歯のフッ素症の臨床像・診断・組織像を整理し、米国の既存疫学データを「気温から推定した飲水量」で体重あたりのフッ化物摂取量に換算し直して、用量反応の形を再検討した総説(Fejerskov ら 1990・J Dent Res)
子どもにフッ化物を使えば、全身応用でも局所応用でも、一部は飲み込まれて血中に入ります。長いあいだ、歯のフッ素症は、う蝕予防を最大にするための避けられない副作用で、最適な量ははっきり決まっていると考えられてきました。では、本当に「この量より少なければ出ない」境目はあるのか。デンマークのFejerskovらが、臨床像から用量反応まで見直した総説です。
①「最適量ははっきり決まっている」は本当か
子どもにフッ化物を使うと、全身応用でも局所応用でも、その一部は飲み込まれて血中に入ります。形成途中の歯では、エナメル質の石灰化に影響が出て、歯のフッ素症が起こりえます。
1976年ごろまでは、フッ素症は分泌期のエナメル質形成に対するフッ化物の毒性によるもので、全身応用でう蝕予防を最大にするための「避けられない副作用」とほぼ合意されていました。そして、最適な量ははっきり決まっている、という前提で語られてきました。
Fejerskovらはこの総説で、臨床像、組織と化学、そして用量と反応の関係の3つを見直しています。
②総説の骨格
①臨床像と分類:萌出時の像、口の中での分布、萌出後の変化、診断の問題、分類法(Dean指数・TF指数・TSIF)
②組織病理と化学:光顕・電顕所見、エナメル質中のフッ化物濃度、発生機序の仮説
③用量反応の再検討:米国の既存データ(Dean ら 1941・1942、Richards ら 1967、Butler ら 1985)について、気温から1日の飲水量を求めるGalagan–Vermillionの式を使い、飲料水のフッ化物濃度から体重あたりの1日摂取量(mg F/kg)を推定。これを地域フッ素症指数(Fci)と並べ直した。
③フッ素症の正体は「形成不全」ではなく「多孔質化」
萌出時の歯で見ると、軽いものは周波条に沿って歯面を横切る細い白い線、重いものは歯全体がチョークのように白い状態です。軽度でも多孔質なのは最表層ですが、歯面全体が同じように侵されます。重くなるほど、多孔質の深さと程度が増します。
重度で見られるくぼみ(pits)は、萌出後に表層が欠けたものです。多孔質で低石灰化の層が、比較的よく石灰化した薄い表層の下にあり、その表層が機械的な力で壊れる。露出した多孔質のエナメル質は、急速に着色を取り込みます。著者らは、Dean自身も真の形成不全はフッ素症の特徴ではないと明言していた、と強調しています。
組織では、結晶の配列は正常で、結晶の間のすき間が広がっている(=孔)。著者らは、エナメル質が成熟する時期にタンパクと水の除去が妨げられる「成熟の停止」という仮説を提案しています。TFスコアが高い歯ほど、フッ化物濃度は表層だけでなくエナメル質の全層で高いという所見も紹介されています。
口の中では左右対称に現れ、遅い時期に石灰化する歯ほど重い(小臼歯や第二大臼歯)。飲料水のフッ化物が低い地域でも高い地域でも、この分布の型は同じだとしています。
④診断の落とし穴——乾かさないと見えない、着色は重症度ではない
初期のフッ素症は最表層の多孔質の変化なので、プラークを除去し、歯面を拭いて乾燥させないと見えません。初期う蝕の診査と同じです。
上顎中切歯の切縁は、口唇の閉鎖が不十分だと長時間乾燥し、ほかの部分より重く見えることがあります。しかし実際には歯面全体が同じように多孔質です。また着色は萌出後の変化で、多孔質の程度だけでなく食習慣にも左右されるため、重症度の尺度にはならない。著者らは、着色を重く見る分類(TSIF)では重症度を過大に見積もるおそれがあると批判し、組織の変化を順序尺度で反映するTF指数を勧めています。
⑤用量反応——直線で、境目が見えない
Deanらのデータを換算すると、飲料水から0.02 mg F/kg相当の摂取で、有病率は約40〜50%(「疑わしい」を除くと15〜25%)、Fciは0.3〜0.4でした。「0.1 mg F/kg未満ではフッ素症は起こりにくい」とした先行の見解(Forsman 1977)より、かなり低い量です。食事からのフッ化物が幼児ではこの量を倍にしうることを考えても、なお低い、と著者らは述べています。
Richardsら、Butlerらのデータも重ねると、摂取量とFciは直線関係で、摂取量が0.01 mg F/kg増えるごとにFciが約0.2上がると推定されました。フッ化物錠剤のデータも、この直線から予想される値と一致しました。Aasenden & Peebles(1974)から計算すると、1日量の中央値は0.042〜0.070(平均0.056)mg F/kgでFci 1.23、スウェーデンのGranathら(1985)では中央値0.024〜0.042 mg F/kgでFci約0.4で、飲料水からでも錠剤からでも、予想される結果はほぼ同じでした。
かつてHodge(1950)はDeanのデータを対数の横軸で示しました。著者らが3つのデータを同じように対数軸で描き直すと(Fig. 5)、ある量より下では影響が小さい曲線のように見え、その見かけの境目はFci 0.4〜0.6あたりでした。著者らは、観察された関係がすでに明らかに直線なのに対数変換を使うのは適切かと疑問を呈し、「ここより下なら出ない」という明確な境目を探すのは、もはや適切でないかもしれないと結論しています。
さらに、当時の米国の補充勧告(低フッ化物地域で出生〜2歳0.25 mg、3歳まで0.5 mg、以降1 mg/日)を完全に守った場合、Fciは約1.0、有病率は約70〜80%になると予測しています(実際には開始時期と服用の守り方で大きく変わる)。
⑥感受性を変えうる要因
著者らは、予想より高い有病率が報告される背景として、次の要因を挙げています。標高(ケニアで標高・フッ化物・フッ素症の関連を示した著者ら自身の調査=Manji ら 1986)、摂取時の胃の状態(歯磨剤から飲み込んだフッ化物の生体利用率は、空腹時ならほぼ全量、食事と一緒なら約50%に下がるという学会抄録の報告=Spak & Ekstrand 1988)、栄養不良(仮説の段階)、暑い気候での尿中排泄の違い、体液の酸塩基平衡です。
⑦明日の臨床へ
②着色の強さを重症度と取り違えない。くぼみは萌出後に表層が欠けたもので、着色は食習慣にも左右される。
③子どものフッ化物は「足し算」で考える。この総説のデータからは、一定量より下なら軽いフッ素症も起こらない、という境目は見えなかった。飲料水・錠剤・飲み込んだ歯磨剤など、摂取源を合わせて考える前提になる(この点は筆者の読み)。
④歯磨剤から飲み込んだフッ化物は、空腹時ほど体に利用されやすいという学会抄録の報告を著者らは引いている。
⑤フッ化物をやめよとは書かれていない(筆者の読み)。著者らは、どの程度の変化を公衆衛生上の懸念とみなすかは、社会の状況によって大きく変わる、としている。
⑧ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
歯のフッ素症の本体は、形成不全ではなくエナメル質の多孔質化である(重度で見られるくぼみは萌出後に表層が欠けたもの)。初期の変化はプラークを除いて乾燥させないと見えず、着色は重症度の尺度にならない。米国の3つの既存データを体重あたりの摂取量に換算し直すと、摂取量と地域フッ素症指数(Fci)は直線関係で、0.01 mg F/kg増えるごとにFciが約0.2上がると著者らは推定した。飲水から0.02 mg F/kg相当の地域でも有病率は約40〜50%(疑わしい例を含む)で、著者らは「ここより下なら出ない」という境目を探すのはもはや適切でないかもしれないとした。ただし摂取量は測定ではなく推定で、地域単位のデータである。


