ペリオ|剖検(死後の解剖)で得たヒトの顎の組織標本を顕微鏡で測り、歯肉溝・上皮性付着・結合組織性付着など6つの距離を、受動的萌出の4段階ごとに平均値と範囲でまとめた計測研究(Gargiulo・Wentz・Orban 1961・Journal of Periodontology)
「生物学的幅径は約2mm(上皮性付着約1mm+結合組織性付着約1mm)」。歯冠長延長術や修復のマージンの話でよく聞くこの数字は、1961年の Gargiulo らの計測にさかのぼります。彼らは剖検で得たヒトの顎の組織標本を顕微鏡で測り、歯肉と歯の接合部(dentogingival junction)の寸法を、受動的萌出の4段階ごとにまとめました。結合組織性付着(上皮性付着の最深部から歯槽骨頂まで)の平均は4段階とも1.06〜1.08mmとほぼそろい、全体平均は1.07mmでした。上皮性付着の長さの平均は第1段階1.35mmから第4段階0.71mmへ短くなり、著者らは最も変わりやすい部分としています。よく引かれる「2.04mm」は、全体平均の上皮性付着0.97mmと結合組織性付着1.07mmを足した値で、原著の中にこの合計は出てきません(筆者の計算)。ただし死後の組織標本の平均値で、個々の値の範囲は広く、標準偏差や統計の検定も示されていません。生きた患者の臨床の計測値や治療の効果を調べた研究ではありません。
①「生物学的幅径は約2mm」——その原典は何を測った?
歯冠長延長術の計画や、修復のマージンを歯肉縁下に入れるかどうかを考えるとき、「生物学的幅径は約2mm(上皮性付着約1mm+結合組織性付着約1mm)」という数字がよく出てきます。この数字のもとをたどると、1961年に Gargiulo・Wentz・Orban が Journal of Periodontology に出した計測研究に行き着きます。
原著を開くと、彼らが測ったのは生きた患者ではなく、剖検(死後の解剖)で得たヒトの顎の組織標本でした。そして原著の中には、「生物学的幅径」という語も、「2.04mm」という合計の数字も出てきません。
・剖検で得たヒトの顎の組織標本(方法の記載では30顎・287歯、325歯面、19〜50歳)を顕微鏡で測り、歯肉と歯の接合部の6つの距離を、受動的萌出の4段階ごとに平均値と範囲でまとめた研究です
・結合組織性付着(上皮性付着の最深部から歯槽骨頂まで)の平均は、4段階とも1.06〜1.08mmでほぼそろい、全体平均は1.07mm。著者らは最も一定した部分としています
・上皮性付着の長さの平均は、第1段階1.35mmから第4段階0.71mmへ短くなり、著者らは最も変わりやすい部分としています
・よく引かれる2.04mmは、全体平均の上皮性付着0.97mmと結合組織性付着1.07mmを足した値です(筆者の計算。原著にこの合計は出てこない)
・示されているのは平均値と範囲だけで、個々の値の範囲は広く(結合組織性付着は段階ごとの範囲を合わせると0.00〜6.52mm)、標準偏差や統計の検定はありません
②なぜこの研究が必要だったか
歯肉が上皮で歯に付着しているという考え(上皮性付着)は、1921年の Gottlieb の報告から始まります。1924年には Orban と Kohler が、受動的萌出の4つの段階で上皮性付着と周りの組織の寸法を測りました。その後、Waerhaug がこの付着の考え方に異を唱え、議論が続きました。
1959年の Sicher との議論から、歯肉と歯の接合部(dentogingival junction)を、結合組織による線維性の付着と上皮性付着の2つからなる、1つの機能的なまとまりとみなす考え方ができた、と原著の序論は書いています。この研究はそのうえで、Orban と Kohler の計測をこの接合部の一部として測り直し、新しい計測を加えて、萌出の段階・年齢・歯面ごとの「基準」を作ることを目的にしています。著者らは、正常な状態の寸法が、接合部の病的な状態を調べる今後の研究の基準になると書いています。
③何をどう測ったか
・標本:Orban が以前の研究で得た剖検標本の計測に、Kronfeld のコレクションのヒトの顎30例の計測を加えた。すべて剖検で採ったブロック切片。方法の記載では、30顎・287歯の顕微鏡標本で、325歯面(近心83・遠心82・唇頬側82・舌側78)を測った(Orban の以前の標本との内訳は書かれていない)。年齢は19〜50歳。広い病変が無く、臨床的に正常とみなせる標本を使った
・標本の作り方:10%ホルマリンで処理し、セロイジンに包埋して厚さ15〜20µmの切片を作り、ヘマトキシリン・エオジンで染色
・測り方:ディスクマイクロメーターで、mm単位で計測
・測った6つの距離:A 歯肉溝の深さ/B 上皮性付着の長さ/C セメント-エナメル境(CEJ)から上皮性付着の最深部までの距離/D CEJから歯肉溝底までの距離/E CEJから歯槽骨までの距離/F 上皮性付着の最深部から歯槽骨までの距離(=結合組織性付着)
・段階の分け方:Orban と Kohler の受動的萌出の4段階。第1段階は上皮性付着がエナメル質の上、第2段階はエナメル質とセメント質にまたがる、第3段階はセメント質の上で歯肉溝底がちょうどCEJ、第4段階は歯肉溝底がCEJより根尖側
各段階で、4つの歯面をまとめた平均値と範囲(最小〜最大)が表で示されています。標準偏差や、段階の間の統計の検定は示されていません。
④結果1:結合組織性付着はほぼ一定、上皮性付着は段階で変わった
4段階の歯面の数は、第1段階25、第2段階126、第3段階11、第4段階163でした(計325)。
結合組織性付着(F)の平均は、第1段階1.08mm、第2段階1.07mm、第3段階1.06mm、第4段階1.06mmでした。著者らは、4段階のうち3つの値が100分の1mmの単位までほとんど同じで、正常な接合部の中で最も一定した値に見えると書いています。全体平均(表XII)は1.07mmです。
一方、上皮性付着の長さ(B)の平均は、第1段階1.35mm、第2段階1.10mm、第3段階0.74mm、第4段階0.71mmと短くなっていきました。著者らは、第1段階から第4段階でおよそ50%小さくなったと書いています(その箇所では第1段階を1.33mmと書いていて、表の1.35mmと少し違います)。全体平均は0.97mmです。
ただし、これは平均値の話です。各段階の範囲(最小〜最大)は、上皮性付着が0.08〜3.72mm、結合組織性付着が0.00〜6.52mm(表I〜IVの4段階の範囲のうち最小と最大を筆者が拾った)と広く、「どの歯でも約1mm」という意味ではありません。
⑤結果2:段階が進むと、付着の位置と骨までの距離が根尖側へ
段階が進むにつれて、CEJから上皮性付着の最深部まで(C)は0から1.41mmへ、CEJから歯肉溝底まで(D)は歯冠側1.35mmから根尖側1.14mmへと動き、付着が根尖側へ移っていく様子が数字に表れています。CEJから歯槽骨まで(E)も1.08mmから2.81mmへ長くなりました。著者らは、歯の能動的な萌出に骨頂の位置が追いつかないように見えるが、これは能動的な萌出と同時に起きている受動的な露出によるものだろう、と解釈しています。
歯肉溝の深さ(A)は0.61〜0.80mmの間で、著者らは正常な状態ではかなり一定だとしています。歯肉縁から歯槽骨頂までの全体の長さ(A+B+F)は、本文の値で第1段階3.23mmから第4段階2.53mmへ短くなり、著者らはこれを、エナメル質とセメント質への付着全体が見かけ上失われていくことの表れと読んでいます。上皮性付着と結合組織性付着を足した長さ(B+F)も、2.43mmから1.77mmへ短くなりました(表XI)。
原著の中には数値の食い違いが2つあります。第4段階の歯肉溝の深さは、表IVでは1.76mm、表Vでは0.76mmです。本文の A+B+F(2.53mm)と全体平均(表XII)は0.76mmと合います。また第2段階の B+F は、本文では2.45mm(A+B+F は3.06mm)と書かれていますが、表の値を足すと2.17mm(2.78mm)で、表XIも2.17mmです。
年齢は、段階の平均年齢が24.5歳・31.4歳・32.3歳・39.7歳と上がっていきますが、著者らは、どの段階にもほぼどの年齢の人も見られ、平均年齢は誤った印象を与えうると注意しています。第3・第4段階は、ふつう21歳より若い人には見られなかったとも書いています。
⑥著者らの結論と考察
著者らは次のようにまとめています。
・6つの距離のうち、上皮性付着の最深部から歯槽骨頂までの距離(結合組織性付着)が最も一定で、すべての段階の平均は1.07mmだった
・接合部の中で最も変わりやすいのは上皮性付着の長さだった
・計測を見比べると、受動的萌出の4段階は、第1・第2段階(上皮性付着が長い)と第3・第4段階(上皮性付着が短い)の2つの区分にまとめられる
・段階から段階への接合部の生理的な根尖側への移動が、受動的な露出を生んでいて、上皮性付着が単に「はがれる」だけで起きているのではない
・この計測は、骨外科(osseous surgery)や接合部を露出させる処置のあとに起きる変化を理解する土台になる
原著の考察では、上皮性付着の差を「significant(大きい)」と書いていますが、統計の検定は示されていません。数値の差の大きさは、表の平均値の比較として読むのが妥当です。
⑦明日の臨床へ
この研究から持ち帰れるのは、次のような読み方です(筆者の読み)。
・結合組織性付着の約1mmは、萌出の段階によらず平均がそろっていた:一方で上皮性付着の長さは段階で1.35mmから0.71mmまで変わった
・個々の歯に一律に当てはまる値ではない:範囲は広く(結合組織性付着は0.00〜6.52mm)、標準偏差も示されていない
この研究は、死後の組織標本を測ったもので、生きた患者の歯周ポケットの測定値や、マージンの位置・歯冠長延長術の結果を調べたものではありません。「約2mm」を使うときは、平均値の目安として理解したうえで、個々の患者の状態と、臨床で調べた研究と合わせて判断するのが無難です。
(2)平均値と範囲だけで、標準偏差や統計の検定はありません。第3段階は11歯面だけです。全体平均(表XII)は、4段階の平均値を単純に平均した値(B 0.975、F 1.0675)とほぼ一致し(筆者の計算。原著に算出方法の記載は無い)、歯面の数の多い段階と少ない段階が同じ重みで入っている可能性があります。
(3)標本は19〜50歳で、広い病変が無いものに限られています。組織標本の作製による縮みなどについての記載はありません。
(4)原著の中に数値の食い違いがあります(第4段階の歯肉溝の深さ1.76mmと0.76mm、第2段階の B+F の2.45mmと2.17mm、Orban と Kohler の報告の年が1924年と1934年)。
(5)研究資金や利益相反の記載はありません。
60年以上前の計測ですが、「生物学的幅径」の数字がどこから来たのかを自分の目で確かめられる、読む価値のある原典です。後の時代の、生体で測った研究と合わせて読みたいところです。
今日のひとこと
剖検で得たヒトの顎の組織標本の計測で、結合組織性付着の平均は受動的萌出の4段階とも1.06〜1.08mmとほぼそろい、上皮性付着の平均は1.35mmから0.71mmへと段階で変わりました。よく引かれる「2.04mm」は、表XIIの全体平均0.97mmと1.07mmを足した値で、原著にこの合計は出てきません(筆者の計算)。19〜50歳の死後の標本の平均値で、個々の値の範囲は広い(結合組織性付着は段階ごとの範囲を合わせると0.00〜6.52mm)ので、「約2mmは平均の目安で、個々の歯に一律に当てはまる値ではない」という程度に受け取るのが、この論文に合った読み方です。


