1問1答 論文 虫歯

糖尿病だから口が乾く——120名の唾液を測ったら、減っていたのは唾液の量ではなかった

1問1答 論文 虫歯

カリオロジー|唾液・糖尿病・う蝕リスク評価

「糖尿病があるから口が乾く」。問診票にそう書かれていると、私たちは唾液が減っていると考えます。2010年のインドの研究は、血糖コントロール不良の糖尿病40名・良好な糖尿病40名・健常者40名の唾液を、流量・グルコース・アミラーゼ・総蛋白の4項目で並べて比べました。結果、唾液流量には3群で差がありませんでした(未刺激0.18/0.18/0.21 mL/分)。はっきり差がついたのは唾液中のグルコースで、健常者1.89 mg/dLに対しコントロール不良群は8.09 mg/dL。乾いていたのではなく、唾液の中身が甘くなっていたのです。

論文
Estimation of salivary glucose, salivary amylase, salivary total protein and salivary flow rate in diabetics in India
著者
Panchbhai AS, Degwekar SS, Bhowte RR(インド・ワルダー)
掲載
Journal of Oral Science 2010;52(3):359-368
種類
横断研究(3群比較)
対象
120名を40名ずつ3群に分類。血糖コントロール不良の糖尿病群・良好な糖尿病群・健常非糖尿病群(良好の定義は空腹時血糖140 mg/dL未満かつ食後2時間200 mg/dL未満)。朝8〜11時に未刺激全唾液を採取

「糖尿病だから口が乾く」は、どこまで本当か

問診票の既往歴に糖尿病。私たちはそこで唾液が減っていると考えます。口渇はよく知られた症状ですし、口腔乾燥はう蝕もカンジダも呼び込みます。

2010年のインドの研究は、その前提を数字で確かめました。血糖コントロール不良の糖尿病40名・良好な糖尿病40名・健常者40名、合計120名の唾液を、流量・グルコース・アミラーゼ・総蛋白の4項目で並べたのです。

先に結論: 唾液の量は3群で変わりませんでした(未刺激0.18/0.18/0.21 mL/分)。はっきり差がついたのは唾液中のグルコースで、健常者1.89 mg/dLに対しコントロール不良群は8.09 mg/dL。乾いていたのではなく、唾液の中身が甘くなっていたという結果です。

今回の一手:4項目を、同じ条件で並べて測った

  • 120名を40名ずつ3群に分類(コントロール不良糖尿病/コントロール良好糖尿病/健常非糖尿病)
  • 「コントロール良好」の定義は、空腹時血糖140 mg/dL未満かつ食後2時間血糖200 mg/dL未満(不良はそれぞれ140以上・200以上)。採血時点の血糖値による分類で、HbA1cのような長期指標は使われていません
  • 糖尿病の重い合併症をもつ人、他の全身疾患をもつ人、糖尿病以外の薬を飲んでいる人は除外
  • 採取前2時間は歯磨き・飲食・喫煙を禁止。義歯は外す。朝8〜11時に、静かな室内で座位のまま吐唾法で5分以上採取
  • 未刺激全唾液を測り、刺激唾液は2%酢酸を舌背に30秒ごとに塗布して採取
  • 糖尿病群はさらに罹病期間(6年以下/6年超)と治療形態(インスリン/経口薬・食事療法)でも層別解析

デザインとして目を引くのは、「糖尿病かどうか」だけでなく「コントロールできているかどうか」で群を割ったところです。血糖が管理できていれば唾液も正常化するのか——それが確かめられます。

結果その1:唾液が甘くなっていた

0 3.3 6.7 10 唾液中グルコース(mg/dL) 8.09 7.64 1.89 コントロール不良 コントロール良好 健常 非糖尿病 各群40名。両糖尿病群とも健常群より有意に高い(p<0.01)。不良群と良好群のあいだには差がない(p=0.75)
未刺激全唾液中のグルコース濃度。両糖尿病群とも健常群より有意に高い

健常群1.89±1.44 mg/dLに対し、コントロール不良群8.09±6.45、コントロール良好群7.64±6.44平均値から計算すると、不良群は健常群の約4.3倍です。どちらの糖尿病群も健常群より有意に高い結果でした(p<0.01)。

ここで注目したいのは、不良群と良好群のあいだに差がなかったことです(p=0.75)。血糖のコントロールがついていても、唾液中のグルコースは高いままだった、という読み方になります。

原著は正常な唾液グルコースを0.5〜1.0 mg/dLとし、この範囲では口腔の健康に影響せず微生物の増殖も支えないと述べています。その上で、上昇すると微生物の増殖と歯面・粘膜への定着を助け、カンジダの栄養になり、好中球の殺菌能を抑えると説明しています。

結果その2:唾液の量は、減っていなかった

0 0.3 0.7 1 唾液流量(mL/分) 0.18 0.51 0.18 0.48 0.21 0.57 コントロール不良 コントロール良好 健常 非糖尿病 各群40名。未刺激・刺激とも3群のあいだに有意差はなかった(濃い棒=未刺激、淡い棒=刺激)
未刺激・刺激唾液流量。3群のあいだに有意差はなかった
  • 未刺激:0.18±0.12/0.18±0.14/0.21±0.20 mL/分(有意差なし)
  • 刺激:0.51±0.27/0.48±0.29/0.57±0.35 mL/分(有意差なし)
  • 総蛋白:90.01/88.91/98.25 mg/dL(有意差なし)
  • アミラーゼ:108.48/100.83/146.72 u/mL。コントロール良好群だけが健常群より有意に低い(p=0.04)

罹病期間でも治療形態(インスリンか経口薬か)でも、有意な差は出ませんでした。この集団に関しては「糖尿病が長いほど唾液が減る」という関係は見られなかったということです。

群の中を見ると、別の景色がある

群内の相関を見た解析では、いくつか目を引く関係が出ています。

  • コントロール不良群では、唾液グルコースと唾液アミラーゼが正に相関
  • 両糖尿病群で、総蛋白と唾液流量(未刺激・刺激とも)が負に相関——流量が少ないほど蛋白濃度が高い、という濃縮の関係
  • コントロール不良群の性差:総蛋白は男性77.51に対し女性105.28(p=0.04)、刺激唾液流量は男性0.59に対し女性0.42(p=0.04)

これらは事前に立てた仮説ではなく、多数の組み合わせを総当たりで調べた中から出てきたものです。「見つかった関係」として受け取り、断定はしないのが妥当な読み方でしょう。

明日の臨床へ

  • 「糖尿病=唾液が減っている」と決めつけないこと。この研究では流量に差がありませんでした。乾燥の訴えがあるなら、服薬内容や口呼吸など別の要因も並べて考えます
  • それでもう蝕リスクは上がりうる——唾液が甘くなっているためです。ただしこれは原著が引用した機序からの推論であり、この研究は口の中を測っていません。フッ化物とプラークコントロールを優先する判断は、この一本だけを根拠にはできません
  • 採血時点の血糖が基準内でも、唾液グルコースは高いままだったという点は覚えておく価値があります。ただし「良好」の定義は一時点の血糖値であり、長期のコントロール状態を表すものではありません
  • 唾液検査を導入している医院では、糖尿病患者の唾液がう蝕リスクの説明材料になります(ただし⑦を踏まえて、慎重に)

ここだけ、冷静に補助線

読むときに置いておきたいこと横断研究で各群40名です。ある一時点を切り取った写真であって、時間の前後関係は分かりません。②この研究は口の中を測っていません。う蝕もカンジダも歯周状態も評価しておらず、「唾液が甘い→う蝕が増える」の後半は原著の考察(先行研究の引用)であって、この研究のデータではありません。③「コントロール良好」の定義は一時点の血糖値です(空腹時140未満かつ食後2時間200未満)。HbA1cのような長期指標ではないため、「血糖が管理できている=良好群」と読み替えることはできません。④単位の表記に揺れがあります。方法とTable 4は mg/dL と明記し、Table 3の脚注も「mg/dl, milligram per deciliter」と定義していますが、Table 3の見出しは mg/mL となっています。アミラーゼも方法本文は u/L、Table 3の見出しは u/mL、Table 4の見出しは mg/dL と三者三様です。⑤アミラーゼの標準偏差が不自然です。コントロール良好群は100.83±60.77なのに、不良群は108.48±6.37、健常群は146.72±10.70と桁が違い、誤植の可能性があります。この項目の解釈は保留しておくのが安全でしょう。⑥健常群の未刺激流量が0.21 mL/分と、一般に言われる基準値より低めです。採取方法の影響が3群に等しくかかっている可能性があります。⑦「年齢・性別をマッチさせた」とありますが、性比は揃っていません(不良群 男22/女18、良好群 男25/女15、健常群 男16/女24)。本文⑤で紹介した性差が出た項目には、交絡の余地が残ります。⑧インドの単一施設の患者集団で、食習慣も医療環境も日本とは異なります。

とはいえ、「口が乾く」と「唾液が甘くなる」を切り分けて示した点に価値があります。糖尿病患者のう蝕リスクを説明するとき、量の話と質の話を混ぜないための一本として読めます。

今日のひとこと

糖尿病で変わっていたのは唾液の量ではなく、唾液に含まれるグルコースだった。唾液グルコースは健常群1.89±1.44 mg/dLに対し、コントロール不良群8.09±6.45・良好群7.64±6.44(どちらも健常群より有意に高い・p<0.01)。平均値から計算すると不良群は健常群の約4.3倍である。一方で唾液流量は未刺激(0.18/0.18/0.21 mL/分)・刺激(0.51/0.48/0.57 mL/分)とも3群で有意差なし、総蛋白も差がなかった。つまり乾いていたのではなく、中身が甘くなっていた。ただしこの研究は口の中を一度も測っていない——う蝕もカンジダも歯周状態も評価しておらず、「唾液が甘い→う蝕が増える」の後半は原著が引用した機序であって、この研究が示したものではない。

出典:Panchbhai AS, Degwekar SS, Bhowte RR. Estimation of salivary glucose, salivary amylase, salivary total protein and salivary flow rate in diabetics in India. Journal of Oral Science 2010;52(3):359-368. PMID: 20881327
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。