エンド|「失活歯はもろい」という通説を、同じ口の中の左右対称ペアという設計で測り直した研究。平均10.1年経過した根管治療歯23本と、その反対側の生活歯23本を4つの力学的指標で比較した(Sedgley・Messer 1992・J Endod)
根管治療した歯は割れやすい——だから被せる。この順番を私たちはほとんど反射で受け入れています。しかしその根拠をたどると、「乾燥して弾性を失う」という1961年の記述、イヌの歯で水分が9%低いという1972年の報告、そして根管治療歯わずか6本で「せん断強さ・靭性が14%低い」とした1983年の研究に行き着きます。象牙質は同じ1本の歯の中でも切り出す場所によってせん断強さが3倍ばらつくため、別々の歯を並べて比べる設計そのものが危うい題材でした。メルボルン大学のSedgleyとMesserは、補綴のために多数歯抜去が予定された患者から、片側が根管治療歯・反対側が生活歯という左右対称のペアを23組集めます。各ペアは同じ術者が同じ日に抜去。根管治療からの経過は平均10.1年(1〜25年)で、変化が起きるには十分な時間が確保されています。測ったのはパンチせん断強さ・靭性・ビッカース微小硬さ・破折荷重の4つ。結果は、せん断強さ70.42対69.76 MPa(p=0.710)、靭性42.51対40.08 MJ/m³(p=0.089)、破折荷重611対574 N(p=0.149)と、いずれも有意差なし。しかも数値はむしろ根管治療歯のほうがわずかに高い方向でした。唯一有意だったのは微小硬さで、生活歯69.15対根管治療歯66.79(p=0.002)——ただし差は3.5%で、著者ら自身が臨床的な意味は乏しいと述べています。著者らは、破折の主犯は象牙質の劣化ではなく、う蝕・外傷・修復処置によって積み重なった歯質の喪失だと結論しました。ただし抜去歯を室温で測った力学試験であり、検体には根管治療の失敗で抜いた歯が1本も含まれていません。
①「失活歯はもろい」——その根拠を見たことがありますか
根管治療した歯は、いずれ割れる。だから被せる。この順番を、私たちはほとんど反射で受け入れています。教科書にも書いてありますし、実際、垂直性歯根破折は根管治療歯の代表的な失敗様式として知られています。
では、その「もろくなる」は何に基づいた話でしょうか。1992年、メルボルン大学のSedgleyとMesserは、この前提そのものを測りにいきました。結論を先に言うと、同じ患者の左右で根管治療歯と生活歯を23ペア比べたところ、せん断強さ・靭性・破折荷重に統計的な差はなく、差が出たのは微小硬さだけ、それも3.5%でした。
②「乾いてもろくなる」説は、どこから来たのか
著者らはまず、この通説の出所を辿っています。1961年にRosenは、根管治療した歯の象牙質を「乾燥し、弾性を失っている(desiccated and inelastic)」と表現しました。1976年にJohnsonらは、さらに時間が経つほど象牙質の弾性は落ちていくと推測しています。
この「水分が抜けるからもろくなる」説を支えていた主な実験的根拠は、1972年のHelferらの研究でした。ただしこれはイヌの歯で、失活歯の水分量が生活歯より9%低いという報告です。人の歯の力学的性質を直接比べた研究は、当時ほとんどありませんでした。
数少ない比較研究のひとつ、1983年のCarterらは、根管治療歯の象牙質でせん断強さと靭性が14%低いと報告しています。しかしその内訳は新鮮な抜去生活歯21本に対し、根管治療歯はわずか6本。しかもSmithとCooperは、同じ1本の歯の中でも、どこから切り出すかでせん断強さが3倍ばらつくことを示していました。別々の歯を並べて比べる設計そのものが、この題材では危ういわけです。
一方で、差は無いとする報告も積み上がっていました。Lewinsteinらは生活歯16本と根管治療歯32本(治療後0.2〜10年)でビッカース微小硬さに差はないとし、RiveraとYamauchiは年齢と部位を揃えた比較で、象牙質コラーゲンの架橋量に統計的な差はないと報告しています(いずれも学会抄録での報告)。
③今回の一手:同じ口の中の、左右のペアで比べる
ばらつきの大きい材料を扱うときの定石は、比べる相手を揃えることです。この研究の設計上の核心は、ここに尽きます。
測ったのは4つです。パンチせん断強さ(象牙質の薄片を細い棒で打ち抜くのに要する最大応力・MPa)、靭性(破壊までに必要なエネルギー・応力ひずみ曲線の面積)、微小硬さ(ビッカース・100g荷重)、そして破折荷重です。
最後の破折荷重は、垂直性歯根破折を模した試験です。歯冠を除いた8 mmの歯根の断面に1 mmのくぼみを削り、そこに円錐状の鋼鉄棒を当てて、毎分0.1 mmというごく遅い速度でくさびを打ち込むように押し、縦に割れるまで荷重をかけました。根管治療歯と生活歯で垂直破折の荷重を直接比べたのは、著者らによればこれが初めてです。
もうひとつ、著者らは保存期間そのものが結果を歪めないかを別実験で確かめています。健全な生活歯8ペアを使い、片方は抜去直後に、反対側は生理食塩水で3か月保存してから測定したところ、せん断強さ・靭性・破折荷重のいずれにも差は出ませんでした(p=0.733/0.267/0.215)。これで、抜去後3か月以内の検体を同じ解析に混ぜてよいという根拠を先に取ってから本題に入っています。
④結果:4項目すべて、生活歯の±7%以内
23ペアの実測値を、反対側の生活歯を100として並べたのが次の図です(破折荷重だけは、処理中に2検体が失われたため21ペアでの比較です)。
せん断強さは70.42 MPa 対 69.76 MPa(p=0.710)、靭性は42.51 対 40.08 MJ/m³(p=0.089)、破折荷重は611 N 対 574 N(p=0.149)。いずれも有意差なしで、しかも数値はむしろ根管治療歯のほうがわずかに高い方向に出ています。
唯一、統計的に有意だったのが微小硬さでした。
ビッカース硬さは生活歯69.15に対し根管治療歯66.79で、生活歯のほうが3.5%硬いという結果でした(p=0.002)。p値だけ見れば強い差ですが、実数の開きは3.5%です。著者ら自身が「この程度の差が臨床的に意味を持つとは考えにくい」と本文で明言しています。23ペアという揃った検体だからこそ、小さな差でも統計的に検出できてしまった、という読み方が正確でしょう。
⑤なぜ差が出なかったのか
「歯髄を失うと象牙質への栄養供給が絶たれ、時間とともに性質が劣化していく」——著者らが検証しようとしたのは、まさにこの仮説でした。平均10.1年、最長25年という経過は、その変化を捉えるには十分なはずです。それでも差が出ませんでした。
整合的な傍証もあります。象牙質コラーゲンの架橋量に差がないという報告、失活歯象牙質の圧縮強さ・引張強さが正常象牙質と変わらないという報告(どちらも学会抄録)。つまり、歯髄を失っても象牙質そのものの材料としての性質はほとんど変わらない、というのが複数の研究が指し示す方向です。
では、根管治療歯が実際に割れるのはなぜか。著者らの答えははっきりしています。材料が劣化するからではなく、歯質が減るからです。本文では同じ研究室のReehらの結果が引かれています——小臼歯の咬頭剛性でみると、髄腔開拡による低下はわずか5%。それに対し咬合面窩洞で20%、MOD窩洞では63%。破折の主犯は、う蝕・外傷・修復処置・根管治療によって積み重なった歯質の喪失だという見立てです。
もうひとつ、著者らが「示唆はされてきたが十分に検証されていない」として挙げる可能性があります。歯の圧受容が失われる、あるいは痛みの閾値が上がることで、防御反応が働かないまま大きな力がかかってしまうのではないか、という説です。歯がもろくなったのではなく、危険を知らせるセンサーが鈍くなったという見方で、原著は当時これを「示唆はされてきたが十分に検証されていない」可能性として挙げるに留めています。
⑥明日の臨床へ:守るべきは「歯質」であって「水分」ではない
この論文を現場に持ち帰るなら、判断の軸が1つ入れ替わります。
垂直性歯根破折の話も、前提が変わります。原著の見立ては、破折の原因は象牙質が劣化したからではなく、側方加圧やポスト・ピンの装着に伴ってかかる外力の側にある、というものです。本文では、大きなスプレッダーで最小7.2 kgの荷重をかけると上顎中切歯に垂直破折が起きるという実験結果も引かれています。
⑦ここだけ、冷静に補助線
抜去歯を室温で測った力学試験であり、生きた歯が口の中で何十年も繰り返し受ける疲労負荷を再現したものではありません。検体は「補綴のために抜く予定の歯」=根管治療が失敗して抜いた歯は1本も含まれていない点も、読むときに効いてきます。もともと持ちこたえていた歯を集めた集団だ、という見方はできます。
もうひとつ、せん断強さと靭性の絶対値が過去の報告の低い側に出ていることを著者ら自身が認めています(試験片の厚み・パンチ径・拘束条件の違いによる)。ただし今回の主張は「群間に差がない」ことなので、同じ条件で両群を測っている限り、この点は結論を揺るがしません。それでも差を検出できなかったことは差が無いことの証明ではない——23ペアで拾えなかった小さな差が、別のスケールでは効いてくる可能性は残ります。
とはいえ、左右のペアで揃え、平均10.1年という経過を確保し、保存期間の影響まで別実験で潰したうえでの「差なし」です。30年以上前の研究が今も引かれ続けている理由は、この設計の丁寧さにあります。
今日のひとこと
著者らの結論:根管治療を受けた歯と、同じ患者の反対側の生活歯とで、力学的性質はほとんど変わらない。差が出たのは微小硬さの3.5%だけで、著者らはこれを臨床的に意味のある差とは考えていない。歯がもろくなるから割れるのではなく、歯質が減るから割れる——本文では、小臼歯の咬頭剛性で髄腔開拡による低下が5%であるのに対し、MOD窩洞では63%に達するという同僚(Reeh ほか 1989)の結果が引かれている。筆者の読みでは、この論文の値打ちは「失活か否か」という軸を「どれだけ歯を残せているか」という軸に置き換えた点にあります。ただし抜去歯を室温で測った力学試験で、口の中での繰り返し疲労は再現しておらず、検体には根管治療の失敗で抜いた歯が1本も含まれていません。


