下顎大臼歯の麻酔、本当に効いてる?
強い痛みのある歯では、下歯槽神経ブロックが無痛で効いたのは大臼歯でわずか25〜28%。アルチカイン浸潤を足しても大臼歯は半分以下。
①「効いてるはず」は、実は"唇のしびれ"を見ていただけ
下顎大臼歯、強い痛みで来た患者さん。下歯槽神経ブロックを打ち、下唇がしびれてきた。よし効いた、と窩洞形成を始めた瞬間「痛い!」——そんな経験はありませんか。実はこれ、あなたの腕のせいではないかもしれません。
下唇のしびれが意味するのは「神経の周りに麻酔が届いた」ことだけ。歯髄まで効いているかは、別の話です。とくにズキズキ痛む不可逆性歯髄炎の歯は麻酔が効きにくいと昔から知られていましたが、「実際に何%効かないのか」を歯種ごとに大きな人数で示したデータは乏しかった。
そこでこの研究は、下顎の大臼歯・小臼歯に分けて、ブロックの本当の奏功率(無痛で削れた確率)を確かめにいきました。
②今回の一手:6研究を束ね、375人で奏功率を数える
この研究の強みは、同じ大学の6つの麻酔研究をまとめ、375人という大集団で評価した点です。
麻酔:2%リドカイン(1:10万エピネフリン)で標準的な下歯槽神経ブロック。下唇がしっかりしびれた患者だけを解析
奏功の定義:削っても痛みゼロ、または軽い痛み(VAS 54mm以下)で処置できたこと
「唇がしびれたか」ではなく、「実際に削っても痛くなかったか」で判定する——現場の感覚にとても近い、誠実なものさしです。さて、しっかりしびれた患者で、ブロックは何% "本当に" 効いていたのか。
③結果①:ブロック単独の奏功率は25〜39%
まず本丸、下歯槽神経ブロック単独の奏功率です。
第一大臼歯28%・第二大臼歯25%・小臼歯39%。下唇がしっかりしびれていても、大臼歯では4人に3人で痛みが残ったということです。参考までに、痛みのない人でもブロックの奏功率は5〜6割程度。痛い歯ではそこからさらに大きく下がるわけです。
④結果②:アルチカイン頬側浸潤を足しても
ブロックで痛みが残った患者には、次の一手として4%アルチカイン(1:10万エピネフリン)の頬側浸潤麻酔を追加しました。
小臼歯は73%まで上がり、統計的にも大臼歯より有意に高い(浸潤がオトガイ孔に届きやすい部位だからと考えられます)。一方で大臼歯は42〜48%どまり。ブロックに浸潤を重ねても、大臼歯では半分以上で痛みが残りました。明らかに良くはなる。でも「これで完全に効く」とはとても言えない水準です。
⑤なぜ、痛い歯ほど麻酔が効きにくいのか
著者は、症候性歯髄炎で奏功率が下がる理由を3つ挙げています。
・炎症が神経を過敏にする:ケモカイン・サイトカインが侵害受容器の閾値を下げる
・チャネルの性質が変わる:局所麻酔が効きにくい「テトロドトキシン抵抗性ナトリウムチャネル」が前面に出る
つまり効かないのは手技だけの問題ではなく、炎症した歯そのものが麻酔に抵抗するという生物学的な事情があるのです。
⑥明日の臨床へ──「効かない前提」で備える
学びはシンプルですが強力です。下唇のしびれは、歯髄麻酔の成功を保証しない。とくに強い痛みの下顎大臼歯では、ブロック単独でも、ブロック+アルチカイン浸潤でも、半分以上で痛みが残りうる。
だからこそ、痛い大臼歯では最初から「効かないかもしれない」を前提に組み立てたい。著者も、ブロックと頬側浸潤で効かないときは、骨内麻酔や歯根膜内麻酔といった追加手技を用意しておくべきだと述べています。削り始める一打目で痛がられたときの "次の一手" を頭に置いておく。それだけで、患者さんの痛い時間も、こちらの慌てる時間もぐっと減ります。
この研究は後ろ向きで、6つの別研究を束ねたもの。各研究で麻酔量(1〜2カートリッジ)や条件にばらつきがあり、VASによる痛みの自己申告がものさしである点も主観が混じる余地があります。だから「下顎大臼歯のブロックは必ず25%しか効かない」と固く読むのは行きすぎ——これは"痛い歯では奏功率が大きく下がりうる"という現実の幅を示したデータです。それでも、「下唇のしびれ=歯髄麻酔の成功ではない」「痛い大臼歯では次の一手を最初から備える」という結論は、日々の臨床でそのまま役立ちます。
今日のひとこと
「下唇がしびれた=効いた」——その思い込みが、患者さんの「痛い!」を生んでいるのかもしれません。痛い大臼歯ほど、効かない前提で次の一手を用意しておく。麻酔の引き出しは、多いほど患者さんの痛みを減らせます。
※本記事は論文の要点を歯科医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


