カリオロジー|10%ハイドロキシアパタイト vs 500ppmアミンフッ化物・in situ
「フッ素を使わない歯磨き粉でも大丈夫ですか」——フッ素症を心配する保護者から、この問いが増えました。海外ではハイドロキシアパタイト配合の子ども用歯磨剤が売られ、日本では1993年に、カナダでは2015年に抗う蝕剤として承認されています。ではフッ化物と正面から比べると、どうなるのか。
①「フッ素なしの歯磨き粉でも大丈夫ですか」
この質問が、確実に増えています。背景にあるのはフッ素症への不安で、とくに6歳未満のお子さんをお持ちの保護者から出ます。
僕らの側にも、実は理屈の上での悩みがあります。6歳未満に推奨されるフッ化物濃度は、1,000〜1,500ppmより低く設定されている。安全のためにそうしているのですが、初期う蝕を再石灰化させるには、その濃度は最適とは言いにくい——著者らはこの点を出発点にしています。
そこで登場するのがハイドロキシアパタイト(HAP)です。エナメル質のアパタイト結晶と化学組成が近い生体模倣材料で、日本では1993年、カナダでは2015年に抗う蝕剤として承認されています。濃度を上げても安全性の懸念が報告されていない——著者らはそう位置づけており(先行研究でHAPの有害事象報告がないことが根拠)、ここがこの材料への期待の中心になっています。
②口の中に装置をつけて、脱灰した乳歯のエナメル質を14日置く
デザインは二重盲検・ランダム化・クロスオーバーの in situ 試験です(ClinicalTrials.gov NCT03681340)。
- 50名をスクリーニングし32名が登録、30名が完遂(女性19・男性11、平均年齢39.5±15.0歳)
- 抜去したヒトの乳歯から2×2×1.5mmのブロックを4つ切り出し、うち2つは健全なまま、2つはpH4.5の酸性ゲルに7日浸けて人工的な初期う蝕を作る
- ブロックをポリエステルガーゼで覆って矯正用ブラケットに固定し、下顎大臼歯の頬側に接着。ガーゼがプラークを溜めるので、実際の口腔内に近い環境になる
- Karex Kid’s(10%HAPマイクロクラスター)とElmex Kid’s(500ppmアミンフッ化物)を、各4週間(健全ブロック2週+病変ブロック2週)使用。相の間には1週間のウォッシュアウト(フッ化物もHAPも入っていない専用歯磨剤)
- 使い方は1日2回・2分・すすぎは水10mLのみ。ブラシは装置の周りを磨き、装置そのものは磨かない(プラークを壊さないため)。ブラッシング後30分は飲食禁止
- 評価は横断マイクロラジオグラフィ(TMR)で、ミネラル喪失量(ΔZ)と病変深さ(LD)を測定
チューブはすべて同じ包装でA・B・ウォッシュアウトと符号化され、製造・包装会社が試験終了とデータ解釈が済むまでコードを保持していました。歯磨剤の重量も来院ごとに測って、使用量を確認しています。
③並んだ——55.8 対 56.9
- 再石灰化率:HAP 55.8%(SD 13.8)/フッ化物 56.9%(SD 14.9)、p=0.81
- 病変深さの減少率:HAP 27.1%(SD 10.6)/フッ化物 28.4%(SD 9.8)、p=0.68
- どちらの歯磨剤も、ベースラインとの比較では p<0.0001 で有意に再石灰化していた
- 差の95%信頼区間は、再石灰化で−8.8%〜+6.5%、病変深さで−6.8%〜+4.1%。あらかじめ設定した臨床的に意味のある差の閾値(Δ≦20%)に収まっている
実数で見ると、ΔZはHAP 2357.5→1013.5、フッ化物 2378.5→1009。減少幅は1344 対 1369.5で、ほとんど重なります。
そして健全エナメル質のブロックでは、どちらの歯磨剤でも脱灰は観察されませんでした。再石灰化だけでなく、脱灰の抑制についても差がなかった、ということです。有害事象の報告もゼロでした。
④同じ結果でも、入り方が違った
この論文でいちばん面白いのは、数字が並んだあとのマイクロラジオグラムの読みです。
- フッ化物:病変の外側半分(表層)が濃く再石灰化し、密度の異なる2つの層がはっきり見えた——表層再石灰化(lesion lamination)
- HAP:表層下病変の厚み全体にわたって、より均一に再石灰化していた
この差は、全ての標本で一貫していたと報告されています。
フッ化物による再石灰化は病変の外側30μmでもっとも効率がよいことが知られており、その結果表層が先に閉じて、内部(body of the lesion)が取り残される。だから完全な再石灰化には到達しにくい——これは以前から指摘されてきた「フッ化物の限界」です。
ここで著者らが強調するのは、今回それがわずか500ppmでも起きたという点です。つまりラミネーションは高濃度に特有の現象ではなく、フッ化物という機序そのものに由来する。だから濃度を上げても、ある所で頭打ちになる。
一方HAPは、脱灰したエナメル質の微小な孔を直接埋め、結晶核として働いて、周囲からカルシウムとリン酸を引き寄せると考えられています。均一に入るなら、濃度を上げるか使い続ければ、より深くまで戻せる可能性がある——著者らはそう書いています。ここはまだ「かもしれない」の段階です。
⑤明日の臨床へ
- 「フッ素なしでは何もできない」とは、もう言えない。少なくとも初期病変の再石灰化という土俵では、10%HAPが500ppmFに並んだ試験がある
- ただし置き換えを勧める段階ではない。フッ化物にはう蝕発生そのものを減らした臨床試験の厚みがあります。この試験が測ったのは14日間の人工病変のミネラル量であり、同じ土俵ではありません
- この結果は「すすぎは水10mLのみ」という条件下で得られたものである。10mLは試験の統制条件であって、著者らが患者への推奨として検証したものではありません
- 相談されたときの言い方:「フッ素をどうしても避けたいご家庭には、代わりになりうる選択肢が出てきています。ただし現時点でう蝕予防の第一選択はフッ化物です」——このくらいの温度が、いまの証拠に合っています
- 500ppmは1,450ppmではない。この試験の比較相手は子ども用の低濃度です。成人が使う1,450ppmと並んだわけではありません
今日のひとこと
14日間の再石灰化率は55.8%対56.9%、差の95%信頼区間は−8.8%〜+6.5%。10%HAPは500ppmFに非劣性だった——ただしこれは装置を装着した成人30名の口の中での話である。


