カリオロジー|歯磨剤の摩耗・RDA・ブラッシング時間
「そこは優しく磨いて」と伝えても、患者さんが磨き始める場所は癖で固定されています。2010年の Journal of Dentistry は、歯磨剤スラリーの濃度を0〜80%まで振ってエナメル質と象牙質の摩耗を同時に測り、さらに「口の中では唾液で薄まる」という事実を数式に落とし込みました。結果、エナメル質の摩耗は0.03〜0.11µmで濃度によらずほぼ一定(p>0.05)、象牙質は0.28〜27.63µmで濃度とともに有意に増加(p<0.05)。そしてモデル推定では、象牙質摩耗のおよそ50%が磨き始めの最初の20秒で起きているという結論になりました。
①知覚過敏の歯、いつも「磨き始め」に当たっていませんか
くさび状欠損や根面露出のある歯に、「そこは優しく磨いてください」と伝える。よくある指導です。でも患者さんは、たいてい同じ場所から磨き始めます。右上臼歯部の頬側から、あるいは前歯から——磨く順番は、たいてい癖で固定されています。
その「順番」に意味があるかもしれない、という話です。
2010年の Journal of Dentistry は、歯磨剤のスラリー濃度を0〜80%まで振って、エナメル質と象牙質の摩耗量を同時に測りました。そして「口の中では唾液で薄まっていく」という当たり前の事実を、過去の実測データから数式に落とし込み、実際のブラッシング中に摩耗がどう進むかを推定しています。
②今回の一手:濃度を7段階に振って、同じ試料でエナメル質と象牙質を同時に測る
- ヒト抜去歯からエナメル質と象牙質がほぼ50:50で並ぶブロック(約4×4×3mm)を作製し、研磨して超音波洗浄
- エナメル質面にヌープ圧子で4か所の圧痕(荷重50g)を付け、エナメル象牙境の段差を触針式プロフィロメータで記録
- ブラッシングマシンで1200秒(3000ストローク)、150サイクル/分、荷重375gで磨く
- 歯磨剤は2種。Toothpaste A(RDA 90)とToothpaste B(RDA 200)で、REAはどちらも4で揃えてある
- スラリー濃度は0・14.4・20・33.3・50・65・80%(w/w)の7段階。各群 n=6
- エナメル質の摩耗は圧痕の長さの変化から深さへ換算(Δd = 0.032772 × Δl)、象牙質の摩耗はエナメル象牙境の段差の変化から算出
ここは地味ですが大事な設計です。同じ試料の上で、同じブラッシング条件で、エナメル質と象牙質を同時に測っている。だから「どちらが削れるか」を条件差の言い訳なしに比べられます。
③結果その1:削れるのはエナメル質ではなく、象牙質
数字で並べると、こうです。RDA 90の歯磨剤でエナメル質0.08µm に対し象牙質4.23µm。RDA 200ではエナメル質0.07µm に対し象牙質10.31µm。
エナメル質の摩耗は全条件を通じて0.03〜0.11µmの範囲に収まり、濃度間にも歯磨剤間にも有意差はありませんでした(p>0.05)。著者らは「歯磨剤の摩耗が健全エナメル質に与える影響は軽微であることを、本研究も改めて確認した」と書いています。
なお2剤はREA(相対エナメル質摩耗値)を4で揃えてあるので、エナメル質側で差が出ないのは設計どおりです。ここで見るべきは「RDAが2倍違うと象牙質の摩耗が2倍以上違う」という点のほうです。
④結果その2:象牙質は、濃いほど削れる
象牙質の摩耗は濃度にほぼ比例して増えました。原著は原点を通る直線を当てはめ、RDA 90で濃度1単位あたり15.10µm、RDA 200で32.70µmという傾きを得ています。
なぜ濃度で増えるのか。著者らの説明はシンプルです。研磨粒子がブラシの毛先の下に捕まるかどうかは確率的な現象で、粒子の数が増えれば捕まる確率も上がり、摩耗イベントの回数が増える——という理屈です。
⑤そして本題:口の中では、濃度が下がっていく
ここからが、この論文のいちばん面白いところです。
実際のブラッシングでは、唾液で歯磨剤がどんどん薄まります。著者らは1944年のManly & Schicknerと1982年のDuke & Forwardという2つの実測データを持ってきて、濃度の時間変化に指数関数を当てはめました。得られた式が c(t) = 0.72 exp(−0.036t) です(tは秒、未希釈の歯磨剤を1.00とする)。
これを③④の摩耗の傾きと掛け合わせて積分すると、実際のブラッシングで象牙質がどれだけ削れるかが推定できます。60秒磨いたときの推定値は——
そしてこのモデルから、臨床に効く2つの推定が出てきます。
- 象牙質摩耗のおよそ50%は、磨き始めの最初の20秒で起きている。まだ歯磨剤が濃いうちに、いちばん削れているということです
- 摩耗量は時間とともにプラトーに近づく。著者らは「1分を超えて磨き続けても象牙質摩耗が有意に増えることはなく、これは長めのブラッシング時間の安全性を支持する」と述べています
⑥明日の臨床へ
- 磨く順番を変える、という指導が成り立ちます。著者ら自身が「知覚過敏や歯頸部病変のある患者には、その部位を磨き始めに磨かないよう指導することで摩耗を最小化できるかもしれない」と書いています。「優しく磨いて」に「そこは最後に回して」を足せる、という話です
- 「長く磨くと削れる」は、少なくとも象牙質については支持されません。プラトーに達するので、2分・3分の指導を摩耗の心配で引っ込める必要はなさそうです。減らすべきは時間ではなく濃い状態で当てる場所のほう
- RDAは象牙質露出のある患者でこそ効いてきます。RDAが90と200で象牙質摩耗が2倍以上違う一方、健全エナメル質ではほとんど差がありません。低RDAを勧める相手は「根面が出ている人」と考えると整理しやすい
- ただしこれは実験室での推定です。ペリクルも唾液の緩衝も再現されていません(⑦へ)
⑦ここだけ、冷静に補助線
とはいえ、同じ試料でエナメル質と象牙質を同時に測るという設計は明快で、「削れるのは象牙質」「濃いうちがいちばん削る」という2つの所見は臨床の実感ともよく合います。磨く順番という、コストゼロで今日から試せる提案が出てきた点が、この論文のいいところです。
今日のひとこと
削れるのはエナメル質ではなく象牙質、そしていちばん削れるのは磨き始めの20秒である。同じ試料の上で同時に測ったエナメル質と象牙質の摩耗は、33.3%スラリー・1200秒で 0.08µm 対 4.23µm(RDA 90)/0.07µm 対 10.31µm(RDA 200)と桁が違った。エナメル質は濃度を80%まで上げても有意に増えない(0.03〜0.11µm・p>0.05)一方、象牙質は濃度にほぼ比例して増える(0.28〜27.63µm・p<0.05)。著者らは既報の in vivo 希釈データから c(t) = 0.72 exp(−0.036t) という濃度の時間変化式を導き、摩耗の傾きと掛け合わせて、60秒ブラッシングでの象牙質摩耗を RDA 90 で0.22µm、RDA 200 で0.48µmと推定した。ここから出てくる臨床的な含意が2つ——象牙質摩耗の約50%は最初の20秒で起きることと、摩耗量は時間とともにプラトーに達し、1分を超えて磨いても有意には増えないことである。著者ら自身が「知覚過敏や歯頸部病変のある患者には、その部位を磨き始めに磨かないよう指導することで摩耗を最小化できるかもしれない」と述べている。ただし本研究は Unilever Oral Care の研究者による社内研究であり(4名中3名が同社所属)、かつ in vitro で唾液もペリクルも存在しない。著者ら自身、RDA値が in situ プロトコルでは製品間を必ずしも区別しないことに触れ、その理由として唾液とペリクルの保護作用という in vitro と in vivo の本質的な違いを挙げている。荷重375gは実測されたブラッシング力(267〜375g)の上限側で、試料は研磨面かつ健全な硬組織である。「20秒で50%」「1分でプラトー」はモデルによる推定で、その元になった希釈データは1944年と1982年のものである。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


