カリオロジー|第三大臼歯・う蝕疫学
無症状の第三大臼歯をどうするか。この問いに答えるとき、患者さんが本当に知りたいのは「この歯を一生う蝕なしで保てる見込み」でしょう。2010年の J Oral Maxillofac Surg は、米国の大規模コホート(ARIC研究の歯科部門)から52〜74歳の2,003名を切り出してこれを数えました。答えは見える第三大臼歯を持つ人の77%に、その歯のう蝕経験があった。そしてそのう蝕経験は、より前方の歯のう蝕経験と有意に関連していました(p<0.01)。第三大臼歯だけにう蝕経験があった人は、わずか1%です。
①「症状のない親知らず、残しておいて大丈夫ですか」
無症状の第三大臼歯をどうするか。抜くのか、残すのか。この問いに答えるとき、患者さんが本当に知りたいのは「この歯を、一生う蝕なしで保てる見込みはどれくらいか」でしょう。
2010年の J Oral Maxillofac Surg は、米国の大規模コホート(ARIC研究の歯科部門・DARIC)から52〜74歳の2,003名を切り出して、この見込みを数字で示しました。
②今回の一手:中高年2,003名の口を、歯種ごとに数える
- 米国4地域で行われた大規模コホート研究ARICの歯科部門(DARIC)の参加者6,550名(52〜74歳)が歯冠う蝕の臨床検査を受けた
- そのうち見える第三大臼歯を持つ2,003名を解析対象とした
- 各被験者を、第三大臼歯の未処置う蝕面(DS)の有無と処置済み面=充填・クラウン(FS)の有無で分類
- 第三大臼歯より前方の歯についても、同様にDSとFSを算出
- 共変量は人種・性別・年齢・BMI・教育歴・収入・喫煙状況・糖尿病の診断。多変量モデルで調整
③結果:親知らずのう蝕は「その歯だけの話」ではなかった
- 第三大臼歯にう蝕経験(DFS)があったのは1,550名(77%)、無かったのは453名(23%)
- 第三大臼歯より前方の歯では、1,960名(98%)にう蝕経験があった
- 両方にう蝕経験があったのは1,530名(76%)で、この関連は有意(p<0.01)
- 第三大臼歯にだけう蝕経験があったのは20名(1%)、口の中がまったくう蝕フリーだったのは23名(1%)
- 第三大臼歯に未処置う蝕(DS)があったのは153名(8%)、処置済み(FS)は1,441名(73%)で、後者が有意に多い(p<0.01)
- 第三大臼歯にDSが検出された人は、より前方のどの歯種でも平均DSが有意に大きかった(p<0.01)
つまり親知らずのう蝕は、その人の口全体のう蝕経験を映す鏡だということです。第三大臼歯だけにう蝕経験がある、という状況は1%しかありませんでした。
④もうひとつの発見:「未処置」と「治療済み」を分けたもの
この研究がもっとも雄弁なのは、ここかもしれません。
- 教育歴が12年未満の人は20%にDS、12年以上の人は6%(p<0.01)
- 年収2.5万ドル未満は19%にDS、それ以上は5%(p<0.01)
- 糖尿病のある人は16%にDS、ない人は6%(p<0.01)
- 逆にFS(治療済み)は、教育歴が高い人75%対低い人55%、収入が高い人77%対低い人60%(いずれもp<0.01)
- 人種でも同じ向きの差が出ています——DSはアフリカ系25%対白人3%、FSは白人80%対アフリカ系46%(p<0.01)。ただし「う蝕経験そのもの」はむしろ白人に多く(80.7%対65.7%)、分かれているのは未処置か治療済みかです
- BMIが高い人はDSが多くFSが少ない(p<0.01)
⑤明日の臨床へ
- この77%は「見える親知らずを持つ中高年での有病率」です。すでに抜いた人は解析から外れているので、「残した場合の見込み」とそのまま読むことはできません。それでも、あまり楽観的な数字ではありません
- ただし親知らずだけが特別に弱いわけでもありません。前方の歯には98%にう蝕経験があり、第三大臼歯だけにう蝕経験があったのは1%です
- 親知らずにう蝕を見つけたら、他の歯も含めて口全体のリスクを見直す合図と考えられます。実際、第三大臼歯にDSがある人は、どの歯種でも平均DSが有意に大きい
- そして「未処置のまま残っているう蝕」は、患者さんの社会経済的な背景と強く結びついています。治療の提案が届いていない可能性を考える材料になります
⑥ここだけ、冷静に補助線
今日のひとこと
無症状の第三大臼歯を残すか抜くかを考えるとき、「この歯を一生う蝕なしで保てる見込み」は重要な材料になる。本研究は米国の大規模コホートARICの歯科部門(DARIC)の参加者6,550名から、見える第三大臼歯を持つ2,003名(52〜74歳)を取り出し、歯冠う蝕の臨床検査データを歯種ごとに数えた横断研究である。結果は第三大臼歯にう蝕経験(未処置または処置済み)があったのが1,550名(77%)、第三大臼歯より前方の歯では1,960名(98%)にう蝕経験があった。両方にう蝕経験があったのは1,530名(76%)で、この関連は有意(p<0.01)。第三大臼歯にだけう蝕経験があったのは20名(1%)、口全体がう蝕フリーだったのは23名(1%)にすぎない。つまり親知らずのう蝕は、その人の口全体のう蝕経験を映す鏡である。実際、第三大臼歯に未処置う蝕(DS)がある人は、より前方のどの歯種でも平均DSが有意に大きかった。もうひとつ雄弁なのは、「未処置」と「治療済み」を分けた要因である。DSは教育12年未満で20%対12年以上6%、年収2.5万ドル未満で19%対それ以上5%、糖尿病ありで16%対なし6%(いずれもp<0.01)。逆にFS(治療済み)は教育が高い人75%対低い人55%、収入が高い人77%対低い人60%。人種でも同じ向きの差が出ている(DSはアフリカ系25%対白人3%、FSは白人80%対アフリカ系46%)。う蝕経験の有無ではなく、治療を受けられたかどうかが分かれている。ただしこれは横断研究であり因果を示すものではない。対象は「見える第三大臼歯を持つ人」に限られ、すでに抜いた人は除かれているため、77%を「残した場合の見込み」とそのまま読むことはできない。診査は視診・触診のみでレントゲンを撮っておらず、著者ら自身もデータは過小にも過大にもなりうると書いている。対象は米国の52〜74歳で、う蝕の疫学も歯科医療へのアクセスも日本とは異なる。資金源はNIDCRに加え、Oral and Maxillofacial Surgery FoundationとAmerican Association of Oral and Maxillofacial Surgeonsである。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


