管理の項目として測定・報告されていません——つまり著者らも、対象者が実際に水からどれだけ摂取したかを把握できていません

尿中フッ化物という指標は、「全身にどれだけ入ったか」の総和を映します。食塩か、水か、歯磨剤か——その内訳は、この研究からは分かりません。

この論文の弱いところ(著者自身が挙げている)

著者らは限界を率直に列挙しています。主なものを挙げます。

  • 24時間蓄尿ではなくスポット尿(早朝2回目尿)を用いた——ただし著者らは「早朝検体と24時間検体のフッ化物濃度には密接な関係があると他の研究者が報告している」と反論を添えています
  • 欠測データが多い。解析に含まれた群と除かれた群で、女児の割合や母体血中水銀濃度に差があった
  • 感度分析で係数がかなり変動した。とくに社会経済状況・鉛・水銀のデータがある部分集団では、水銀については推定値がほぼ倍になった(IQで −2.50 が −4.59 に)。著者らは「この現象に用意された説明はない」と書き、残余交絡やバイアスを完全には否定できないとしています
  • 逆に、弱くなる側の感度分析もある。子どもの尿データがある189名に限ると、出生前曝露とIQの関連は調整前 −1.94(95%CI −4.15〜0.26)、子どもの尿で調整後 −1.73(95%CI −3.75〜0.29)と、いずれも信頼区間が0をまたぎます
  • 食塩中のヨウ素の情報が無い(フッ化物と認知の関連を修飾しうる)
  • 水中フッ化物濃度のデータが無いヒ素など他の神経毒性物質の情報も無い
  • 母親はクレアチニン補正、子どもは比重補正と補正法が異なる——こちらも著者らは「尿の希釈を補正する能力において両者はほぼ同等である」と付け加えています
  • コホート間で共変量の分布に差があった(Cohort 2Aは骨鉛が有意に高く p<0.001、血中水銀も高い傾向 p=0.067。著者らは測定年代の違いで説明できるとしています)
  • WASI(6〜12歳のIQ検査)については検査者間信頼性のデータが無い(同じ検査者が実施した4歳のMcCarthyでは信頼性が非常に高かったことを根拠に、著者らは一定の安心材料としています)
  • 妊娠中のフッ化物の薬物動態が分かっていないため、一般集団への外挿能力は限られる

明日の臨床へ

  • この論文の存在を否定しない。主要誌に載った前向きコホートであり、「デマ」と切り捨てる対象ではありません
  • 「出生前の母体曝露」と「子どもへのフッ化物応用」を分けて話す。同じ論文の中で、後者には有意な関連が出ていません
  • 曝露源の違いを説明する。対象はフッ化物添加食塩のある国の集団で、日本の生活とは条件が違います
  • 観察研究であることを伝える。関連は示せても、原因と結果は決められません
  • 「不安なら、まず総量を把握しましょう」と提案する。否定でも肯定でもなく、一緒に整理する立場を取るほうが、信頼は残ります
ここだけ、冷静に補助線この論文の読み方で最も難しいのは、「有意である」ことと「臨床的に意味がある」ことの距離です。IQで2.50点という差は、個人単位では検査の測定誤差に埋もれる大きさですが、集団全体の分布が2.5点ずれることの公衆衛生上の意味は、また別の議論になります。著者ら自身、この研究だけで政策を動かせるとは書いていません。一方で、これを「無視してよい」とする根拠も、この論文の中にはありません。そして忘れてはならないのが、著者ら自身が結論の項でこう書いていることです——「水道水と食塩へのフッ化物添加、そしてフッ化物歯磨剤の使用は、う蝕の有病率と発生率を大幅に減少させており、公衆衛生の成功例として認められている。我々の所見は他の研究集団で確認される必要がある」。そのうえで著者らは、「妊婦と小児におけるフッ化物の潜在的な有害作用について、さらなる研究の必要性を補強する」と結んでいます。この両方が、同じ論文の同じ段落に書かれている——それを、そのまま伝えるのが僕らの仕事だと思います。

今日のひとこと

出生前の曝露には関連があり、子ども自身の曝露には関連が見られなかった——この二つが、同じ論文の中にある。対象はメキシコのELEMENTコホートの母子。母親の妊娠中のクレアチニン補正尿中フッ化物は平均 0.90(SD 0.35)mg/L子どもの比重補正尿中フッ化物は平均 0.82(0.38)mg/L。多変量モデルでは、母親の尿中フッ化物が0.5mg/L(およそ四分位範囲)高いことが、4歳時のGCI(一般認知指数)で 3.15点低い(95%CI −5.42〜−0.87、n=287)、6〜12歳時のフルスケールIQで 2.50点低い(95%CI −4.12〜−0.59、n=211)ことと関連していましたただし関係は直線ではありません——調整済みGAMモデルではおよそ0.8mg/Lを下回る範囲でIQとの明確な関連が無く、それを上回ると負の関連という非線形が示唆されました(線形モデルへの二次項追加による当てはまりの改善は有意ではなく p=0.10)。また子どもの尿データがある189名に限った感度分析では、出生前曝露とIQの関連は 調整前 −1.94(95%CI −4.15〜0.26)・調整後 −1.73(95%CI −3.75〜0.29)と、いずれも信頼区間が0をまたぎました。一方、子ども自身の尿中フッ化物とIQのあいだにも、統計的に明確な関連はありませんでした——0.5mg/L高いことに対応するIQ差は −0.89(95%CI −2.63〜0.85)、出生前曝露で調整しても −0.77(95%CI −2.53〜0.99、n=189)。曝露源については、メキシコでは250ppmのフッ化物添加食塩が使われており、メキシコ市の水道水の天然フッ化物は0.15〜1.38mg/Lと報告されているものの、水道水のフッ化物濃度は水質管理項目として測定・報告されていません。著者らは限界として、24時間蓄尿ではなくスポット尿を用いたこと、欠測データが多いこと、感度分析で係数がかなり変動したこと(水銀のデータがある部分集団では推定値がほぼ倍になった)、食塩中のヨウ素・水中フッ化物・ヒ素の情報が無いこと、妊娠中のフッ化物の薬物動態が分かっていないことを挙げています。なお著者らは結論の項で「水道水と食塩へのフッ化物添加、およびフッ化物歯磨剤の使用は、う蝕の有病率と発生率を大幅に減少させており、公衆衛生の成功例として認められている。我々の所見は他の研究集団で確認される必要がある」とも明記しています。

出典:Bashash M, Thomas D, Hu H, Martinez-Mier EA, Sanchez BN, Basu N, Peterson KE, Ettinger AS, Wright R, Zhang Z, Liu Y, Schnaas L, Mercado-García A, Téllez-Rojo MM, Hernández-Avila M. Prenatal Fluoride Exposure and Cognitive Outcomes in Children at 4 and 6-12 Years of Age in Mexico. Environ Health Perspect 2017;125(9):097017. PMID: 28937959
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
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