エンド|矯正で抜く予定のヒトの小臼歯46本(12〜15歳)の頬側に深い5級窩洞をつくり、10%リン酸と接着材(All Bond 2)を象牙質に直接塗った群・その前に窩底をプラークで汚染した群・窩底を硬化型の水酸化カルシウムセメントで覆った群を、7・30・60日後に抜歯して歯髄を組織で比べた研究(Hebling・Giro・Costa 1999・Journal of Dentistry)
深い窩洞で、酸と接着材を歯髄に近い象牙質へ直接塗ってよいのか。Hebling らは、矯正で抜く予定のヒトの小臼歯46本に深い5級窩洞をつくり、抜歯した歯の歯髄を顕微鏡で調べました。酸と接着材を象牙質に直接塗った2群は、窩底を水酸化カルシウムセメントで覆った群より炎症細胞の反応が強く(有意差あり)、著者らは、残存象牙質が薄いほど反応が強かったと報告しています。どの歯にも歯髄の壊死は無く、窩底をプラークで汚染した群と汚染しなかった群の炎症に有意差は検出されませんでした。1群12〜18本の小さな研究で、調べた接着材は1種類、観察は60日までです。
①深い窩洞で、ボンディング材を象牙質に直接塗ってよい?
う蝕を取り切ったら、窩底が歯髄のすぐ近くまで来ていた。そのまま全面をエッチングして接着するか、窩底に何か一層置いてからにするか。深い窩洞のコンポジットレジン修復では、毎回のように迷う場面です。
この問いに、ヒトの歯の歯髄を顕微鏡で見て答えようとしたのが、Hebling らの1999年の研究です。矯正で抜く予定の小臼歯に深い窩洞をつくり、酸と接着材を象牙質に直接塗った時と、窩底を水酸化カルシウムセメントで覆ってから同じ処置をした時の歯髄の反応を比べました。
・矯正で抜く予定のヒトの小臼歯46本(12〜15歳)の頬側に深い5級窩洞をつくり、7・30・60日後に抜歯して歯髄を調べた組織学研究
・炎症細胞の反応:10%リン酸と接着材(All Bond 2)を象牙質に直接塗った2群(汚染なし・プラークで汚染)は、窩底を硬化型の水酸化カルシウムセメントで覆った群より強かった(有意差あり)。直接塗った2群の間には有意差は検出されなかった
・残存象牙質の厚さ:著者らは、窩底から歯髄までの象牙質が薄いほど歯髄の反応が強かったと報告。30日でも中等度の炎症が続いていたと書かれた例は280μmと291μmで、著者らは「300μmを下回ると炎症が続きやすいようだ」と考察している
・壊死:どの群のどの歯にも、歯髄の壊死は無かった
・著者らの結論:All Bond 2は深い窩洞でも許容できる生体適合性を示した。ただし反応の強さは残存象牙質の厚さで変わり、深い窩洞の窩底には生体適合性のある材料を置くことが大切
・注意:1群12〜18本(各時点4〜6本)の小さな研究で、炎症は顕微鏡での点数づけです。痛みなどの症状の記載は無く、調べた接着材は1種類、観察は60日までです
②なぜこの研究が必要だったか
著者らの整理では、長いあいだ、歯髄の刺激や壊死の主な原因は材料の化学的な作用だと考えられてきました。その後、修復物の下の窩洞の壁にいる細菌と歯髄の炎症との関係が報告され、「歯髄の反応は材料の種類より、細菌の漏れを防げるかどうかで決まる」という考え方が出てきます(著者らが引用した研究)。
一方で、レジンを使った後に歯髄の強い刺激が見られたという生体での報告もありました。多くの接着システムは、酸でスメア層を取り除き、象牙質の表面を脱灰します。著者らは、これが成分を象牙細管の中へしみ込みやすくし、歯髄の内圧でもそれを防ぎきれないと書いています。接着材の成分の毒性を示す実験もあり(著者らが引用した研究)、深い窩洞に接着材を使った時のヒトの歯髄の反応を確かめることが、この研究の目的でした。
③何をどう比べたか
・研究の種類:ヒトの歯を使った生体内の組織学研究(Journal of Dentistry 1999)。群への割り付けの方法は書かれていない
・対象:矯正で抜く予定の小臼歯46本。患者さんは12〜15歳で、むし歯・詰め物・歯頸部の摩耗の無い歯。X線で根尖の状態を確かめ、局所麻酔(血管収縮薬入り)とラバーダムのもとで処置
・窩洞:頬側の歯頸部に、長さ3mm・深さ2.5mm・幅1.5mmの5級窩洞(バーの先を2.5mmで止めて深さをそろえた)
・3つの群:DA群(18本)=エナメル質と象牙質に10%リン酸を15秒、プライマーを5層、接着材を光照射20秒(All Bond 2)。DAC群(16本)=酸の前に、その人の歯から取ったプラークを窩底に5分置いて洗い流し、あとはDA群と同じ。CH群(12本)=酸の前に窩底を硬化型の水酸化カルシウムセメントで覆い、あとは同じ。3群ともコンポジットレジン(Z100)を2回に分けて充填
・評価:7・30・60日後に抜歯(各群・各時点4〜6本)。歯髄の組織標本を盲検で、炎症細胞の反応・組織の乱れ・反応象牙質の形成・細菌の4項目について0〜3点に分け、窩底から歯髄までの象牙質の厚さ(残存象牙質の厚さ)を顕微鏡で測った
・統計:順位にした値の分散分析とFisherの検定(有意水準5%)
CH群との違いは「窩底を水酸化カルシウムセメントで覆ったかどうか」です。酸と接着材はどの群にも使っているので、この研究からは、酸と接着材の成分のどちらが反応を起こしたかを切り分けることはできません。
④結果:直接塗った2群で、炎症が強かった
炎症細胞の反応の点数を、3群・3時点のすべてで並べます。
・炎症細胞の反応:群の間でだけ有意差があり、DA群とDAC群はCH群より強かった。DA群とDAC群の間に有意差は検出されなかった。CH群は30日・60日の8本すべてが0点。DA群・DAC群では7日から60日まで炎症が続いた(表から筆者が数えると、1点以上の歯はDA群18本中10本、DAC群16本中15本、CH群12本中2本。2点の歯はDA群3本、DAC群1本で、3点の歯は無い)
・組織の乱れ:DA群とDAC群がCH群より強かった(有意差あり)
・反応象牙質の形成:DA群とDAC群がCH群より多く、時間とともに増えた(群と時期の両方に有意差)。CH群では3時点とも見られなかった
・細菌:染色した細菌がどこまで広がっていたかの点数(側壁だけ/窩底まで/象牙細管の中まで)は、DAC群がDA群・CH群より高かった(有意差あり)
・壊死:どの群のどの歯にも無かった
所見の例として、7日のDA群で残存象牙質が240μmだった歯では、象牙芽細胞が象牙細管の中へ引き込まれ、窩底の下の歯髄に好中球やマクロファージの炎症が見られました。この歯では長いレジンタグができ、象牙細管の中にレジンの粒が浮かんでいたと書かれています。60日では、DA群の1本に中等度の炎症と組織の乱れが続いていました。著者らは、それ以外の歯は窩底の下に薄い反応象牙質ができる修復の像を示し、CH群の歯髄は正常な組織像で反応象牙質も無かった、と書いています。ただし表6では、60日でも反応象牙質の点数が0の歯がDA群2本・DAC群2本あり、炎症の点数が1の歯もDA群4本・DAC群3本あります。
⑤残存象牙質の厚さと、歯髄の反応
窩洞の深さはそろえていますが、窩底から歯髄までの象牙質の厚さは歯ごとにばらつきました(表7の全46本から筆者が最小・最大を拾うと165〜1013μm)。群と時期ごとの平均は次の図のとおりで、分散分析では、群・時期・その組み合わせのどれにも有意差は検出されませんでした。
著者らは、残存象牙質が薄いほど歯髄の反応が強いという逆の関係があったと報告しています(相関係数などの数値は示されていません)。7日のDA群で炎症が見られた歯は240μm、30日でも中等度の炎症が続いていたと書かれた歯は、DA群の291μmとDAC群の280μmでした。著者らはここから、残存象牙質が300μmを下回ると、炎症が続きやすいようだと考察しています。これは数本の所見と文献にもとづく著者らの見立てで、境目の値を検定したものではありません。
理由について著者らは文献を引いて、象牙質が薄いほど象牙細管が太く数も多く、透過性が高いこと、酸処理がスメア層を除いて細管を広げること、重合しきらなかったモノマーが細管を通って歯髄に届くことを挙げています。一方で、細菌の所見と炎症の強さにはっきりした関係は見られず、細菌がいても炎症の無い歯、細菌が無くても炎症のある歯がありました。ただし著者らは、標本をつくる過程で細菌の一部しか染まらないことも書いています。
⑥明日の臨床へ
この研究の範囲で言えるのは、「歯髄に近い深い窩洞で、酸と接着材(All Bond 2)を象牙質に直接塗ると、窩底を水酸化カルシウムセメントで覆った時より歯髄の炎症が強く、残存象牙質が薄いほどその傾向が強かった」ということです。一方で、壊死は1本も無く、著者らも接着材の生体適合性そのものは「許容できる」としています。
読み方としては、窩底が歯髄に近い時ほど、全面に直接エッチングして接着する前に、窩底の扱いを一度考える、ということになります(ここは筆者の読みです)。ただし、この研究が試したのは硬化型の水酸化カルシウムセメント1種類だけで、ほかの裏層材や、今広く使われているセルフエッチングなどの接着材は比べていません。残存象牙質の厚さも抜歯後に顕微鏡で測った値で、臨床でそのまま測れる数字ではありません。
⑦ここだけ補助線
・規模と対象:1群12〜18本、各時点では4〜6本の小さな研究です。対象は12〜15歳の、むし歯の無い健康な小臼歯に作った窩洞で、う蝕で反応した歯髄や大人の歯とは条件が違います
・測ったもの:結果は組織標本の点数で、痛みなどの症状の記載はありません。観察は60日まで、接着材はAll Bond 2の1種類です。「300μm」は著者らの考察の中の目安で、数本の所見から出たものです
・比べ方:CH群は「窩底を覆ったかどうか」の比較で、酸と接着材のどちらの影響かは分けられません。残存象牙質の厚さの平均は、7日・30日でCH群のほうが厚めでした(有意差は検出されず)。群への割り付けの方法も書かれていません
深い窩洞で「何を窩底に置き、どこまで直接接着するか」を考えるときの、ヒトの歯髄からの1つの手がかりとして読みたい1本です。
今日のひとこと
ヒトの小臼歯46本の組織学研究では、深い5級窩洞で酸と接着材(All Bond 2)を象牙質に直接塗った2群は、窩底を水酸化カルシウムセメントで覆った群より歯髄の炎症が強く、残存象牙質が薄いほど反応が強かったと著者らは報告しています。どの歯にも壊死は無く、著者らは接着材の生体適合性を「許容できる」としつつ、深い窩洞の窩底には生体適合性のある材料を置くことが大切だとまとめました。1群12〜18本・接着材1種類・60日までの研究なので、「窩底が歯髄に近い時ほど、直接の酸処理と接着の前に一度立ち止まる」という読み方が、この論文に合っています。


