カリオロジー|唾液・口腔乾燥症
頭頸部への放射線治療を終えた患者さんが、口腔乾燥を訴えて来院します。話しづらい、食べづらい、夜中に目が覚める。私たちが差し出せるものは、長らく人工唾液だけでした。その状況を変えたのがピロカルピン塩酸塩です。以下は製造販売元の研究者による新薬紹介総説の内容です。口腔乾燥感が改善した患者の割合はプラセボ31.0%に対し50.0%——ただし同じ試験で、副作用「発汗」の発現率は9.2%に対し63.6%。効果と副作用を、必ずセットで理解しておく薬です。
①「口が渇いて仕方ない」に、何を出せるか
頭頸部への放射線治療を終えた患者さんが、口腔乾燥を訴えて来院します。話しづらい、食べづらい、夜中に目が覚める。
私たちが差し出せるものは、長らく人工唾液だけでした。保湿剤、こまめな水分、フッ化物——対症的な手当てはできても、唾液そのものを出させる手段は無かったのです。
その状況を変えたのが、ピロカルピン塩酸塩です。2006年の 日本薬理学雑誌 に載った新薬紹介総説が、その薬理と国内臨床試験の成績をまとめています。
②高線量の照射では、唾液が10分の1以下になると報告されている
まず、なぜこの薬が必要とされたのかを押さえます。
頭頸部悪性腫瘍は放射線感受性が高く、機能と形態を温存する観点から手術より放射線治療が第一選択になることが多い。しかし正常な唾液腺を照射野内に含めざるを得ないことが多く、照射開始の早い時期から唾液腺機能が低下します。
この総説は、他の報告を引いてこう述べています——とくに耳下腺を含めた照射野に高線量の放射線治療を行った際には、安静時・刺激時の唾液分泌がともに照射前の10分の1以下まで減少すると。
唾液は1日約1〜1.5L分泌され、その99%以上が水分ですが、消化・軟化・湿潤・清浄という多様な働きを担っています。それが10分の1になれば、う蝕・粘膜炎・摂食嚥下・会話・睡眠のすべてに影響が及びます。
③M3受容体を介して、唾液腺を直接押す
ピロカルピン塩酸塩はムスカリンアゴニスト——副交感神経刺激薬です。薬理の要点はこうです。
- ムスカリン受容体の各サブタイプ(M1・M2・M3)に高い親和性を示し、ニコチン受容体への親和性は明らかに低い
- ラット摘出唾液腺灌流標本で濃度依存的に唾液分泌を促進し、その作用はアトロピンで著明に抑制された
- M3受容体遮断薬である4-DAMPで強く抑制されたことから、唾液分泌作用にはM3受容体が関与すると示唆された
- 正常動物で、耳下腺および顎下・舌下腺からの分泌を用量依存的に促進
- 頭頸部にX線を照射した口腔乾燥症モデルラットでも用量依存的に分泌を促進し、唾液量だけでなくアミラーゼとタンパクの分泌量も増加させた
④第III相試験:改善率50.0% 対 31.0%
国内の検証試験は次の設計でした。
- 対象は頭頸部悪性腫瘍に対する放射線治療後の口腔乾燥症患者175例
- 組み入れ条件は大唾液腺を含む照射野に40Gy以上、かつ口腔乾燥感の重症度VASスコアが50mm以上
- 1回5mgを毎食直後、12週間経口投与する二重盲検群間比較試験
- 主要評価項目は最終観察時の口腔乾燥感の重症度VASスコア変化量
結果です。
- 主要評価項目のVASスコア変化量は、プラセボ群14.5mmに対しピロカルピン群24.6mmで有意な改善(群間差は10.1mm)
- 改善率(VASが25mm以上変化した症例の割合)は、プラセボ31.0%に対しピロカルピン50.0%で有意
- 日常生活の障害度——会話障害・摂食障害・睡眠障害のVASスコアも、いずれも有意に改善
- 水を飲む・うがいをするといった補助療法の頻度が「減った」と答えた患者の割合も、プラセボ群より有意に高かった
改善率の差を別の形にすると、絶対差19.0ポイント、リスク比 約1.6、1人多く改善させるのに必要な人数(NNT)は約5(本文の割合から計算)。一方、発汗については1人多く発汗させるのに必要な人数(NNH)は約2になります。
注目すべきはプラセボ群でも31.0%が改善していることです。口腔乾燥感という主観的なアウトカムでは、プラセボ効果も自然経過も無視できません。だからこそ、二重盲検で比べる意味があります。
⑤長期投与でも、効果は落ちなかった
長期投与試験は、大唾液腺を含む照射野への外部照射後4か月以上が経過し、VASスコアが25mm以上の患者66例を対象に、1回5mgを1日3回投与して安全性と有効性を検討したものです。
- 投与52週後の口腔乾燥感の重症度VASスコア変化量は27.8mm——持続的な改善が確認された
- 会話障害・摂食障害・睡眠障害のVASスコアも52週後まで有意な改善が認められ、効果の減弱は認められなかった
- 安静時唾液分泌量(服用前 → 服用60分後、各10分間)は、12週後 0.331g → 0.835g、28週後 0.476g → 0.999g、52週後 0.341g → 1.024g。いずれの時期も有意な増加
ここで見落としてはいけないのは、服用前の値が52週たっても0.3〜0.5gのままであることです。つまりこの薬は唾液腺そのものを回復させるのではなく、飲むたびに分泌を押している——服用60分後には2.1〜3.0倍に増えている(12週2.52倍・28週2.10倍・52週3.00倍。本文の数値から計算)、という性質の薬です。
⑥副作用は「起きる前提」で説明する
この総説の安全性の記述は、率直です。
- 第III相試験の副作用発現率は、プラセボ32.2%に対しピロカルピン73.9%
- 因果関係を否定できない臨床検査値の異常変動は、プラセボ22.4%に対し32.5%
- 主な副作用は発汗・頻尿・鼻汁・頭痛・下痢。最も多い「発汗」はプラセボ9.2%に対し63.6%
- ただし「高度」と判定された副作用はなく、多くは「軽度」。因果関係が否定できない重篤な副作用は認められなかった
- 長期投与試験では副作用発現率81.8%、臨床検査値異常変動24.1%、「発汗」66.7%。投与期間の延長に伴って発現率が大きく増加する傾向は認められず、遅発性の危惧すべき事象もなかった
⑦明日の診療で、何を1つ変えるか
歯科側でできることは、こう整理できます。
- 放射線治療後の患者さんに、口腔乾燥の程度を必ず聞く。会話・摂食・睡眠への影響まで踏み込む(この試験の評価項目そのものです)
- すでに服用している患者さんには発汗の有無を確認する。自己中断していないか
- ヒトでの測定は服用前と服用60分後の2点だけです。どこで最大になるかはこの総説からは分かりません(イヌの耳下腺では投与60分後に最大でしたが、動物のデータです)
- そして唾液が戻っても、う蝕リスクは残ります。フッ化物・清掃・定期管理は並行して続ける必要があります
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
頭頸部への放射線治療では大唾液腺を照射野から外せないことが多く、著者らは他の報告を引いてとくに耳下腺を含めた照射野に高線量の照射を行った際には、安静時・刺激時の唾液分泌がともに照射前の10分の1以下まで減少すると述べている。それに対して唾液そのものを出させる手段は、長らく人工唾液しかなかった。ピロカルピン塩酸塩はムスカリンアゴニストで、M1・M2・M3受容体に高い親和性を示す一方ニコチン受容体への親和性は低い。ラット摘出唾液腺灌流標本での分泌促進はアトロピンで著明に、M3遮断薬4-DAMPで強く抑制され、M3受容体の関与が示唆された。X線照射による口腔乾燥症モデルラットでは、唾液量だけでなくアミラーゼとタンパクの分泌量も増加した。国内第III相検証試験(175例・1回5mg毎食直後・12週間・二重盲検)では、主要評価項目の口腔乾燥感VASスコア変化量はプラセボ群14.5mmに対しピロカルピン群24.6mm(群間差10.1mm)で有意。25mm以上改善した患者の割合はプラセボ31.0%に対し50.0%。会話障害・摂食障害・睡眠障害のVASスコアも有意に改善し、水を飲むなどの補助療法の頻度が「減った」と答えた患者の割合も有意に高かった。長期投与試験(66例)では52週後のVAS変化量27.8mmで効果の減弱は認められず、安静時唾液量は服用前0.331g→服用60分後0.835g(12週後)、0.341g→1.024g(52週後)と有意に増加した。ただし服用前の値は12週から52週を通じて0.3〜0.5gで横ばいであり、この期間内では腺機能の底上げは確認できない(投与開始前の値は報告されていない)。安全性は、副作用発現率がプラセボ32.2%に対し73.9%、「発汗」はプラセボ9.2%に対し63.6%(長期投与試験では66.7%)。ただし「高度」と判定された副作用はなく多くは軽度で、投与期間の延長に伴う発現率の大きな増加傾向も認められなかった。本稿は製造販売元の研究者による新薬紹介総説であり、他剤との比較も長期のう蝕発生率への効果も分からない。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。効能・用法・禁忌は必ず最新の添付文書をご確認ください。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


