カリオロジー|母乳育児・授乳期間・夜間授乳
「母乳はむし歯になりますか」——1歳半健診でも、日々のチェアサイドでも必ず出てくる質問です。母乳は良いものだから続けなさい、という助言と、夜の授乳がむし歯を作る、という警告。どちらも耳にしたことがあるはずです。2015年のシステマティックレビューは63本の研究を集めて、この一見矛盾する二つを一枚の絵にしました。答えは「どちらも正しい。ただし時期が違う」。1歳までの母乳育児はう蝕が少なく(オッズ比 0.50)、1歳を超えて続けるとリスクは高くなり(オッズ比 1.99)、その中でも夜間・頻回の授乳ではさらに大きく開く(オッズ比 7.14)——そういう構図でした。ただし著者ら自身が、この数字の脆さについても率直に書いています。
①「母乳って、むし歯になりますか」
1歳半健診、あるいは日々のチェアサイド。お母さんから必ずと言っていいほど出てくる質問です。
そして、この質問は答えにくい。「母乳は赤ちゃんにとって最良の栄養だから続けてください」という助言と、「夜中の授乳がむし歯を作ります」という警告——どちらも間違いではないと知っているからです。
母乳を止めさせれば、栄養と愛着形成の面で失うものがある。かといって「関係ありません」と言い切るのも、臨床実感に反する。この板挟みを、はっきりした数字で整理してくれるのがこの論文です。
②63本を集めて、時期で切り分けた
著者らはPubMed・CINAHL・EMBASEを検索し、最終的に63本の論文を採用しました。
ここで大事な前提が一つあります。母乳育児そのものをランダムに割り付けた試験は、この世に存在しません。倫理的に不可能だからです。したがって集まったのはすべて観察研究で、内訳は次のとおりでした。
- 横断研究 46本——最も多いが、最も弱い設計
- コホート研究 8本
- 母乳推進RCTに内包されたコホート 6本——バイアスの少ない、質の高い群
- 症例対照研究 3本
研究の質はNewcastle-Ottawa Scaleで評価されました(コホート・症例対照は10点満点、全体の7割超を占める横断研究は7点満点という別基準です)。高得点だったのは、母乳育児の推進介入を行うRCTのなかに埋め込まれたコホート研究・横断研究。他の研究は、授乳歴を保護者の自己申告で集めていること(想起バイアス)、歯科医院を通じて子どもを集めていること(選択バイアス)、交絡因子を調整していないことなどで、軒並み評価を落としています。
なお、う蝕の判定については全63研究で歯科専門職が実際に口腔内を診察しており、そこは統一されていました。
③1歳まで——長く飲ませた子のほうが、う蝕は少ない
まず1歳までの範囲で、授乳期間が長い子と短い子(または飲んでいない子)を比べたメタ解析です。5研究が統合されました。
統合した結果はオッズ比 0.50(95%CI 0.25〜0.99)。数字の向きは「母乳のほうがう蝕が少ない」です。
ただし、この5研究の中身を分けて見ると景色が変わります。原著はこう書いています。
- 「授乳したことがある」対「一度もない」を比べた2研究——どちらもはっきりした予防効果を示した
- 「授乳期間が長い」対「短い(ただし比較群にも授乳経験がある)」を比べた3研究——差は出なかった。この3研究だけのメタ解析はオッズ比 0.92(95%CI 0.69〜1.23、I²=0%)
つまり0.50 という数字を押し上げているのは「飲ませたか、まったく飲ませなかったか」の比較であって、「長く飲ませるほど良い」という関係は、異質性がゼロの最も安定した推定値で否定されています。ここは取り違えやすいところです。
生物学的な説明もつきます。原著によれば、母乳には人工乳と違って母乳特有のラクトバチルスと、ヒトカゼイン・分泌型IgAといった、う蝕原性細菌——とくに口腔内レンサ球菌——の増殖と付着を妨げる物質が含まれています。
④1歳を超えると、向きが反転する
次に1歳を超えて授乳を続けた子と、そうでない子を比べた7研究です(比較群には一度も授乳されていない子と、より短期間で授乳をやめた子の両方が含まれます)。
ここで数字の向きが変わります。オッズ比 1.99(95%CI 1.35〜2.95、I²=69.3%)——1歳を超えて授乳を続けた子のほうが、う蝕が多い。
さらに、1歳を超えて授乳を続けている子のなかだけで、夜間授乳あるいは頻回授乳の子とそうでない子を比べた5研究があります。
オッズ比 7.14(95%CI 3.14〜16.23、I²=77.1%)。信頼区間の下限が3.14ですから、「差がない」という可能性は小さいと読めます。
ただし——ここは公平に書かなければなりません。著者らは方法の項で「I²が75%を超えたら異質性は高く、結果は信頼できないとみなす」という基準をあらかじめ置いています。この物差しを当てると、1歳までのオッズ比 0.50(I²=86.8%)だけでなく、この 7.14(I²=77.1%)も「信頼できない」側に入ります。基準内に収まっているのは、1.99(I²=69.3%)だけです。
なお、う蝕は有病率の高いアウトカムなので、オッズ比はリスクの開きを実際より大きく見せます。原著で「比」の指標(有病率比)を報告していたのは2研究だけで、メタ解析には載せられませんでした。そのうちChaffeeらは、24か月以上授乳された子の調整済み有病率比を 2.1(95%CI 1.5〜3.25)と報告しています——6か月未満でやめた子との比較です。上のオッズ比とは比べている条件が違うので直接は並べられませんが、交絡を調整した「比」の実測値としては、こういう桁の数字が出ている——という参考にはなります。
⑤なぜ1歳で反転するのか
母乳の成分が1歳の誕生日に変わるわけではありません。変わるのは、子どもを取り巻く環境のほうです。
- 歯が増えている——う蝕が起きる面そのものが増え、乳汁が溜まる場所も増える
- 母乳以外の食事が始まっている——砂糖を含む間食・飲料が生活に入ってくる
- 比べる相手そのものが入れ替わる——原著が機序として挙げているのがここです。1歳までは比較対象が人工乳で、母乳と炭水化物の含有量がほぼ同じ。ところが高所得国では1歳を過ぎると牛乳へ移行することが多く、牛乳の炭水化物は母乳の半分。つまり1歳の前後で、母乳が「相対的にどれだけう蝕を作りやすいか」の基準線が動いてしまう
- (一般論として)夜間授乳は唾液の分泌が最も少ない時間帯に起きるため、洗い流しも緩衝も働きにくい
つまり、1歳を超えた授乳は「砂糖の摂取が始まる時期」と「口腔清掃がまだ確立していない時期」と重なって観察されているのです。
⑥明日の臨床へ
- 1歳までは、母乳を止めさせる根拠はない。むしろ低リスク側の数字が出ています(ただし弱い根拠であることも承知のうえで)
- 1歳を「歯科の合図」として使う。断乳を勧めるのではなく、仕上げ磨きとフッ化物歯磨剤の開始・甘味の頻度管理を一段引き上げる時期として説明する
- 夜間授乳をしている子は、注意して見る。ただし 7.14 をそのまま危険度として持ち歩かない。著者らは「交絡因子を調整した研究が少数しかなく、長期・頻回・夜間授乳の役割を過大評価している可能性がある」と明記しています
- 保護者への説明では「母乳が悪い」と言わない。「母乳を続けるなら、そのぶん歯みがきと間食の管理でカバーしましょう」——これが、この論文から導ける最も誠実な言い方です
今日のひとこと
「母乳はむし歯になるか」は、期間を区切らないと答えられない問いだった。1歳までの範囲では、統合したオッズ比 0.50(95%CI 0.25〜0.99、5研究、I²=86.8%)。ただしこの数字を押し上げているのは「授乳したことがあるか、一度もないか」を比べた2研究で、「授乳期間の長短」を比べた3研究だけのメタ解析は オッズ比 0.92(95%CI 0.69〜1.23、I²=0%)=差なしでした。1歳を超えて授乳を続けた子は、1歳未満でやめた子と比べてオッズ比 1.99(95%CI 1.35〜2.95、7研究、I²=69.3%)。さらに1歳超で授乳を続けている子のなかでも、夜間授乳・頻回授乳の子はオッズ比 7.14(95%CI 3.14〜16.23、5研究、I²=77.1%)と大きく開きました。ただし著者らは「I²が75%を超えたら結果は信頼できない」という基準を自ら置いており、0.50 と 7.14 はどちらもその基準を超えています(基準内は 1.99 のみ)。また、う蝕は有病率の高いアウトカムのためオッズ比はリスクの開きを大きく見せます。原著で有病率比を報告した2研究のうちChaffeeらは、24か月以上授乳された子の調整済み有病率比を 2.1(95%CI 1.5〜3.25)と報告しています(6か月未満との比較。上のオッズ比とは比較条件が異なります)。そして著者らは「交絡因子を調整した研究が少数しかなく、長期・頻回・夜間授乳の役割を過大評価している可能性がある」と明記しています。母乳を止めさせる根拠ではなく、1歳を境に「歯みがきと甘味の管理」を一段上げる合図として読むのが、この論文の誠実な使い方です。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


